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ぼくらの出会いと別れと
しおりを挟む前期考査も終わり、一息ついたところだった。
久しぶりに音大に進んでいた友人と直接会うことになった。
僕自身は、取り立てて特殊な才能はないし、実際学力だって誇るほど良いものではなかったから、合格圏内にある県内の無難な私立大学を受験し、無事経済学部に潜り込んだところだった。
高校時代はなぜか僕は合唱部に所属していて、友人とはその時に知り合った。知り合ったといっても同じ部活ということで、廊下などで会えばせいぜい挨拶を交わす程度で、その時は特別親しいというわけではなく、顔見知り程度といった感じだった。
ピアノを担当していた。
友人はそのころにはかなり本格的に音楽の道を目指していて、既に音大へ進むことを決める程度には目立っていた。
友人と話すようになったのは、合唱部がコンクールに出ることになり、トラブルがあって敗退したときの反省会でだった。
泣いていた彼女、江津麻美を慰めたのがきっかけだったともう。
まあ、大学に進学した後は都内の有名音大に行った麻美とは、SNSで時折連絡を取り合う程度だったので、会うのは実に半年ぶりになる。
麻美には、妙な趣味があった。
廃墟スポット巡り。
彼女は時折、いわゆる廃墟訪問を好んでしていた。
廃墟の写真集なるものも、結構所有していて、スマホのブラウザのブックマークはさぞかし廃墟記事ばっかりなのだろう。
たまに僕も彼女に拉致られるように、廃墟をめぐることになった。
よくあるネタで、廃墟スポットが心霊スポットを兼ねているときがあるし、あるいはちょっと治安が微妙な落書きをされているようなスポットに行く際には、男でもあったほうがよいだろうということで、ついていったりもした。
今回、久々に連絡が来たかと思いきや、結局スポット訪問のお誘いだった。
地元埼玉の山奥にある廃校の、放置されているピアノがみたいのだとか。
「やっほー、大ちゃん、元気してた?」
「まあ、それなりに」
「テニス部入ったんだって?大学デビュー?」
「オールラウンド系なのは否定しない」
「エロいねぇ」
「いやいや、なんで」
地元の駅のロータリーに車を止めて彼女を待っていると、駅からでてきた彼女が早々にあほなことを口にし始めた。
以前よりも長くのばした髪、制服とは違う女性らしい服装、言動こそあの頃のままだったけど、彼女はどこから見ても、綺麗な女の人になっていた。
「さて、じゃあ行きますか」
沈黙で気まずくなるのもなんなので、iPodをカーステレオに繋ぎ音楽を流す。無印にでも流れてそうな無難な環境音楽だ。
「えっと、2時間ぐらいかな。普通にいけば4時ぐらいにはつくかなぁ」
行って2時間。現地で30分から1時間。また戻ってきてどこかで夕食でもというプランだった。
「ごめんね。ホントはもちょっと早く来れるはずだったんだけど、午前中急な予定が入っちゃってさ」
「問題ないさ。こっちはどうせヒマしてたし」
「えー、サークルとかは?」
「毎週末集まるほど熱心なサークルでもないしなぁ」
そんな感じで近況を話しながら車を走らせる。
社内には、なれない香水の香りがした。
「あ、そういや今回のスポットも心霊話があるんだっけ?」
道の周りも大分山奥めいてきた。
地元が住宅街なのに対して、ここまでくると完全に山の中の古い町並みという様相を呈してくる。埼玉県は、車必須なのだ。
広大な大地に海がないだけで、山や谷、森林まで存在する。
そのくせ、電車が生活圏をカバーしていないエリアが広く、首都圏の秘境と呼ばれるのも無理はない。
「そう、今回はね。なんと音楽室でピアノを奏でるセーラー服の少女がでるらしいよ」
「ベタな」
あまりにベタな設定に、即突っ込みを入れたくなった。
いや、入れていた。
「いわくとかあるのか?」
「うーん、特にないみたいなんだよね。ただ、見たことがある、とか。ピアノの音を聞いた、とかそういう話がいくつかネットにあった程度」
「てか、そもそもピアノが放置ってありえるのか?」
「なんかね。それもわかんないみたい。なんでかピアノの写真はネットにアップされないんだよねぇ」
トラブルが起きているのを自覚したのは、それから更に1時間ぐらいしてからだった。
「あれ、そろそろついてもいいころだよね?」
「カーナビが、なんか変だな」
カーナビの指示通りに進めているはずなのに、急に指示変更になったり、ないはずの道を指したりして、いっこうに目的地に着く様子がなかった。
まわりからも民家や電線さえ消えて、辛うじて舗装された道が続いている感じだ。
スマホも、電波が届かないのかマップアプリがなかなか起動しない。
「ねえ、これって」
「まさか、なぁ」
大分、日が沈んできた。
まだ明るさは残っているとはいえ、もう十数分もすれば完全に日が落ちてしまうだろう。
「引き上げるか?」
嫌な感じがして、麻美に問いかけるも彼女は逆にのりきになっていた。
「いやいや、ホンモノのスポットかもしれないよ。めったにない経験だよ。ここは凸しないと」
僕は、まあ現実、断る理由もないといえばなかったので、そのまま廃校目指して走らせることにした。
更に1時間ぐらい走らせたところで、一軒のコンビニを見つけた。
といってもメジャーどころでなく、ヤマ〇キデイリーストアを更に田舎の商店に寄せたような古びたお店だった。
自動ドアでもない、入り口を抜けると幸い店内はそれなりに知ったような商品が並んでいた。見た感じ、賞味期限がおかしなことになっているということもなさそうだった。
カウンターには店員はいなかった。
コーヒーと、麻美の選んだ紅茶を手に取ると僕は、カウンターの奥へと声をかけた。
「すみません。会計お願いします」
「あ、はい。すみません。今行きます」
そう言って、出てきたのは若い女の子だった。
僕らはレジを済ませると、廃校までの道を確認した。
「え?ああ、あそこですか?あれ、直ぐ近くですよ?」
「どういうこと」
「ちょっと待ってくださいね」
そういうと、彼女はメモ帳を破ると地図を描いてくれた。
「一か所曲がるところがあるけど、ほぼ一本道なのでそんなに難しくないと思います」
「ありがとう。あれ、そうかここはこっちに曲がるのか。。」
礼をいってから僕らはコンビニを出た。
教えられたとおり、道を進むとやがて廃校についた。
車を廃校のグランドに停める。
学校の門は、運よくなのか悪くなのか、開けっ放しになっていた。
通常ならバリケードなので封鎖されているはずの場所も、開けっ放しになっていた。
「すっかり真っ暗だな」
日は完全に落ちていた。山奥の廃校だけに街灯なども皆無で灯りは全くない。
実際、車内から社外はほとんど見えない。
車のヘッドライトをつけてはいるけど、消したら真っ暗だろう。
「どうすんの」
「大丈夫、こんなこともあろうかと」
そういって、麻美がナップザックから取り出したのは、懐中電灯だった。更に手袋まで用意している。
「いやいや、用意周到すぎるだろ」
「廃墟マスターには通常装備だよ。室内に入れば、大体真っ暗なんだから」
そうこうして結局中に入ることにした。
古い校舎とはいえ、別に木造というわけではない。
この辺は炭鉱で栄えた時期もあったが、鉱山が閉鎖されてからは過疎が進んで一気に人がいなくなり、結局廃校どころか、廃村になっている。
エリア的にも、かつての村名はなく、近隣の町の一部として微かに町名が残る程度だった。
結論からいってしまうと、拍子抜けするほど何もなかった。
机や椅子などもほとんど撤去されており、当然ピアノも実在しなかった。
そもそもどこが音楽室かすらわからなかったし。
「なんもないな」
「そうね」
ねばったが、何も起きなかったので帰ることにした。
車を走らせて直ぐだった。
帰りにあのコンビニによって、お礼でもみたいな話をしていた。
妙な胸騒ぎがして、ふとバックミラーをみた。
女が、いた。
明らかに、生きている気配のない。でも女だと分かる暗闇があった。
思わず車のブレーキを踏む。
「えっ?なに?」
麻美が俺の挙動に驚いて、声をかけてくる。
そして彼女もその気配に気が付いてしまう。
女の顔がすぐそばにあった。
女は、ナニか言っていた。
「……っては、、」
小さい声だった。
「……てはいけ、、」
遠くの方から小さく鳴り響く、、
「……いってはいけない」
ひと際大きくその声が聞こえた瞬間。
女の気配が消えた。
麻美と僕は顔を見合わせた。
エンジンを切ったわけではないけど、車内は辛うじて計器の明かりで互いの顔が判別できる程度だ。室内灯を恐る恐るつけて、後部座席を振り返る。
女の姿はなかった。
「今のって」
「ああ、でた、な」
一人だったらまた別の解釈もあったけど、麻美と二人同じものを見ていた。
「あのさ、『いってはいけない』って行ってなかった?」
「うん。私にもそう聞こえた」
「いってはいけないって、どこに?」
「廃校……なら、もう行っちゃったよね」
「そうだ、な」
僕は、麻美と話しながら思い出していた。
女が現れる前に、どこに行こうとしていたのか。
「なあ」
「なに?」
「廃墟行く前に、コンビニ行ったよな」
「え?うん、いったね」
「コーヒーと紅茶を買った」
「買った、、ね」
僕らの目は、カップホルダーを見ていた。
運転席と助手席の間にあるそれには、あるはずのモノがなかった。
それに。。
「ねえ」
「うん」
「あの、さ。コンビニの、、店員の顔、思い出せる?」
「……」
思い出せる。
だけど、それは、、、
「逆、だった」
僕と麻美は、怖くなって帰りはそのまま無言で帰ってきた。
夕食どころではなかった僕らは、そのまま別れた。
半年後、彼女が妊娠して学校をやめ、そのまま結婚したという話を別の同級生に聞いた。
その心霊スポットは、カップルの破局スポットとしても有名だったのを後から知った。
僕はまだ、告白もしていなかったのに。
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