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5話 存在価値

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「ん……ふっ」
 絶え間ないキスに目の前がくらっとして、体を離す。
「どうしたの」
「私……アンリを、好きになってないよ」
(こんな強引ことをする人、好きじゃない)
 体の疼きは気付かないふりをしてアンリを睨んでみるけれど、彼は全く平気な顔で私の体を抱き上げた。
「やっ、下ろしてよ!」
「ベッドじゃないと、さすがにきついよ?」
 私が足をバタバタさせてもアンリは腕を緩めない。男性の力がこんなに強いものだと分かって、改めて強くなった。
(こういうのが嫌だから、最初に言ったのに)
 アンリは泣きそうになっている私をベッドに寝かせると、口に指をぐっと入れてきた。
(な、何?)
「僕をそんなに好きじゃないっていうなら、指を噛み切ったら。そうすれば、さすがに痛くて少しはひるむかもよ」
「……」
 指が舌の上に乗っていて、少しでも動かすと変な感覚が襲ってくる。
(噛み切るなんて……できるはずないよ)
 私は指を入れられたまま首を横に振る。
 するとアンリはふっと笑って指を抜き取った。
「そう……優しいんだね、ジュリは」
「そ、そういうことじゃないでしょ。どうしてこんな強引なことするの」
 頭を起こして訴えると、アンリは思いの外神妙な顔つきになる。
「今までの女は……僕がやることに、抵抗しなかったから」
 ぽつりと言った言葉には、微かな寂しさがあって私の怒りも少し冷める。アンリは何かが欠落している……そう感じた。
 それでも憎しみを抱くような感情はなくて、保護してあげたいというか……不思議な感覚になる。
「これまで、愛した女性はいなかったの?」
「いたのかな……忘れた」
 私の横に体を横たえると、アンリは興味深そうに見つめてくる。吸い込まれそうな青の瞳が私の真横にあって、自然に鼓動が早くなってきた。
(も、もう……これは好きとかじゃないってば!)
「どうして僕を好きじゃないの」
 純粋に不思議がっているアンリの言葉に、私は肩の力が抜ける。
「恋とか愛って……もっとじっくり相手を知る必要があると思う」
 恋をろくにしたこともない私が言うにはいささか説得力に欠けるけれど、片思いをした過去を考えると、やっぱり最低でも好きだと自覚するだけの時間は必要だと思った。
「じっくりか……面倒くさいな」
 ハァとため息をついて、アンリは私の胸元のホックを外した。驚いて私は彼の手を止める。
「な、何するの」
「肌を触るくらい、いいでしょ」
 アンリの長い指が私の胸元を滑って、さらり肩を撫でた。そのまま上半身がはだけて空気が肌に触れる。
(あ……)
 昼の明るい日の中で自分の肌が人目に晒されるのは、例えようもなく恥ずかしい。私は身を縮めて、アンリの手を逃れようとした。
「逃げないで……ジュリはこの国を助けられる唯一の女性なんだよ。国を救えるなんて、すごいことだと思わない?」
 後ろから私を抱きしめ、背中に鼻を押し付ける。吐息の熱が伝わってきて、思わずびくりと体が震えた。
(国を……救う?)
「私はそんな大した女じゃない……どちらかというと、平均より少し下くらいだと思うし」
 自分の腕を抱きしめて、なんだか惨めな気持ちになる。すると後ろでアンリが驚いたように言った。
「誰が決めたの?それを決めるのはジュリじゃないでしょ」
「……」
 思いがけない言葉に、私はそれ以上の反論ができなくなる。
 あまり意識していなかったけれど、ここに連れてこられるまで私は自分に勝手な評価をつけて暮らしていた。
 存在価値、容姿の程度、異性に好かれる価値……確かに誰からもそれらを言い渡されたわけじゃない。単に暮らしていく中で自分が感じて、自分に採点を与えていたに過ぎない。
「それでも、私は……王子様に愛されるほどの価値はないと思うよ」
 私の言葉に、アンリが少し怒ったように言う。
「本気で言ってる?じゃあ僕が王子じゃなかったら、抱かれてたの」
「そうじゃないよ」
 そこまで言ったところで、ドア越しにエリオの声がした。
「アンリ様、すみません……リカルドが至急お会いしたいとの事なのですが」
 アンリは自分の髪をくしゃっと搔きむしると、ベッドから勢い良く降りた。
 私の肩にそっとシーツをかけると、そのままドアに向かって声をかける。
「今行く。リカルドには少し待てと言え」
「かしこまりました」
 身だしなみを整えたアンリは私に視線を向けて、微笑んだ。
「王子は忙しいよ……ちょっと行ってくるから、少し待ってて」
「……うん」
 エリオに返事をした時のアンリを見て、私の胸がドクンと脈打ったのは何だったのか。触れられることへの抵抗もそれほどなくて、私は混乱の中でアンリが出て行く後ろ姿を見ていた。

(あの綺麗な王子様を、私はどう思ってるの)
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