上 下
19 / 20
2章

5話 本当に大切にしてくれる人(1)

しおりを挟む
 あれから数日経った。
 アシスタント兼恋人の契約が再度結ばれてからの生活は、意外にも特に以前とは変わらなかった。

「陽毬、午後の予定は2件だったかな」
「はい。1件は先方がこちらに出向いてくださるので、15時にはオフィスに戻った方がいいかと」
「わかった」

 こんな会話だけで1日が終わることもあり、特別恋人感を出すようなことはない。
 多少それっぽいシチュエーションがあるとしたら、食事へのお誘いくらいだ。

「疲れたな……今日の夕飯に付き合ってもらえないかな」
「いいですよ。いつものレストランにしますか?」
「いや、今日は陽毬が入りやすそうなイタリアンにしてよ」
「探してみます」

 私が行くイタリアンといえば安くて美味しいファミレスなんだけれど。
 流石に瑞樹さんと食事するにはちょっと違う感じがして、友人と行ったことのある隠れ家的パスタ屋さんを予約してそこへ向かった。
 あまり高くないグラスワインを頼んで、お互いが好みだと思われるパスタを注文する。
 瑞樹さんは不満もなくワインを口にして、パスタも綺麗に平らげた。

「悪くないね。ここ、よく来るの?」

 ナプキンで口を拭いながら尋ねられ、私はフォークを置いて頷く。

「高校からの友達とよく来るんです。結構リーズナブルだし、雰囲気も好きで」
「なるほどね」

 店内をぐるっと見回して、瑞樹さんはふっと目を細めた。

「高校時代の陽毬か……可愛かったね」
「え?」
「覚えてないだろうけど。先生を訪ねて君の家に行った時、陽毬が制服姿で紅茶を出してくれたんだよ」
「そ、そうだったんですか」

(ぜんぜん覚えてない。でもそっか……やっぱり瑞樹さんとは高校時代に会ってたんだ)

 こんな素敵な人を覚えてないなんて、当時の私はよっぽど誰のことも見てなかったんだろう。
 お客様が持ってきてくれた美味しそうなお菓子を皿に移して、ちょっとつまみ食いして。
 それから紅茶かコーヒーを淹れてお出しする。
 これが私のできる精一杯の接客だった。

「まあ、当時の陽毬に会ってたんだなって思い出したのは最近なんだけどね」
「そうなんですか?」

 瑞樹さんはうんと頷いて、当時も今も女性の顔はあんまり覚えないのだという。

「仕事上必要な人は写真みたいにして記憶するけどね。心には入れない」
(写真みたいに記憶……そんなこと可能なんだ)

 よっぽど恋愛というものが面倒だったのだろうか。
 おそらく猛烈にモテる人なはずだけれど、彼の心に入り込めた人はいなかったということなのかな。

「そんな中で、なぜか陽毬だけは俺の心の扉を開けた……ってわけ」
「っ」

 こんな決め台詞を言われたら、ドキッとしないではいられない。
 最初の頃はからかってるんじゃないかと思っていたけれど、最近では本当に瑞樹さんは私を待ってくれているんじゃないかと感じる時がある。

 その理由の一つに、再契約した時以来、彼は私に強引に迫ってきたりしなくなった。
 キスどころか、手を繋いだりハグしたりすることもない。
 仕事上どうしても触れなきゃいけない時は、「触れていい?」と確認してからという徹底ぶりだ。

(嫌われたっていうわけでもなさそうなんだよね)

 嫌なら私を側に置いておくわけがない。そういう人だ。
 ということは、やっぱり私がタカちゃんと別れるのを待っているということなのかな?

(どうしていいかまだわからないけど。このままでもいいって思ってしまうのは私だけかな)

 いつ別れるの? いつ答えが出るの?
 瑞樹さんから、こんな質問をしょっちゅうされていたら、かなり困っていただろうから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...