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第六章:プリンセス、絶望に挑む
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いつも通りの新米冒険者生活を送って薬草を納品、いくばくかの報酬を得てそれで食事と宿をどうにかするーー。
まるで絵に描いたようような新米冒険者のくせに泊まる宿は中級クラスのシャワートイレ付き。
どう考えても新米には不釣り合いだけれど、実際には実力的にも財力的にも新米ではない私にはどうということはない。これでも遠慮して宿のグレードは下げているくらいだしね……。
「今日も特に有用な情報は得られませんでしたね」
シャワーで濡れた髪を乾かしながらお世話妖精のアンがため息混じりに一言。少し愚痴っぽい。
「そうね……もういっそ王宮にでも忍び込んでみましょうか? そうすれば何か得られるかもしれないわ。ほら、みんなに子供扱いされる今なら「ごめんなさい、迷ったの~」とか誤魔化せないかしら?」
「……本気で仰ってます?」
「まさか」
「ですよね。さすがの姫様でもそれはあまりにも……」
「あまりにも?」
「………………」
問い返す私に沈黙で答えるお世話妖精。
「ねぇ、あなた最近失言多くないかしら?」
「いえ、そのような事は……」
本音を言ってみなさいよ。そういうつもりでニッコリと笑いかけて先を促す。
「そのような事は全くございません。全て的を射た発言であると自負しております」
「そう? それならよかっーーん!? 的を射ていたら失言ではないと言う事で、それはつまり……」
しまったという表情でそろりと浮かび上がるおバカ妖精。
「ア~ン~!!」
「ごめんなさ~い!!」
私が言うよりも早く手の届かない天井付近まで飛び上がって逃げた。
「まったく、覚えてなさいよ!」
あれ? なんだか私のセリフがヤラレキャラっぽくないかしら?
翌日、いつものようにギルドに向かう。いつもの道中なのにこの日は珍しく誰とも会わなかった。みんなと会うのも珍しいけれど、誰とも会わないというのはここしばらくなかったような気がする。
きっと昨日のクエストから戻っていないのでしょうね。普段なら日帰りでしょうけれど、森の状況の確認だから時間がかかっているのかもしれないわね。
何事もなければいいのだけれど……。あら、フラグかしら?(笑)
「おはようございます」
いつもより少し緊張感があるような気がする。一応ギルド内をみまわしてみるけれどゴールドさんやそのお仲間さんたち、ザックさんやダンテさんらのパーティーもメンバーを含めて誰もいない。まだ早い時間だから来ていないだけの可能性は十分あるけれど、その三組の誰もいないという事は私の予想通りなのかもしれない。
「おはようございます、キラリちゃん。今日も薬草採取頑張ってくださいね」
いつもの受付のお姉さんにそう呼びかけられた。
もうここ最近はずっとこれだ。私が違うクエストを受けようとしても受理してくれないという……。
みんな子供に甘すぎないかしら? あ、でも男の子には厳し目だったわね。十三の子に「ゴブリンぐらいやれなくてどうする!!」って鍛えられたのを見たことがある。
「………………」
アレ? ワタシ、ジュウロクサイナンデスケド?
確かに男の子の方が背も高かったし、大人っぽく見えたけど、でも十三歳だよ? 私より三つも下だよ? アレ? どうしてかなぁ、おかしいなぁ……。私ってそんなに幼く見えているのかな……。ああっ、もうっ! やっぱりこの世界の冒険者って私(俺くん情報)のイメージと違いすぎるわよ!!
「えっと、マーナお姉ちゃん」
受付のお姉さんにはこう呼ぶように言われている。明るいオレンジ系のふわりとしたセミロングの美人さん。タレ目がちな切れ長の目がとってもセクシーなの。
「なぁにキラリちゃん」
そのお姉さんがこれまた似合いの少し甘い声で、しかも上機嫌に応えてくれた……。いや、もうこれ以上は何も言うまい。これまでの様子を見れば大体推測ができようものだ。
このお姉さんはそういう趣向の人という事だろう。以前に一度凄く熱心にお家に誘われたことがある。その時はちょっと用事があって行けなかったのだけれど、それからも時々誘われる。今のところなんとかお断り出来ているけれども……。初めてが女の人になってしまうかもしれない危機ではある。今後も気をつけよう。何を今更? わかってるけど言わないで!! 自分の中で囁く何者かに強く抗議をしておく。こういうのはやっぱり気持ちの持ちようが大事だと思う。今世では素敵な初体験を望むわ!! 前回は……魔狼王様か……アレがアレでまぁ……あらやだ。
そんな事はともかくとして、マーナお姉ちゃんのお誘いには乗らないように努めている。それでも誘われるたびに自分の中でまぁまぁな葛藤とういうか何というか複雑な思いが渦巻く。ホント色々とあるのよ色々とね……。
でもふと思う。初めてが(お尻だけだったけど)スライムよりはいいのではないかしら……って。マーナお姉ちゃんは間違いなく美人さんだしね。
「……キラリちゃん?」
おっと、少し脱線しすぎたようね。心配そうなお姉さんに何でもないと軽く頭を振って改めて問いかける。
「あの、北の森へ調査に行ったゴールドさんたちはまだ帰ってないんですね。他にも向かった方がいらっしゃるのでしょうか?」
「あら、よく気がついたわね。五組のパーティーが確認に回っているけれど昨日は全組帰っていないのよ。泊まりで調査してくれているみたいね。だから今日も北のクエストは受理できないのよ。まぁキラリちゃんには関係ないわ。今日はこれなんてどうかしら?」
そう言って差し出されたクエスト内容は……。案の定薬草採取。やっぱりね。
「そんなにあからさまにガッカリされるとお姉さん悲しくなっちゃうわ。ちゃんとキラリちゃんの実力を見ながらクエストの内容をステップアップさせているのよ? ほらよく見て? ココよここ」
お姉さんのスラリと長い指が指し示す所は……。
「えっと……南の林の少し奥の方……ですか? 小さな池があってその辺りが薬草の群生地になっているんですよね?」
「あら、よく知っているわね。しっかり勉強していてお姉さん感心しちゃったわ。えらいえらい」
頭を撫でられた。子供か!?
しかし盗み見たお姉さんの表情は決してお子様にはお見せできないものであったが……。
「いつもの林の入り口よりも奥だから魔物も出るのよ? キラリちゃんなんてツノで一突きされちゃうわよ? もしもそれが大事な所に刺さったりしたら……お姉さん心配で心配で……。やっぱりやめようかしら」
一体何の心配をしているのか……。わかるけどわかりたくない。
それにそもそも角兎のような最弱の魔物に私がどうこうされるわけがないのだけれど、それは実力をかけらほども見せていない今言っても仕方がない。
そんなことよりもやっぱりまだ早い……とかブツブツ言ってるお姉さんをどうにかしないとまた林の入り口で採取させられてしまう。実際にはとうの昔に好き放題林の隅々まで探索済みですがーー。
「ーー大丈夫です! マーナお姉ちゃんありがとう大好き!! 私頑張るね!!」
「うふ、うふふ。お姉ちゃん大好き……なんてステキなヒ・ビ・キ……うふふ」
「お、お姉ちゃん手続きお願いします!!」
「もちろんよ、お姉ちゃんに任せなさい。サラサラ~。はい、これでいいわよ。怪我しちゃダメよ? 気をつけて行ってらっしゃい」
「はーい、行ってきまーす!」
自分でやっててなんだけどちょっとシンドイ。やっぱりいい歳して子供の振りって辛いわ……。ホントよくやるわね名探偵。
街の外に出てしばらく。
南の林の方へ向かう脇道に入ると人気はぐっと少なくなる。
南に向かう冒険者はほんとのほんとに初心者ばかり。大体は引率の先輩冒険者が何組かまとめて面倒を見るのだけれど、そうしたグループはもう少し後になって出発する。なので午前中九時台だと大抵誰もいない。
「……それでキラリちゃんは今日も薬草採取でちゅか?」
「アン……お仕置きするわよ?」
「冗談です、姫様。薬草のストックはまだ十分にあります。今日は北ですか?」
「そうね、この街に来て初めてのイベントーー関係あるかどうかはわからないけれど、探りをいれてみましょう」
昨日の時点ではそれ程気にしていなかったのだけれど、ゴールドさんら中堅上位の冒険者たちが五組もいて日帰りしなかった、もしくは出来なかったクエスト。
私の目的と関係があるかどうかは分からなくても確認をした方がいいでしょう。
「そうしましょう、そうしましょう。毎日毎日林でのんびりするのも飽き飽きですからね。いい気分転換になるかもしれませんよ」
全ての情報を共有できていないから仕方がないのかもしれないけれど、呆れるくらい呑気なアンを見ているとここでこうしていていいのかと焦る気持ちが大きくなる。
私が背負っているものは途方もなく大きい。それだって私が勝手に背負っているつもりでいるだけなのだけれども、かと言ってその全てを私は何処かに下ろしてしまうことが出来ない。
だからこそ毎日必死で考えている。どうするべきなのかと。
時間は限られている。ここにこれ以上留まっていても仕方がないのではないか? 次に進むしかないのではないか? でも私が思いつく次は彼と対峙する事。
それは……場合によってはそこで終わってしまう。そしてそれは確実にバッドエンドだ。
私では竜王には敵わない。あの時ですら彼は圧倒的に手加減をしていた。そもそも彼に本気で殴られたならステータスの上では耐えられても実在する肉体の方が爆発四散してもおかしくない。それではさすがの私でも死ぬしかないだろう。おかしなレベルの私だけれど例えHPは減らなくても受けた攻撃に応じて体はダメージを受けている。普通に痛いし血も流れる。痛くて気を失うこともあれば攻撃された箇所によっては息ができなかったり、衝撃で動けなくなったり……。とにかく肉体は普通にダメージを受けている。
それでもステータスの上ではHPがほんの少ししか減っていなかったりする。レベルによるダメージ減少効果が大きすぎるからだ。
普通はレベル100が最高。それなのに私は現在400を超えている。色々な加護とか特性とかを加味すると受けるダメージはとても僅かになるだろう。私なら間違っても戦いたくない相手だと言える。こういう硬い相手には相応の特殊な攻撃手段が必要になる。例えば割合ダメージとかね。
……あまり思い出したくないからやめよう。
そんなチートな私でさえ竜王には歯が立たなかった。『虚空』が殴り飛ばされた時点で手の施しようがない。アレは狡い。バグよバグ。倒しようのない敵なんてズルすぎると思う……私が言うのも何だけれど。
とまぁ、そんなだから竜王とは戦いたくない。絶対に勝てないから。そして仮に退けることが出来たとしても魔族を討伐する流れを変える事はできない。延命くらいにはなるかもしれないけれども、根本的な解決ではないのだから目指しても仕方がない。どうせやるなら武神王国を滅ぼした方がまだ可能性があるかもしれない。
……よし、いざとなったらやるか?
ひとまずその件は冗談として保留にするとして、まずは目先の危機をどうにかしないといけない。竜王の参戦阻止。兎にも角にもここからね。
正直第一関門を突破した先も危機だらけだから嫌になる。ホントもう誰か助けて!?
「それじゃ行きましょうか」
まずは第一関門攻略の糸口を掴みにね。
幻惑の魔法を加えた新生飛行魔法で北の森までひとっとび。さぁ、巻いていきましょう!!
「くぅぅっっ……この魔法にもずいぶん慣れましたっっ!!」
「そうね。最初は酷かったものね。自分で飛べるのにね」
「わ、私たち妖精はもっと優雅に飛びますから! このような物凄い速さで飛んだりしませんから驚いて当然です!!」
「あら、それは失礼したわね。まだまだ未熟で至らないところがあるわ、先にお詫びしておくわね?」
「ちょっ!? まっ、待ってください!! 私に意地悪する時以外でおかしな挙動をしたことなんて一度もないじゃないですか!! そんな嘘ばっかり言わないでくださいませ!!」
「嘘じゃないわ。いつもアンの為に必死で制御しているのよ。それなのに……。意地悪だとか酷いわ。集中が乱れて魔法に影響してしまうかもしれないわ」
およよ……。泣き崩れるような素振りをしつつ僅かにカクンと失速させてみる。
「ひっ!? 姫様っ!? 冗談でもやめてください!!」
効果覿面。アンは必死に私の首にしがみつく。
「ぁん……」
ちょっと擽ったい。あと少し気持ちいいかもしれない……癖になったらどうしよう。
首筋の何とも言えない感覚にほんの少しだけドキドキしてしまった。
まるで絵に描いたようような新米冒険者のくせに泊まる宿は中級クラスのシャワートイレ付き。
どう考えても新米には不釣り合いだけれど、実際には実力的にも財力的にも新米ではない私にはどうということはない。これでも遠慮して宿のグレードは下げているくらいだしね……。
「今日も特に有用な情報は得られませんでしたね」
シャワーで濡れた髪を乾かしながらお世話妖精のアンがため息混じりに一言。少し愚痴っぽい。
「そうね……もういっそ王宮にでも忍び込んでみましょうか? そうすれば何か得られるかもしれないわ。ほら、みんなに子供扱いされる今なら「ごめんなさい、迷ったの~」とか誤魔化せないかしら?」
「……本気で仰ってます?」
「まさか」
「ですよね。さすがの姫様でもそれはあまりにも……」
「あまりにも?」
「………………」
問い返す私に沈黙で答えるお世話妖精。
「ねぇ、あなた最近失言多くないかしら?」
「いえ、そのような事は……」
本音を言ってみなさいよ。そういうつもりでニッコリと笑いかけて先を促す。
「そのような事は全くございません。全て的を射た発言であると自負しております」
「そう? それならよかっーーん!? 的を射ていたら失言ではないと言う事で、それはつまり……」
しまったという表情でそろりと浮かび上がるおバカ妖精。
「ア~ン~!!」
「ごめんなさ~い!!」
私が言うよりも早く手の届かない天井付近まで飛び上がって逃げた。
「まったく、覚えてなさいよ!」
あれ? なんだか私のセリフがヤラレキャラっぽくないかしら?
翌日、いつものようにギルドに向かう。いつもの道中なのにこの日は珍しく誰とも会わなかった。みんなと会うのも珍しいけれど、誰とも会わないというのはここしばらくなかったような気がする。
きっと昨日のクエストから戻っていないのでしょうね。普段なら日帰りでしょうけれど、森の状況の確認だから時間がかかっているのかもしれないわね。
何事もなければいいのだけれど……。あら、フラグかしら?(笑)
「おはようございます」
いつもより少し緊張感があるような気がする。一応ギルド内をみまわしてみるけれどゴールドさんやそのお仲間さんたち、ザックさんやダンテさんらのパーティーもメンバーを含めて誰もいない。まだ早い時間だから来ていないだけの可能性は十分あるけれど、その三組の誰もいないという事は私の予想通りなのかもしれない。
「おはようございます、キラリちゃん。今日も薬草採取頑張ってくださいね」
いつもの受付のお姉さんにそう呼びかけられた。
もうここ最近はずっとこれだ。私が違うクエストを受けようとしても受理してくれないという……。
みんな子供に甘すぎないかしら? あ、でも男の子には厳し目だったわね。十三の子に「ゴブリンぐらいやれなくてどうする!!」って鍛えられたのを見たことがある。
「………………」
アレ? ワタシ、ジュウロクサイナンデスケド?
確かに男の子の方が背も高かったし、大人っぽく見えたけど、でも十三歳だよ? 私より三つも下だよ? アレ? どうしてかなぁ、おかしいなぁ……。私ってそんなに幼く見えているのかな……。ああっ、もうっ! やっぱりこの世界の冒険者って私(俺くん情報)のイメージと違いすぎるわよ!!
「えっと、マーナお姉ちゃん」
受付のお姉さんにはこう呼ぶように言われている。明るいオレンジ系のふわりとしたセミロングの美人さん。タレ目がちな切れ長の目がとってもセクシーなの。
「なぁにキラリちゃん」
そのお姉さんがこれまた似合いの少し甘い声で、しかも上機嫌に応えてくれた……。いや、もうこれ以上は何も言うまい。これまでの様子を見れば大体推測ができようものだ。
このお姉さんはそういう趣向の人という事だろう。以前に一度凄く熱心にお家に誘われたことがある。その時はちょっと用事があって行けなかったのだけれど、それからも時々誘われる。今のところなんとかお断り出来ているけれども……。初めてが女の人になってしまうかもしれない危機ではある。今後も気をつけよう。何を今更? わかってるけど言わないで!! 自分の中で囁く何者かに強く抗議をしておく。こういうのはやっぱり気持ちの持ちようが大事だと思う。今世では素敵な初体験を望むわ!! 前回は……魔狼王様か……アレがアレでまぁ……あらやだ。
そんな事はともかくとして、マーナお姉ちゃんのお誘いには乗らないように努めている。それでも誘われるたびに自分の中でまぁまぁな葛藤とういうか何というか複雑な思いが渦巻く。ホント色々とあるのよ色々とね……。
でもふと思う。初めてが(お尻だけだったけど)スライムよりはいいのではないかしら……って。マーナお姉ちゃんは間違いなく美人さんだしね。
「……キラリちゃん?」
おっと、少し脱線しすぎたようね。心配そうなお姉さんに何でもないと軽く頭を振って改めて問いかける。
「あの、北の森へ調査に行ったゴールドさんたちはまだ帰ってないんですね。他にも向かった方がいらっしゃるのでしょうか?」
「あら、よく気がついたわね。五組のパーティーが確認に回っているけれど昨日は全組帰っていないのよ。泊まりで調査してくれているみたいね。だから今日も北のクエストは受理できないのよ。まぁキラリちゃんには関係ないわ。今日はこれなんてどうかしら?」
そう言って差し出されたクエスト内容は……。案の定薬草採取。やっぱりね。
「そんなにあからさまにガッカリされるとお姉さん悲しくなっちゃうわ。ちゃんとキラリちゃんの実力を見ながらクエストの内容をステップアップさせているのよ? ほらよく見て? ココよここ」
お姉さんのスラリと長い指が指し示す所は……。
「えっと……南の林の少し奥の方……ですか? 小さな池があってその辺りが薬草の群生地になっているんですよね?」
「あら、よく知っているわね。しっかり勉強していてお姉さん感心しちゃったわ。えらいえらい」
頭を撫でられた。子供か!?
しかし盗み見たお姉さんの表情は決してお子様にはお見せできないものであったが……。
「いつもの林の入り口よりも奥だから魔物も出るのよ? キラリちゃんなんてツノで一突きされちゃうわよ? もしもそれが大事な所に刺さったりしたら……お姉さん心配で心配で……。やっぱりやめようかしら」
一体何の心配をしているのか……。わかるけどわかりたくない。
それにそもそも角兎のような最弱の魔物に私がどうこうされるわけがないのだけれど、それは実力をかけらほども見せていない今言っても仕方がない。
そんなことよりもやっぱりまだ早い……とかブツブツ言ってるお姉さんをどうにかしないとまた林の入り口で採取させられてしまう。実際にはとうの昔に好き放題林の隅々まで探索済みですがーー。
「ーー大丈夫です! マーナお姉ちゃんありがとう大好き!! 私頑張るね!!」
「うふ、うふふ。お姉ちゃん大好き……なんてステキなヒ・ビ・キ……うふふ」
「お、お姉ちゃん手続きお願いします!!」
「もちろんよ、お姉ちゃんに任せなさい。サラサラ~。はい、これでいいわよ。怪我しちゃダメよ? 気をつけて行ってらっしゃい」
「はーい、行ってきまーす!」
自分でやっててなんだけどちょっとシンドイ。やっぱりいい歳して子供の振りって辛いわ……。ホントよくやるわね名探偵。
街の外に出てしばらく。
南の林の方へ向かう脇道に入ると人気はぐっと少なくなる。
南に向かう冒険者はほんとのほんとに初心者ばかり。大体は引率の先輩冒険者が何組かまとめて面倒を見るのだけれど、そうしたグループはもう少し後になって出発する。なので午前中九時台だと大抵誰もいない。
「……それでキラリちゃんは今日も薬草採取でちゅか?」
「アン……お仕置きするわよ?」
「冗談です、姫様。薬草のストックはまだ十分にあります。今日は北ですか?」
「そうね、この街に来て初めてのイベントーー関係あるかどうかはわからないけれど、探りをいれてみましょう」
昨日の時点ではそれ程気にしていなかったのだけれど、ゴールドさんら中堅上位の冒険者たちが五組もいて日帰りしなかった、もしくは出来なかったクエスト。
私の目的と関係があるかどうかは分からなくても確認をした方がいいでしょう。
「そうしましょう、そうしましょう。毎日毎日林でのんびりするのも飽き飽きですからね。いい気分転換になるかもしれませんよ」
全ての情報を共有できていないから仕方がないのかもしれないけれど、呆れるくらい呑気なアンを見ているとここでこうしていていいのかと焦る気持ちが大きくなる。
私が背負っているものは途方もなく大きい。それだって私が勝手に背負っているつもりでいるだけなのだけれども、かと言ってその全てを私は何処かに下ろしてしまうことが出来ない。
だからこそ毎日必死で考えている。どうするべきなのかと。
時間は限られている。ここにこれ以上留まっていても仕方がないのではないか? 次に進むしかないのではないか? でも私が思いつく次は彼と対峙する事。
それは……場合によってはそこで終わってしまう。そしてそれは確実にバッドエンドだ。
私では竜王には敵わない。あの時ですら彼は圧倒的に手加減をしていた。そもそも彼に本気で殴られたならステータスの上では耐えられても実在する肉体の方が爆発四散してもおかしくない。それではさすがの私でも死ぬしかないだろう。おかしなレベルの私だけれど例えHPは減らなくても受けた攻撃に応じて体はダメージを受けている。普通に痛いし血も流れる。痛くて気を失うこともあれば攻撃された箇所によっては息ができなかったり、衝撃で動けなくなったり……。とにかく肉体は普通にダメージを受けている。
それでもステータスの上ではHPがほんの少ししか減っていなかったりする。レベルによるダメージ減少効果が大きすぎるからだ。
普通はレベル100が最高。それなのに私は現在400を超えている。色々な加護とか特性とかを加味すると受けるダメージはとても僅かになるだろう。私なら間違っても戦いたくない相手だと言える。こういう硬い相手には相応の特殊な攻撃手段が必要になる。例えば割合ダメージとかね。
……あまり思い出したくないからやめよう。
そんなチートな私でさえ竜王には歯が立たなかった。『虚空』が殴り飛ばされた時点で手の施しようがない。アレは狡い。バグよバグ。倒しようのない敵なんてズルすぎると思う……私が言うのも何だけれど。
とまぁ、そんなだから竜王とは戦いたくない。絶対に勝てないから。そして仮に退けることが出来たとしても魔族を討伐する流れを変える事はできない。延命くらいにはなるかもしれないけれども、根本的な解決ではないのだから目指しても仕方がない。どうせやるなら武神王国を滅ぼした方がまだ可能性があるかもしれない。
……よし、いざとなったらやるか?
ひとまずその件は冗談として保留にするとして、まずは目先の危機をどうにかしないといけない。竜王の参戦阻止。兎にも角にもここからね。
正直第一関門を突破した先も危機だらけだから嫌になる。ホントもう誰か助けて!?
「それじゃ行きましょうか」
まずは第一関門攻略の糸口を掴みにね。
幻惑の魔法を加えた新生飛行魔法で北の森までひとっとび。さぁ、巻いていきましょう!!
「くぅぅっっ……この魔法にもずいぶん慣れましたっっ!!」
「そうね。最初は酷かったものね。自分で飛べるのにね」
「わ、私たち妖精はもっと優雅に飛びますから! このような物凄い速さで飛んだりしませんから驚いて当然です!!」
「あら、それは失礼したわね。まだまだ未熟で至らないところがあるわ、先にお詫びしておくわね?」
「ちょっ!? まっ、待ってください!! 私に意地悪する時以外でおかしな挙動をしたことなんて一度もないじゃないですか!! そんな嘘ばっかり言わないでくださいませ!!」
「嘘じゃないわ。いつもアンの為に必死で制御しているのよ。それなのに……。意地悪だとか酷いわ。集中が乱れて魔法に影響してしまうかもしれないわ」
およよ……。泣き崩れるような素振りをしつつ僅かにカクンと失速させてみる。
「ひっ!? 姫様っ!? 冗談でもやめてください!!」
効果覿面。アンは必死に私の首にしがみつく。
「ぁん……」
ちょっと擽ったい。あと少し気持ちいいかもしれない……癖になったらどうしよう。
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