魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第二章:プリンセス、岐路に立つ

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 抱き締めていた腕を緩めると、真っ赤な顔をしたリンド少年と目があった。

「お帰り、リンドくん」
「……お姉ちゃん……」

 私の無事な姿を見て安心したような表情になる。そして彼は青龍セロの方を向いた。

「セロ様……僕は……負けたのですか?」
「………………」

 セロは何も言わない。ただ私を睨みつけている。

「リンド、お前にかけられた眷属支配は解かれた。お前を殺さずに勝ちたいとシーラの従者キラリが望みその通りに成し遂げた。故にシーラとその従者の勝ちだ。次代の天空王はシーラに決まりだ」
「そうですか……セロ様、申し訳ありません」

 リンドがセロの元へ歩み寄り跪く。
 それは王に仕える騎士のような姿に見えた。

「……めん」
「セロ様?」
「俺は認めん!」

 セロが突然大声を上げた。

「セロ様! おやめください!!」
「ーーどけ!」
「セ……ロ……様……ゴボッ……」
「ーーリンドくん!?」

 背中から真っ赤な手が突き出している。

「セロ! 血迷ったか!?」
「黙れ! そもそも一番力のある者が王に相応しい。このような茶番で決めることが間違いなのだ!!」

 血に塗れたリンド少年を無造作に投げ捨てて青龍セロが天空王を睨む。

「愚かな……セロよ貴様の様な者に天空王は継承せん。この場で滅してくれよう!」
「ふん! 継承など不要だ! 貴様を殺して天空王の力を奪えばいいだけだ!!」
「どうしようもない男だな貴様は……それでは力は奪えんし、そもそもどうやって私に勝つ気なのだ……」

 天空王の言葉を裏付けるかの様に他の継承者は誰一人としてこの事態に動揺していない。それどころか憐れむような視線を青龍セロに向けている。
 こっちは放っておいても大丈夫みたい。だったらリンドくんを……。

「ーーこうするんだよ!!」
「キラリーー!!」
「ーー!?」

 なに!? なんで私!? 首を掴まれて吊り上げられる。

「あ、が……」

 凄い力! 息が……。シーラ様……。

「ーー動くな! 動けばこのまま首を握り潰す!!」
「くっ……」
「なるほど、今度はその者を支配するつもりか? 確かにあの魔法なら私に勝てるかもしれんな……」
「そうだ! あれなら、あの魔法ならこの世の全てを俺の物にできる!! 天空王の力すら凌駕する!!!」
「……は、な……せ……」

 力が……入らない……。

「今楽にしてやる……古の血に宿る神獣の力……」

 血を飲まされた……。

「あ……」

 喉が焼けるように熱い!

 それが全身に広がっていく……。

 体が痺れて……意識が朦朧とする……。

 声が聞こえる……。

 私に従えと静かに迫る声……。

 何も考えられなくなる……。

 声が私にするべき事を教えてくれる……。

 声に従えばいいの……?

 でも私は誰も殺したくない……。

 それでも殺さなくちゃいけないの……?

 声が私に迫る……。

 従えと……。

 殺すのではない、救うのだと……。

 生の柵から解き放ち救うのだと……。

「あ、あ……」
「俺の声に従え!」

 頭に響く声と重なる声がする。
 私の思考に干渉するこの忌々しい声と目の前の青龍セロの声が重なる。
 もう息ができる。掴まれていた首が痛い。私に入った力の宿る血が暴れている。

「さぁ、天空王を殺せ!」

 目の前の男は一体何を言っているのだろうか?
 暴れる血が次第に馴染んでいく。
 私の体に無理やり力を流し込んでくる。
 これが神獣の力? これが、こんな力があの小さな体で暴れていたの?
 傷ついたリンドくんに目を向ける。スウォン? 朱雀の力を宿す少女が側にいた。助けようとしているの? 朱雀ーー再生の力ーー彼女なら救えそうね。
 救えないのはーーこの男だ!

「キラリと言ったな……俺の声に従え! さぁ! 天空王を殺せ!!」

 醜く歪んだ欲望にまみれた顔。
 どうして奪う事をよしとするのか……。
 もっと別の手段を取れるはずなのに、安易に奪おうとするのは何故なのか。
 人の業の深さは本来ならこの様な欲望に染まらぬはずの神獣の一族すら変えてしまうというのか……。
 だったら私はその因果を断ち切る。今ここでこの者の悪意を挫く。
 霞みがかっていた意識と視界を私自身の手に取り戻す。
 如何に強力な毒物でも私の体は消化吸収してしまう。確かに多少のタイムラグはあるだろうけれど、この世界の裏ボスとも言えるスライムの種族特性は伊達じゃない。
 だから私はきっぱりと笑顔で断言する。

「……お断りよ」
「なんだと!?」
「あなたの言葉になんて従えないわ」
「何故だ!? どうなっている!? 確かに血を飲ませた! 眷属支配を施したはずだ!?」

 動揺して隙だらけだ。セロの力は厄介なのでこの隙は有難く利用させてもらう。
 目の前の男に手を触れてーー。
「ーー『束縛の蔦グラスバインド』!」

 魔力で編まれた蔦がセロを絡めとり縛り上げる。

「くっ、こんな物!!」
「無駄よ……」

 引き千切ろうと力を込めても、魔力を込めてもこの蔦は切れない。

「何だこれは!? 何故切れない!?」
「それはね……」

 この男には分からせなければならない。

「貴方が……弱いからよ」

 足を払って倒す。

「うぐっ! 馬鹿な!?」
「だって……眷属支配も出来ず、私の魔法にも抗えない……」

 表情を消して愚かな男の顔を見下ろす。束縛の蔦は全身を拘束しセロに身じろぎひとつさせない。

「『煉獄の火炎インフェルノ』!」

 炎の魔法で焼くつもり?

「ーーだから無駄よ?」

 己を包み込む炎が一瞬で消える。

「な……!?」
「言ったでしょう? 貴方は弱いって……」

 蔦はほんの僅かすらも焼けていない。

「私の魔力を上回らない限り何をしても無駄よ」
「馬鹿な! 馬鹿な!! 馬鹿なっ!!! 認めん! 認めん!! 認めんぞ!!! 俺が最強だ! 天空王の力を得て世界を支配する!! この俺が、この俺がぁっ!!」

 セロの体から急激に魔力のオーラが迸り、その身を包み込む。青いオーラがまるで龍の様にセロの体に絡みつく。

「オォォォォォ!!!」

 叫び声に呼応するかのように肉体が膨張し巨大化ーーまさか獣化!! シーラくんが白虎に変身できるようにセロは……青龍に!?
 絡みついた青いオーラが透き通る様な鱗に変化してセロの体を包み込んでいく。
 やがて膨れ上がる肉体が蔦の束縛を引きちぎり、龍……いいえ竜へと変じた。
 ここへ来るときにみた飛竜が今また目の前に姿を現した。

「どうやって生きながらえたか知らんが今度は確実に殺す!!」

 ああ……やっぱりあの時の飛竜はこいつだったのか。シーラくんの表情が気になっていたんだ。

「セロ!! 愚かな真似はよせ!!」

 天空王の叱責の声。
 しかしセローー青竜は僅かに首を揺らすとそちらに灼熱のブレスを吐き出した。
 ものすごい熱量に直接浴びていないのに体が焼けそうだ。咄嗟に『水の抱擁アクアシェル』の魔法を使っていなければ膨大な熱気で息をするだけで肺が焼かれていたかもしれない。
 あちらの様子はわからない。まさか天空王があっさりやられるとは思えないけれど、竜の力は桁違いだから……。

「グルァァァァッッッ!!」

 口元に炎の残照を燻らせた青い竜が天井に届こうかという高さから私を見下ろしている。
 黒く濁ったその双眸からはもは目の前の敵ーー私を殺すことしか考えていないのではないかと思わせられる。
 サファイアのように煌めく鱗は飛龍といえど竜の貫禄を十二分に発している。
 
 睨み合う竜と人。

「ーーキラリ! 逃げろ!!」

 シーラくん!?
 愛しい人の鬼気迫る声が止まった時間を動かした。
 睨み合いは終了。竜の顎が迫り来る!

「ーーえいっ!!」

 未だ浮遊していたアクアキューブで竜の頭を横殴りにするが煩わしげに首を振るっただけで弾き飛ばされた。
 そもそもの力に開きがありすぎるわよ!!

「ガァァァァ!!」
「キラリーー」

 振り下ろされた腕。床を打ったその衝撃で軽く吹き飛ばされたけど、私は無事。
 さすがにこれを受け止めていたらどうなったか分けらないけれど、避けるだけならいくらでも手段はある。
 続けざまに迫る極太の尾による横薙ぎをアクアキューブを使ってやり過ごした。空を裂く轟音には鳥肌が立つけど、本気のアクアキューブなら遅れを取ることはなさそうだ。

「グルァァァァッッッ!!!」

 口元に魔力が集まっている! ブレス攻撃!!
 わかりやすい予備動作のおかげで私とセロとを遮る様に新たに生み出した無数のアクアキューブによって壁を作り出す。
 全てを焼き尽くす竜の火炎ですらいとも容易く耐え切ってみせた。
 もちろん火炎だけでなく、苛立たしげに振り回す腕も尾も受け止めて、それでもなお微動だにしない。
 背後から驚愕の声が聞こえた。

「シーラくん……今から本気でやるね……」

 私は小さく言葉を紡ぎ、アクアキューブに指令を下す。
 立方体の一片を鋭く尖らせていくとそれは角錐となり、私が言うのもなんだけれどその切っ先は恐ろしいくらいに鋭利でゾッとする。
 今から私はこの鋭利なもので欲望に我をなくした青き竜を討伐する。
 全てを薙ぎ払う竜の攻撃の全てを私は魔法で受け止めた。
 アクアキューブ改めアクア……ピラミッドで……。俺くんの知識を持つ私にはその表現はギャグにしか思えないけれど、角錐がそう言うんだから仕方がない。ファ○オとかスフ○ンクスとかとは一切関係ない。
 実際にそれをみてもあれを想起はしないだろう程には鋭く突出した棘の様に変化したキューブを一つ、二つ、三つ、四つ……抗えなくなるまで打ち込み続ける。
 鋭い棘はあらゆる攻撃を無力化するはずの竜の鱗を易々と突き破りその身に深々と突き刺さっていく。その無数の棘の様な様相からこの形態のアクアキューブを水の棘ーーアクアソーンと命名する。なんかその方がかっこいいから!

 やがてそこには無様に床に貼り付けられた竜が一匹。いいえ、今や竜の姿も維持できずに人の姿に戻り行く愚かな男が一人。

「ガハッッ……バ、カな……」

 見るも無残な姿わ晒して這いつくばるセロ。

「たかが小娘一人にも勝てないあなたが世界を手のすることなんて不可能よ……『虚空ジエンド』……」

 掲げた掌に全てを無に帰す闇を生み出す。
 今度は本気の虚空終焉。
 それは直径数メートルに及ぶ闇の、無の塊。
 見世物と違って本物は一味違う。
 その威圧感はすぐ側にいる者の理性を刈り取る。
 恐怖で支配する。
 この魔法の前では全てのものは等しく無力だ。
 故に究極。

「それじゃ……さようなら……」

 掲げた手をゆっくりと降ろしていくーー。
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