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耳を澄まして、
耳を澄まして、#04
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◇◆◇
「……匂いが……する。って言われた。お前は、いい匂いがするって。その匂いで、誘ってるんだろうって。全然知らない人からも……そうやって言われて。ここに売られてからも、そうやって言ってくる人はいっぱいいて……」
「……水野さん……」
両手でゆっくりと雨月のモノを扱いたり、時折口をつけたり……たどたどしくする様は、今までそれだけの目にあいながら、必死に抗って、自分の道を歩もうとしてきた結果なのだろうと思う。
「……私……、以外で……、こういうことをした経験はないんですか……?」
「……ない」
少しの沈黙のあと、蛍はそう答えながら首を振る。
「……ここに来て、指名されても……逃げたり……、暴れたりしてたから……」
先刻、外で雨月が蛍を指名した時、楼主が何とも言えないような顔をしていたのはそのせいだろう。
「じゃあ、何故!?」
初対面の自分に、何故今まで守ってきたそれを崩したのか。慣れない快感に顔を歪めながら、それでも雨月は叫ぶように問うた。
「……うづきは……雨月は、俺を見ても……襲わなかっただろ……。でも……辛そうにしてるのは分かったから……」
「……つまり……、水野さんは……私に同情して、こういうことをシた。ということですか?」
腹が立った。『雨月だったら、いいよ』あの言葉の真意が、信頼ではなく『雨月が辛そうだったから』という同情だったことに。
「分かりました……。あなたが私に同情して、こういうことをシたというのなら、最後まで付き合ってもらいますよ」
「……っ、ちがう!」
強引に蛍の腕をつかむと、そのまま部屋の隅に敷いてあった布団へ蛍を引き倒す。
「……痛っ」
何故初対面である蛍に同情されて、こんなにも腹が立つのか雨月自身にも分からなかった。大体、誰かにこんな風に腹を立てること自体、雨月にとっては珍しい事だった。
「……何が違うというんですか。私は、確かにあなたのその〝香り〟に引き寄せられましたが、それでもあなたに何かをしようとは考えていませんでしたよ。それ「……げほっ……こほっ……」」
蛍を布団に組み敷きながら怒りを露わにしていると、不意の咳で蛍の様子がおかしい事に気付く。
「……みずの、さん……?」
「……だい……げほっ……じょ、ぶ……けほっ、こほっ……だか、ら」
喉がひゅーひゅーと音を立てているのが、わずかながら聞こえる。医学の知識は皆無に等しかったが、それでもこの咳が『大丈夫』でないことはすぐに分かった。
「……っすぐに医者を……!」
「ひゅ……っ……げほ…呼ばなくて、いい……」
「ですが……!」
「……その……、かわり……っ、少し……手伝って……」
返事をする間もなく強引に引き寄せられ、蛍に唇を塞がれる。
「……っ!?」
唇の隙間から、ぬるりと舌が入ってきて口を開かされ、ようやく雨月は蛍の意図を理解した。
「……ふっ」
蛍が呼吸しやすいように、蛍の口を覆うようにして空気を送り込む。それからしばらくすると、蛍の呼吸は正常なものへと戻ったようだった。
「……もう大丈夫なんですか」
「うん……、ありがとう雨月」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。その後、長い沈黙を破ったのは蛍だった。
「……オレ、雨月みたいな人に会ったの……初めてなんだ。だから……なんていうか、嬉しかった、んだと思う……。オレは、人を誘うことしか出来なかったから……。いくらオレが拒んでも……誰も、一緒には拒んでくれなかったから……。オレの意思を尊重してくれたのは、雨月が初めてなんだ……」
「……だから、私だったら……いい。と、そういう事ですか?」
雨月の問いかけに蛍は大きく頷く。誤解をして先走ってしまったことに後悔する。そんな雨月の後悔を、蛍は明るく笑い飛ばす。そして、先程応急処置とはいえ……口付けを交わしたからだろうか。ほんのりと顔を赤らめ、躊躇いがちに蛍はこちらへ問うてくる。
「……だから、雨月……俺と、シてくれる? オレ……雨月に触って欲しい……」
視線を畳に落としながら、絞り出すように蛍は言葉を紡ぐ。『触って欲しい』そう言いながらゆっくりと顔を上げた蛍の瞳は僅かに潤んでいて、頬は赤らみ恥ずかしそうに肩を震わせていた。
「……っ、仕方のない人ですね……あなたは……」
そんな風に誘われたら、断れるはずがない。蛍を纏う香りが一層濃さを増し、雨月はその香りに身を委ね、そっと手を重ねる。今度は、優しく。互いのぬくもりを確かめ合うように……。
◆◇◆
「……そういえば、水野さん。あなたは先程、『三か月に一度はシたくなる』と言っていましたね」
「あ……うん。一昨年くらい、かな。急に……。それでオレ……その間は怖くて怖くて、ずっと部屋に籠ってた……」
「……今までよく無事でしたね、あなた」
その後、諸事を終え布団に寝転び、互いの指を絡めながら雨月は呆れたように言う。『あはは……』と苦笑する蛍を窘めて、もう一つ蛍に問う。
「次はいつですか?」
「……え?」
「三か月周期なのでしょう? 次が来るまで、あとどのくらいか。と、聞いているんです」
「……ああ……えっと……、あとひと月くらい……だと思う」
少し考えてから、蛍はそう答える。
諸事を終えた後……、正確には……蛍の本音を知った後、雨月は一つの決意をした。早急すぎる決断だ、と自分でも思う。それでも、決意を揺るがすには至らなかった。
それからしばらくして、別れの刻。
あからさまに名残惜しむ蛍に、口付けを落として見世を後にする。
「また、会いに来てあげますから……そんな顔しないでください」
「……っ、ほんとうに……また来てくれる……?」
「ええ、約束しますよ。必ず……」
蛍の頭をくしゃりと撫でて、雨月は去っていく。その後姿をいつまでも蛍は見送っていたのだった。
「……匂いが……する。って言われた。お前は、いい匂いがするって。その匂いで、誘ってるんだろうって。全然知らない人からも……そうやって言われて。ここに売られてからも、そうやって言ってくる人はいっぱいいて……」
「……水野さん……」
両手でゆっくりと雨月のモノを扱いたり、時折口をつけたり……たどたどしくする様は、今までそれだけの目にあいながら、必死に抗って、自分の道を歩もうとしてきた結果なのだろうと思う。
「……私……、以外で……、こういうことをした経験はないんですか……?」
「……ない」
少しの沈黙のあと、蛍はそう答えながら首を振る。
「……ここに来て、指名されても……逃げたり……、暴れたりしてたから……」
先刻、外で雨月が蛍を指名した時、楼主が何とも言えないような顔をしていたのはそのせいだろう。
「じゃあ、何故!?」
初対面の自分に、何故今まで守ってきたそれを崩したのか。慣れない快感に顔を歪めながら、それでも雨月は叫ぶように問うた。
「……うづきは……雨月は、俺を見ても……襲わなかっただろ……。でも……辛そうにしてるのは分かったから……」
「……つまり……、水野さんは……私に同情して、こういうことをシた。ということですか?」
腹が立った。『雨月だったら、いいよ』あの言葉の真意が、信頼ではなく『雨月が辛そうだったから』という同情だったことに。
「分かりました……。あなたが私に同情して、こういうことをシたというのなら、最後まで付き合ってもらいますよ」
「……っ、ちがう!」
強引に蛍の腕をつかむと、そのまま部屋の隅に敷いてあった布団へ蛍を引き倒す。
「……痛っ」
何故初対面である蛍に同情されて、こんなにも腹が立つのか雨月自身にも分からなかった。大体、誰かにこんな風に腹を立てること自体、雨月にとっては珍しい事だった。
「……何が違うというんですか。私は、確かにあなたのその〝香り〟に引き寄せられましたが、それでもあなたに何かをしようとは考えていませんでしたよ。それ「……げほっ……こほっ……」」
蛍を布団に組み敷きながら怒りを露わにしていると、不意の咳で蛍の様子がおかしい事に気付く。
「……みずの、さん……?」
「……だい……げほっ……じょ、ぶ……けほっ、こほっ……だか、ら」
喉がひゅーひゅーと音を立てているのが、わずかながら聞こえる。医学の知識は皆無に等しかったが、それでもこの咳が『大丈夫』でないことはすぐに分かった。
「……っすぐに医者を……!」
「ひゅ……っ……げほ…呼ばなくて、いい……」
「ですが……!」
「……その……、かわり……っ、少し……手伝って……」
返事をする間もなく強引に引き寄せられ、蛍に唇を塞がれる。
「……っ!?」
唇の隙間から、ぬるりと舌が入ってきて口を開かされ、ようやく雨月は蛍の意図を理解した。
「……ふっ」
蛍が呼吸しやすいように、蛍の口を覆うようにして空気を送り込む。それからしばらくすると、蛍の呼吸は正常なものへと戻ったようだった。
「……もう大丈夫なんですか」
「うん……、ありがとう雨月」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。その後、長い沈黙を破ったのは蛍だった。
「……オレ、雨月みたいな人に会ったの……初めてなんだ。だから……なんていうか、嬉しかった、んだと思う……。オレは、人を誘うことしか出来なかったから……。いくらオレが拒んでも……誰も、一緒には拒んでくれなかったから……。オレの意思を尊重してくれたのは、雨月が初めてなんだ……」
「……だから、私だったら……いい。と、そういう事ですか?」
雨月の問いかけに蛍は大きく頷く。誤解をして先走ってしまったことに後悔する。そんな雨月の後悔を、蛍は明るく笑い飛ばす。そして、先程応急処置とはいえ……口付けを交わしたからだろうか。ほんのりと顔を赤らめ、躊躇いがちに蛍はこちらへ問うてくる。
「……だから、雨月……俺と、シてくれる? オレ……雨月に触って欲しい……」
視線を畳に落としながら、絞り出すように蛍は言葉を紡ぐ。『触って欲しい』そう言いながらゆっくりと顔を上げた蛍の瞳は僅かに潤んでいて、頬は赤らみ恥ずかしそうに肩を震わせていた。
「……っ、仕方のない人ですね……あなたは……」
そんな風に誘われたら、断れるはずがない。蛍を纏う香りが一層濃さを増し、雨月はその香りに身を委ね、そっと手を重ねる。今度は、優しく。互いのぬくもりを確かめ合うように……。
◆◇◆
「……そういえば、水野さん。あなたは先程、『三か月に一度はシたくなる』と言っていましたね」
「あ……うん。一昨年くらい、かな。急に……。それでオレ……その間は怖くて怖くて、ずっと部屋に籠ってた……」
「……今までよく無事でしたね、あなた」
その後、諸事を終え布団に寝転び、互いの指を絡めながら雨月は呆れたように言う。『あはは……』と苦笑する蛍を窘めて、もう一つ蛍に問う。
「次はいつですか?」
「……え?」
「三か月周期なのでしょう? 次が来るまで、あとどのくらいか。と、聞いているんです」
「……ああ……えっと……、あとひと月くらい……だと思う」
少し考えてから、蛍はそう答える。
諸事を終えた後……、正確には……蛍の本音を知った後、雨月は一つの決意をした。早急すぎる決断だ、と自分でも思う。それでも、決意を揺るがすには至らなかった。
それからしばらくして、別れの刻。
あからさまに名残惜しむ蛍に、口付けを落として見世を後にする。
「また、会いに来てあげますから……そんな顔しないでください」
「……っ、ほんとうに……また来てくれる……?」
「ええ、約束しますよ。必ず……」
蛍の頭をくしゃりと撫でて、雨月は去っていく。その後姿をいつまでも蛍は見送っていたのだった。
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