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第三章 亡国の系譜

第百三十五話 聞き覚えのある声

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 正午前、ロビーの奥の椅子に横になっていたニコラが目を覚ました。

「……うーん……。あれ? ジャン、シェリー、僕はいったい……」

 ニコラが目覚めるまで特にやることもなかったため、シェリーは手鏡を見ながらまつ毛をいじり、ジャンはぼうっとセミナーのパンフレットを眺めていた。

「ああ、ニコラ。目が覚めたのね」
「具合はどうだ? おばさんの回復魔法は効いたか?」

 二人の返事から、ニコラは気絶する前のことを思い出し恥ずかしくなった。しかしソフィの回復魔法のおかげで、疲労感はきれいさっぱり消え失せていた。それどころかむしろ身体は羽が生えたように軽く、すこぶる快調といった感じだった。

「ああ。なんて言うか今までにない感じ……。もの凄く晴れやかな気分だよ」
「そっか、ならよかったぜ」
「いいなー。あたしもソフィさんの回復魔法で癒されたいわー」

 シェリーはニコラの様子を見て羨ましがった。

「おまえ別にどっこも悪くねーじゃん。疲れてるわけでもねーし」
「いいじゃない、疲れてなくても。ソフィさんの魔法ならそれだけでちょっと綺麗になれそうだし」
「んなわけねーだろがよ」(でもおばさんの魔法ならこいつの乱暴な性格もなんとかできるかも……)

 ジャンは否定しつつも、ソフィの魔法でシェリーがおしとやかになるかもと、確証のない期待を抱いていた。

「そういえば、開会式は?」

 ニコラは二人に尋ねた。

「そろそろ終わるころじゃない? あ、こっちに来る人の声が聞こえる。終ったみたいね」
「そっか……」

 ニコラは少し残念そうな顔をした。

「どうしたの?」
「いや、ソフィ先生……じゃなかった、ソフィさんの開会宣言が聞きたかっただけだよ」
「どのみちあとでおばさんの泊ってるホテルに行くんだし、そこで好きなだけ聞けばいいんじゃね?」
「あ、そうか。そうなんだよな。おまえがソフィさんの甥だってこと、すっかり忘れてたよ」
「忘れるなよ」

 だいぶ普段の調子に戻ったニコラだったが、まだ少しぼんやりしているようだ。憧れの人が親友の叔母だった。そんな僥倖ぎょうこう、そうそうあるものではない。気持ちが浮ついてしまうのも無理からぬことだろう。

 その後、ジャンたちは他の来場者とともに外へ出た。会場の周辺には、このセミナーを狙って儲けようと飲食関係の露店が軒を連ねていた。

「へぇー、ずいぶんいろんな店が出てんだな。……クーラン・フェーブル友好記念揚げパン? いいのかよ、勝手にあんな名前付けて。捕まるぞ」
「たぶん大丈夫なんじゃないか? お上も自国民の商売が繁盛するに越したことはないだろうし」
「あー、見て見て! あのクレープ美味しそう!」
「おい、シェリー、いま昼だぜ? クレープっておまえ……」
「いいじゃない。クレープ『も』食べるってだけなんだから」
「……」

 ジャンは「太るぞ」と言いかけたが、また目突きを食らわされてはたまらないと思い、言葉を飲み込んだ。

 それから三人は食べ歩きをしながら露店を見て回った。するとその一角から、なにやら聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。

「さーさーみんな寄っといでー! 創造主ノエル様のご利益が詰まった縁起もののキーホルダーだよー!」
「お値打ちですよー。ご利益ありますよー」
「おいラザール、おまえもっと楽しそうにやれよ」
「はぁー。おやっさん、毎年毎年よくやりますね。オーレリーさん呆れてましたよ」

 ジャンたちはそれが誰だかすぐに気が付いた。

「あれ、間違いねぇよな?」
「間違いないな」
「そうね、間違いないわね」

 声の主は、鉄鉱石を納品するついでに、このセミナーに便乗して儲けようと画策したクロードだった。

「よし、引き返すぜ」
「「うん」」

 三人は後ろを振り返り、クロードたちに気付かれる前にもと来た道を戻って行った。
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