135 / 283
第三章 亡国の系譜
第百三十五話 聞き覚えのある声
しおりを挟む
正午前、ロビーの奥の椅子に横になっていたニコラが目を覚ました。
「……うーん……。あれ? ジャン、シェリー、僕はいったい……」
ニコラが目覚めるまで特にやることもなかったため、シェリーは手鏡を見ながらまつ毛をいじり、ジャンはぼうっとセミナーのパンフレットを眺めていた。
「ああ、ニコラ。目が覚めたのね」
「具合はどうだ? おばさんの回復魔法は効いたか?」
二人の返事から、ニコラは気絶する前のことを思い出し恥ずかしくなった。しかしソフィの回復魔法のおかげで、疲労感はきれいさっぱり消え失せていた。それどころかむしろ身体は羽が生えたように軽く、すこぶる快調といった感じだった。
「ああ。なんて言うか今までにない感じ……。もの凄く晴れやかな気分だよ」
「そっか、ならよかったぜ」
「いいなー。あたしもソフィさんの回復魔法で癒されたいわー」
シェリーはニコラの様子を見て羨ましがった。
「おまえ別にどっこも悪くねーじゃん。疲れてるわけでもねーし」
「いいじゃない、疲れてなくても。ソフィさんの魔法ならそれだけでちょっと綺麗になれそうだし」
「んなわけねーだろがよ」(でもおばさんの魔法ならこいつの乱暴な性格もなんとかできるかも……)
ジャンは否定しつつも、ソフィの魔法でシェリーがおしとやかになるかもと、確証のない期待を抱いていた。
「そういえば、開会式は?」
ニコラは二人に尋ねた。
「そろそろ終わるころじゃない? あ、こっちに来る人の声が聞こえる。終ったみたいね」
「そっか……」
ニコラは少し残念そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや、ソフィ先生……じゃなかった、ソフィさんの開会宣言が聞きたかっただけだよ」
「どのみちあとでおばさんの泊ってるホテルに行くんだし、そこで好きなだけ聞けばいいんじゃね?」
「あ、そうか。そうなんだよな。おまえがソフィさんの甥だってこと、すっかり忘れてたよ」
「忘れるなよ」
だいぶ普段の調子に戻ったニコラだったが、まだ少しぼんやりしているようだ。憧れの人が親友の叔母だった。そんな僥倖、そうそうあるものではない。気持ちが浮ついてしまうのも無理からぬことだろう。
その後、ジャンたちは他の来場者とともに外へ出た。会場の周辺には、このセミナーを狙って儲けようと飲食関係の露店が軒を連ねていた。
「へぇー、ずいぶんいろんな店が出てんだな。……クーラン・フェーブル友好記念揚げパン? いいのかよ、勝手にあんな名前付けて。捕まるぞ」
「たぶん大丈夫なんじゃないか? お上も自国民の商売が繁盛するに越したことはないだろうし」
「あー、見て見て! あのクレープ美味しそう!」
「おい、シェリー、いま昼だぜ? クレープっておまえ……」
「いいじゃない。クレープ『も』食べるってだけなんだから」
「……」
ジャンは「太るぞ」と言いかけたが、また目突きを食らわされてはたまらないと思い、言葉を飲み込んだ。
それから三人は食べ歩きをしながら露店を見て回った。するとその一角から、なにやら聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「さーさーみんな寄っといでー! 創造主ノエル様のご利益が詰まった縁起もののキーホルダーだよー!」
「お値打ちですよー。ご利益ありますよー」
「おいラザール、おまえもっと楽しそうにやれよ」
「はぁー。おやっさん、毎年毎年よくやりますね。オーレリーさん呆れてましたよ」
ジャンたちはそれが誰だかすぐに気が付いた。
「あれ、間違いねぇよな?」
「間違いないな」
「そうね、間違いないわね」
声の主は、鉄鉱石を納品するついでに、このセミナーに便乗して儲けようと画策したクロードだった。
「よし、引き返すぜ」
「「うん」」
三人は後ろを振り返り、クロードたちに気付かれる前にもと来た道を戻って行った。
「……うーん……。あれ? ジャン、シェリー、僕はいったい……」
ニコラが目覚めるまで特にやることもなかったため、シェリーは手鏡を見ながらまつ毛をいじり、ジャンはぼうっとセミナーのパンフレットを眺めていた。
「ああ、ニコラ。目が覚めたのね」
「具合はどうだ? おばさんの回復魔法は効いたか?」
二人の返事から、ニコラは気絶する前のことを思い出し恥ずかしくなった。しかしソフィの回復魔法のおかげで、疲労感はきれいさっぱり消え失せていた。それどころかむしろ身体は羽が生えたように軽く、すこぶる快調といった感じだった。
「ああ。なんて言うか今までにない感じ……。もの凄く晴れやかな気分だよ」
「そっか、ならよかったぜ」
「いいなー。あたしもソフィさんの回復魔法で癒されたいわー」
シェリーはニコラの様子を見て羨ましがった。
「おまえ別にどっこも悪くねーじゃん。疲れてるわけでもねーし」
「いいじゃない、疲れてなくても。ソフィさんの魔法ならそれだけでちょっと綺麗になれそうだし」
「んなわけねーだろがよ」(でもおばさんの魔法ならこいつの乱暴な性格もなんとかできるかも……)
ジャンは否定しつつも、ソフィの魔法でシェリーがおしとやかになるかもと、確証のない期待を抱いていた。
「そういえば、開会式は?」
ニコラは二人に尋ねた。
「そろそろ終わるころじゃない? あ、こっちに来る人の声が聞こえる。終ったみたいね」
「そっか……」
ニコラは少し残念そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや、ソフィ先生……じゃなかった、ソフィさんの開会宣言が聞きたかっただけだよ」
「どのみちあとでおばさんの泊ってるホテルに行くんだし、そこで好きなだけ聞けばいいんじゃね?」
「あ、そうか。そうなんだよな。おまえがソフィさんの甥だってこと、すっかり忘れてたよ」
「忘れるなよ」
だいぶ普段の調子に戻ったニコラだったが、まだ少しぼんやりしているようだ。憧れの人が親友の叔母だった。そんな僥倖、そうそうあるものではない。気持ちが浮ついてしまうのも無理からぬことだろう。
その後、ジャンたちは他の来場者とともに外へ出た。会場の周辺には、このセミナーを狙って儲けようと飲食関係の露店が軒を連ねていた。
「へぇー、ずいぶんいろんな店が出てんだな。……クーラン・フェーブル友好記念揚げパン? いいのかよ、勝手にあんな名前付けて。捕まるぞ」
「たぶん大丈夫なんじゃないか? お上も自国民の商売が繁盛するに越したことはないだろうし」
「あー、見て見て! あのクレープ美味しそう!」
「おい、シェリー、いま昼だぜ? クレープっておまえ……」
「いいじゃない。クレープ『も』食べるってだけなんだから」
「……」
ジャンは「太るぞ」と言いかけたが、また目突きを食らわされてはたまらないと思い、言葉を飲み込んだ。
それから三人は食べ歩きをしながら露店を見て回った。するとその一角から、なにやら聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「さーさーみんな寄っといでー! 創造主ノエル様のご利益が詰まった縁起もののキーホルダーだよー!」
「お値打ちですよー。ご利益ありますよー」
「おいラザール、おまえもっと楽しそうにやれよ」
「はぁー。おやっさん、毎年毎年よくやりますね。オーレリーさん呆れてましたよ」
ジャンたちはそれが誰だかすぐに気が付いた。
「あれ、間違いねぇよな?」
「間違いないな」
「そうね、間違いないわね」
声の主は、鉄鉱石を納品するついでに、このセミナーに便乗して儲けようと画策したクロードだった。
「よし、引き返すぜ」
「「うん」」
三人は後ろを振り返り、クロードたちに気付かれる前にもと来た道を戻って行った。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる