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鮮やかと見間違える程に美しく、
鮮やかと見間違える程に美しく、#05
しおりを挟む翌日。これから毎日、一日中あの匂いに耐えるのかと憂いていたが、どうやら薬を飲んでいるとはいえ、匂いの分泌量にムラがあるらしい。現にこの日は相変わらず匂いは濃いが、我慢出来ない程ではなかった。
「おはよう、伊吹くん」
「……っ!?」
問題はその次の日だった。昨日は何ともなかったはずなのに、今日は朝から匂いが濃い。とても濃い。
「……まーちゃん……ちょっと、ごめんな」
「えっ、えっ……ど、どうしたの伊吹くん?」
真澄の問いに答えず、伊吹は部屋の中で一番頑丈そうな柱に近寄り、頭を後ろへ仰け反らせる――そして。
――ガンッ!!
「い、伊吹くん!?」
突然の伊吹の行動に、驚く真澄。
「~~っ、いって――……」
頭を抱えて、伊吹はその場に蹲る。心配して駆けてきた真澄を、伊吹は手で制す。
「えっ……」
まだ頭がクラクラ、ガンガンする。頭を押さえて顔は上げられないけれど、真澄が今暗い顔をしているのは分かった。
「まーちゃん……今日、すっげぇ甘い匂い……すんの」
「あっ……」
伊吹のその一言で、真澄は察したようで伊吹から距離を取る。
「……ありがと、まーちゃん」
ようやく落ち着いたと顔を上げ、床に腰を下ろしながら伊吹は、自分の懐から短刀を真澄に投げて寄越す。
「こ、これって……っ」
「……まーちゃんが持ってて。アンタ、刀持ってねーっしょ? 俺が暴走した時用の、護身にさ」
「で、でも……」
「別に……俺を〝殺せ〟って言ってるんじゃねーよ? どこでもいい。まーちゃんに、俺を正気に戻してほしーんだ」
着物の袖を捲って、真澄に『こうして斬りつけてくれればいい』と伝える。
「……その傷……僕のせい……で……」
「……ちげーよ……。まーちゃんのせいじゃねーよ……。でも、しょーじき……これ以上ここにいたら、アンタに手出しちまう……」
伊吹の短刀を握りしめ、涙に肩を震わせる真澄に背を向けて、伊吹は匂いに充てられてふらつく身体で真澄の部屋を後にする。
それから一刻。まだ完全に熱は引かなかったが、いくらか抜いたらマシになったように思う。
「……ふぅ」
真澄の男女以外の性別によるものであって、真澄自身には何の非もないが、何が悲しくて太陽の高いうちから自分の操を何度も勃てなければならないのか。
「……よし」
気付けば、もう昼時。これ以上じっとしていると、余計な事を考えてしまいそうになる。
真澄の食事の準備をし、匂いを極力吸わないように、鼻と口を覆うように布を巻いて、真澄の部屋の前で声をかける。
障子と布越しでも、分かる匂い。今日だけは、鍵付きのあの扉に感謝しなければ。鍵が掛かっていなければ、きっと無意識に真澄の部屋に向かっていたかもしれない。鍵があるのとないのとでは大違いなのである。
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