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しおりを挟むティグレさんは、落ち着いた声色で言葉を紡ぐ。
「あんな人権無視の奴らの言うことを聞く必要なんてないだろ。今君は、他の面子と冒険者になる事も、別な国に保護を求めて聖女として生きることもできる。
この国を見ただろう?今、人族と魔族の関係は変換期にある。新たな関係づくりに躍起になってる。魔王討伐なんてしなくても、共存共栄の道があるんだ。
・・・君がこんなになってまで、頑張る必要なんかないんだ。」
ぎゅ、と、大きな身体で抱きしめてくれたその感触が、学校で庇ってくれた琥太郎くんを思い出させて。
ぼろぼろと涙が溢れ出た。
「・・・だって、帰るためには、魔王と、会わなくちゃ、いけないの。魔王を、倒さなきゃ、帰れないっ、て。魔王城に、帰還の魔法陣があるんだって、そう、言われた、から。」
例え、それがあの国の王様の吐いた嘘だったとしても。
嘘だったと、確固たる証拠が欲しくて。
諦めなきゃならなくても、まだ、諦めたくなくて。
ちょっとでも、可能性があるなら、それを探したくて。
「だって、帰りたいんだもん!お母さんに!弟と妹も!友だちも!・・・こんな容姿だって馬鹿にされるけど、私ね、彼氏だっていたの!あの日の朝、頑張ってチョコ作ったの!明日渡すって約束してたの!楽しみにしててくれたのに!なのにっ何で!?何で私はココに居なきゃいけないの!!何でまた、学校の時と同じで!馬鹿にされて!マウントとられなきゃならないの!?折角、彼がっ!友達がっ!助けてくれたのに!自信ついてきたのに!何でっ!!」
ぐわぁって、身体の奥が熱くなって。
涙がぼろぼろ流れて、止まらなくって。
ティグレさんの胸当てを、拳でガンガンと叩いた。
「帰りたいよぅ・・・帰してよぅ・・・」
ティグレさんは、何も悪くないのに。
完全に八つ当たりなのに。
でも、ティグレさんは何も言わずに、優しく抱きしめてくれた。
「・・・そうか・・・そりゃァ、こんな世界に連れてこられて、家族とも、友だちとも・・・大事な彼氏とも引き離されて、辛かったよなァ・・・」
・・・ごめんなァ・・・
彼は何にも悪くないのに、そう言って、私抱きしめたまま背中をさすってくれるその仕草が、琥太郎くんに似てた、から。
この世界に来て、初めての安心感で。
溢れ出た涙が、いつまでも止まってくれなかった。
結局ティグレさんは、私が泣き止むまであやしてくれて。
やっと泣き止んだら、「ほら、」って、私の口の中に、小さな甘いものを放り込んだ。
そして、そっと私の手に小さな瓶を握らせた。
見たら、ビー玉みたいに色とりどりで綺麗な、小さな飴玉。
甘くて、美味しくて、思わず笑ってしまって。
子どもっぽさに、自己嫌悪になって俯いたら、「うん。そうやって、笑っている方がいい。」って、頭を撫でられた。
恐る恐る顔を上げたら、彼は凄く優しい琥珀色の目で私を見下ろしていて。
「・・・君はこんなに辛い思いをしても、魔王に会う、という目的の為に頑張るんだな・・・分かった。俺の方でも、聖女の帰還に関する情報を探してみる。だから、どんな事になっても、帰る事を諦めないでくれるか?」
「でも。そんな事・・・」
「なァに、怪我が当然の冒険者にとって、とても効果的な回復法を教えて貰ったんだ。それに“追尾”なんて、魔法使いにゃ垂涎の大発見。恩を返すのは冒険者として当然だ。それに、な。」
そう言って、両手で顔を挟むように、優しく頬に手が触れた。
大きくて、暖かい、手。
「こーんなに頑張り屋さんな聖女サマを、俺が、応援してやりたいんだ。」
手のひらから伝わる温もりが、
はにかんだ笑顔が、
琥太郎くんを彷彿とさせて。
胸の奥が、ぎゅう、と締め付けられるような思いがした。
*
あの後は、そのまま路地裏でティグレさんと別れた。
宿まで送ると言ってくれたけど、誰に見られるかも分からないから、申し出は辞退した。
「名前を教えてくれ」って聞かれて、「桜」って答えたら。
「“サクラ”か。可愛らしい響きの名前だな。君にピッタリだ。」って、嬉しそうに笑ってくれた。
ホントは、「桜」って名前、好きじゃなかった。
だって、桜はすぐ散っちゃうから。
でも、琥太郎くんが、『すぐ散っちゃうとしても、凄いエネルギーで綺麗に咲くんだ。それこそ、見る人をみんな幸せにしてくれるだけの可憐さで。くるくると一生懸命に動いて、俺を癒してくれる桜に、ピッタリな名前だな。』って言って笑ってくれたから。
それから、この名前が好きになったんだ。
宿に戻ったのはお昼過ぎくらいだった。
案の定、誰もいなかった。
すぐに宿の部屋で回復薬を作ったりして、何ごともなかったかのように過ごした。
拳闘士と女魔法使いは、帰ってきて早々、私をなじり。
その後城から帰ってきた勇者サマぶった王子は、何が気に入らなかったのか、ピリピリしていて、いちいち私に対して、貶める事を言ってきて。
剣士は、彼らが居ない間の私の様子を探るような雰囲気はあったけど。
この世界に来て初めての宝物になった、ティグレさんの飴の小瓶を、ポケットの中で、ぎゅっと握りしめる。
彼がくれた言葉の数々が、仕草の一つ一つが、琥太郎くんを思い出させてくれて。
私の心を守ってくれている気がしたから。
まだ私は、ここで、頑張れる。
そう、思った。
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