誘惑系御曹司がかかった恋の病

２章

５話 本当に大切にしてくれる人（２）

　そんなある日の就業後、父から不意に連絡が入った。

『今夜、時間があるならうちに寄りなさい」

　声は元気そうだし体調が悪いからとか、そういう感じではなかった。

（突然どうしたんだろう。瑞樹さんのことかな）

　彼が私と交際していると聞いたものの、私から父に対しては何も伝えていない。
　本当なのか？と、聞きたい気持ちを今まで我慢していたのかもしれない。

（でも今のところ本当に付き合ってるとは言えないし）

　とはいえ、このまま黙っていても仕方のないことだ。
　とりあえず話せそうな部分は伝えようと思い、私は意を決してその日の夜は実家へと向かった。


　久しぶりの実家はやっぱり居心地が良かった。
　お父さんは自分で作ったというきんぴらと黒豆を出して、私が買って帰ったシュウマイと一緒に夜ご飯にした。

「急に呼び出すから何かあったのかと思った」

　特に話を切り出す様子のない父を見ながら、黒豆をちまちまとつつく。
　ふっくら炊けた黒豆は甘くて美味しかった。
　すっかり安心している私に、父は割と柔らかな口調で言った。

「陽毬は、今、付き合っている男性がいるそうだが。どんな人なんだ？」
「ぐはっ」
　
　唐突な質問に豆が喉に詰まって、慌ててビールを飲む。
　一回行きを整えて、お父さんに向き直る。

（タカちゃんのこと？　それとも……）
「それって誰のこと？」
「誰でもいいが、お父さんから言っておきたいことがある。それはね……」

　陽毬の気持ちに寄り添ってくれて
　陽毬が幸せそうにしているのを喜んでくれて
　陽毬が自分で決断したことを尊重してくれて
　陽毬の辛さや悲しみを共有してくれるか

「そして何より、陽毬がどうしても好きな人がいると言った時に引いてくれる男なのかだ」

　父が提示してくる彼氏の条件を聞きながら、胸が熱くなってくる。

（お母さんが好きな人がいるということを受け入れた、お父さん自身のことみたい）

　今までただ私が行き遅れるのを心配していたのかと思ったけれど、そうじゃなかった。
　父は、ちゃんと私を大事にしてくれる人をと望んでいた。

「これらをクリアしていない男は、いずれ陽毬を悲しませるからね」
「でも、相手も完璧じゃないし」
「当然気分の波はあるだろう。だが自分の辛さばかり押し付けてくる人間は違う」

　一緒にいて楽しい人より、辛いと思った時に隣にいてほしいと思える人
　束縛なんかしなくても、離れていても大丈夫だと思える安定感のある人

「そういう人間が、安心して一緒の人生を歩んでいける相手だと思うよ」
「お父さん……」

　そこまで言うと、父は何事もなかったように夕飯を平らげていつもの陽気な彼に戻った。
　タカちゃんどころか、瑞樹さんの名前すら出なかった。
　私が恋愛しているということだけは分かっているんだろうけれど、相手の見極めは任せると言っているようだった。

（お父さんは心配性だけど、私を信じてくれてるんだな）

　そう思うと、もう一度真剣にお相手のことは考えなくちゃ……と思ったのだった。