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俺は君のヒーローだ。

33 幻side太狼

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『ほら、いつまで寝てるんだよ』

そこにまだいる気がするんだ。

「龍!はぁ、はぁ……夢、か……。」

飛び起きて頬に伝った跡に気付く。

わかってる。
もう、そこには居ないこと。
もう、進む必要があること。

『太狼、これ俺のーーーお願いな。』

彼の望みはわかってる。
大丈夫。彼が言うんだ。間違いな訳がない。

(俺は、智也が好きなんだ。好きな、はずだろ?)

まだ、夢を見る。
今も隣にいるような感覚。

『太狼は、先生が向いてそうだよな。』

忘れない。忘れられない、思い出たち。

『僕と一緒に不幸になろう。それで、ずっと、一緒に生きよう。』

結んだ約束。繋いだ手の温もり。君がくれた不器用な優しさ。
どれもこれも、忘れられるわけがない。

枕元に置いていた指輪を握りしめる。

『太狼』

今でも脳裏に焼き付いてる。
こんなに、好きなのに……。

『……太狼は、伊藤が好きなんだよ。』

涙はいつまでも乾いてくれない。

智也は友達だ。いや、もっと上の親友だ。
それで、自分を放り投げてる。俺はそんな姿が耐えられなかっただけなんだ。
もっと、楽しそうに生きて欲しいと、そう思っただけなんだ……それだけ、なのに……。

『気が付いてないだけなんだよ。太狼。俺は大丈夫だから。あいつと一緒に、幸せになって。』

(龍、俺は本当に智也が好きなの?俺は、龍と一緒に不幸になりたかったよ。)

ずっと、自分は異常だと思っていた。
世界の中から外されたんだと思っていた。

そんな時に、ヒーローみたいに現れて俺を世界の中に入れてくれた。いや、最初から世界の中に居たんだってことを教えてくれた。

それが、木嶋きじま りゅうという男だった。

始まりはよく覚えていない。けれど確か、ふとした事で俺の恋愛対象が龍にバレたんだ。智也にすら知られていなかったのに、それが顔見知り程度の人に。
もう、俺はこのまま世界の敵として生きるんだと思った。

けど、龍は優しく笑ったんだ。
『なんだ、お前もか』って、俺を世界に入れてくれたんだ。

好きになるのに時間はかからなかった。

元々、俺の小さい世界には智也しか居なかった。けれど、智也の世界には沢山の人がいた。だから、殆ど1人で過ごしていた。
そんな世界に、龍が入ってきた。龍の世界も智也みたいに大きかったけれど、俺は龍のおかげで1人で過ごす時間が格段に減った。
そして、その殆どを2人だけで過ごしていた。

龍が大切な存在になっていた。

ずっと、隣にいて欲しかった。
ずっと、隣に居たかった。

けれど、“ずっと”なんて有り得ないんだ。

『太狼、もういいよ。』

龍は俺を解放して、俺を置いて行った。

今でも、夢を見るんだ。
朝起きたら、隣には龍がいて、寝顔を少し眺めて日常を始める。龍がいる日常を。
けれど、その夢は智也の声で変わる。

『テンテン、僕は、生きていていいのかな。』

思い出す。智也の言葉。
見えない糸を掴むような。
お前の命はふと消えてしまうようなそんな危うさがあった。

だから、智也と龍だったら智也を優先してしまったんだ。

でも、それは恋じゃ無いと思ってたんだ。
だって、俺が好きなのは……龍なんだから。
だって、そうだろ?こんなに、苦しくて、壊れそうなくらいお前を想ってるんだから。

握りしめた指輪を机に置き直してスーツに着替える。

『あいつと一緒に、幸せになって。』

それが、龍の願いなら。
俺は、その願いに縋るしかないんだ。

(俺は、智也が好きなんだ。)

いつものように、そう心で唱えてノイズの様な思いに気が付いた。

“モウ、俺ハイラナイノ?”

俺はこの気持ちを知ってる。けど、なんで?俺はこの気持ちの名前を知らないんだ。


俺は、スーツのポケットにまた指輪を入れて、学校へ向かった。
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