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第一章:プリンセス、冒険者になる
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しおりを挟む「くそっ!!」
ジェイクさんが悪態を吐く。
離脱路を二体のキマイラによって遮られてしまったからだ。一体でも十分な脅威となる魔獣が何体も現れ、その上取り囲まれてしまった。こうなる前に逃げようとしたが一歩遅かった。
前からは交戦中の一体を含む四体のキマイラが。後ろからは脱出経路を塞ぐーーというかその通路から二体のキマイラが現れた。前門の虎後門の狼というやつだろうか? まぁ前門から逃れらていないので正確には違うけれど、絶体絶命という点においては些細な問題でしかない。
現在私たちは四人は計六体のキマイラによって包囲され、人生最後の時を迎えようとしていたのである。
「なんなんだよ、なんなんだよこれはっ!! んなのどうしろってんだよっ!! なぁ! なぁどうすんだよ! どうすりゃいいんだよっっ!! なぁ! ラーサスっ!!」
「落ち着け! ジェイク……落ち着いてくれ……頼む」
「くそがぁぁぁっっっ!!!」
「………………」
怒りに我を忘れている。普段は何だかんだと言いながらも冷静な彼がこうも激昂してしまうとは想像……通りではあるけれども、イメージ通りではあるけれども、実は少し意外でもある。
おっさん……って言ったら怒られるけど、ジェイクさんはなかなかどうして立派な冒険者だという事。ちょっと暑苦しくってお節介な感じででも頼りになってそれなのにバカばっかりしてる。チームに一人いるとずっと楽しくやっていけそうな、そういうムードメーカー的な人。あ、あと微妙にカッコつけでもあるわね。
私……こういうタイプの人は嫌いじゃない。
仲間を大切にする人は嫌いじゃない。
「ーーっすまない! 取り乱した……」
「気にするな。俺も似たような心境だ。しかし……。どうするもこうするもない。詰んだ。ミレーヌ、すまない。アリーシャを連れ帰るどころか君まで。彼女になんと言って詫びればいいか。それからキラリくん。申し訳ない。我々が君を死地へと誘ってしまった。悔やんでも悔やみきれない。この事態を想像できなかった我々を許してくれとは言えないが……すまない」
悲壮感。強力な魔物に囲まれて死を覚悟した。だからこその冷静さなのか、それとも足掻く気力も無くなってしまったのか。
仮にどちらだとしても普通結果は変わらない。そう、物語のような奇跡が起きない事を皆知っている。
「ーー俺が行く。今度は俺がなんとかする! だから後のことは任せる。俺はパーティーの盾だ。俺が倒れねぇ内は仲間に手出しはさえねぇ!! キラリ! 俺にありったけの防御魔法をかけてくれ。お前たちが逃げる時間くらい俺が作ってやる!!」
「待てジェイク!?」
「………………」
突然のジェイクさんの決意。ラーサスんはもとよりミレーヌさんも不服そうだ。ミレーヌさんはそれを伝えようとジェイクさんの手を掴み必死に首を横に振っている。ああっ、これぞまさにヒロイン!?
しかしこの構図……私の立ち位置って一体? 実はモブ扱い? いやしかし一応はパーティーメンバー。ゲストだけど。あれれぇ? おかしいなぁ? 私ってヒロインじゃなかったっけ?
「ーーミレーヌ。今度は俺の番だ」
いつにない程真剣な表情と強い意思を感じさせる声。決意した漢の顔。あの強い眼差しで見られたらきっと嫌とは言えくなってしまう。その決意を容易く否定することは仲間だからこそ出来ないかもしれない。
それでもミレーヌさんは拒もうとしていた。ラーサスさんを縋るように見つめる。しかし……。彼にも止める言葉はないようだ。
「本来ならリーダーである私が務めるべきなのだが……」
「俺が一番適任だ」
「それでも……。お前には帰りを待つ人たちがいるんだぞ!?」
「くっ……それは……わかってる。わかっちゃいるが……」
「だったら!!」
「言うなラーサス! 決意が鈍る。俺は決めていた。次に仲間が危機に陥った時には俺がーー。だからもう言うな。後のことは頼む! キラリ俺に魔法をかけてくれ!!」
まるで何かを振り払うように手を動かし私を見つめる。その目に迷いは感じられなかった。内心穏やかであるはずがない。迷い苦しみそれでも俺がやる。もう誰も傷つけさせない。パーティーの盾としてのプライド。仲間を思う熱い気持ち。本当のところは他人にはわからない。それでも一人の漢が命を賭した戦いへと向かう決意がその姿に現れている。
物語のクライマックスへ向けてのお膳立てが整った。普通ならここで私は泣きながらすがるヒロインポジションか、命運を託す一人の仲間か……というのが王道だが……。
しかし!! この私キラリ・フロース・ヒストリアを仲間に加えたのが運の尽き!!
……いやいやなんかこの言い回しだと私って凄いダメな感じじゃない? 違うわよ? 違うからね!? だからそうよ! 奇跡の始まり!!
「ーー俺がお前たちを逃がしてみせる!!」
バトルハンマーを握りしめ仲間の為に体を張る。文字通り命懸けのシーン……なのだけれど。
せっかくの覚悟無駄にしてごめんなさいジェイクさん。見せ場を取ってごめんなさい。
わざとじゃありませんからね?
「ジェイクさん……私は嫌です。誰にも死んでほしくありません。ミレーヌさんも納得していません。ラーサスさんだって本当は嫌なはずです。また一人仲間を犠牲にして生き残ろうだなんて誰一人考えていません。きっとアリーシャさんだってそう思っているはずです」
「ーーッッ! それは……俺だってわかってる。あいつがこんな事を望むはずがないことくらいはな。だがな、あの時あいつがしたように誰かがしなけりゃならない時がある。それが今なんだよ。だから頼む。僅かな時間も惜しい。俺に任せてくれ!」
「ジェイクさんの決意はわかりました。その想いも理解しました」
「だったらーー」
「だからこそあなたに死んでほしくない。だから……私がやります。もう決めました」
「ーー!? ふざけるな!! 何でお前が背負う!? これは俺の役目だ!! 一番若いお前が、今回参加しただけのお前が背負うもんじゃねぇだろうがっっ!!」
「そんな悲しい事を言わないでください。いいチームになってきたって言ったじゃないですか。アレは嘘だったんですか?」
「違う! あれは俺の本心だ。お前との旅は楽しかったさ。ミレーヌのあんな顔は久しぶりだった。でもな、だからこそお前を死なせるわけにはいかねぇ!! いいから俺に任せろ!」
今にも掴みかからんばかりに詰め寄られて少しドキドキしてしまう。
ああっっ妻子持ちの男性を誘惑してしまうだなんて私ってば罪な女……。
などとふざけている場合ではない。
「わかりましたから、ジェイクさんの言い分はわかりました。ですがここはひとつ落ち着いて私の話も聞いてください」
「バカ言ってんじゃねぇ!? 今がどれほど逼迫してるか分かってんのかっ! お前の話を聞いてやる暇はねぇ!!」
「そうですか? そうでもないと思いますよ? だって落ち着いて周りを見てください。だいたいこのやり取りの間にどれくらい時間が経っていると思ってるんですか? おかしいと思いませんか?」
「何がーー」
追い詰められて周りが見えていなかった。それはジェイクさんだけでなくラーサスさんもミレーヌさんもだ。
結構な時間私たちは言い合いをしていた。それなのにまだみんな無事でいる。どう考えてもおかしい事なのだけれど誰も気が付かない。
キマイラたちが手を出す事も出来ずに遠巻きに見ているだけというおかしな状況にもかかわらず。
「なっ何だこれは!?」
「どういうことだ……まさかキラリくん、君が?」
「………………」
みんなの視線が私に集まる。この現象はお前の仕業なのか? 何がどうなっている、説明しろ!! と言った心境なのだろうか?
私たちとキマイラとを隔てる様に無数の魔力の盾が浮かび、私たちを守護していたのだ。
そして言うまでもなく、これは私の仕業である。
「泣かないでくださいミレーヌさん。もう誰も死なせたりなんかしません。お姉さんが皆さんを守ったように今度は私が皆さんを守ります。お姉さんの想いは無駄にはしません!!」
「待て! これ程の数……キラリくんまさか!?」
「おい! ふざけるな!! なんでお前が命を懸けんだよ!! そうじゃねぇだろうがっ!!」
「だからって奥さんと娘さんがいるジェイクさんがする事でもないでしょう? だから私の出番です」
みんなに背を向けてキマイラの方へと一歩を踏み出す。
「おい! 待て!!」
「心配いりません。少しだけ本気を出しますから……ですからこれから見ることは他言無用でお願いしますね」
尚も止めようとするジェイクさんを押し戻して盾の向こう側へ。
何かを感じ取っているのかキマイラたちは私から逃げる様に後退りしていく。
あらあら? こんなか弱い美少女に怯えるだなんて困った魔獣さんですこと。でも今更許してはあげませんからね!
「私と出会った不運を悔やみなさい。せめて一思いに……。いきます! サンダァァァッッブレェェェドォォォッッッッ!!」
ここは一つド派手な狼煙を上げてやる!
そんな私の思惑を乗せてレベル10魔法『雷帝の剣』が発動する。
狙うのは正面の一匹!!
私の前に出現した複雑な文様の魔法陣から閃光が溢れ出し、雷鳴を轟かせる稲妻が大気を引き裂き翔け抜けた。
「ーー!?」
あまりの轟音に耳がキーンってなる。
これはここで使う魔法じゃなかった。
レベル10魔法『雷帝の剣』。いくつかあるダメージ限界突破の効力を持つこの魔法を私が使うと非常におかしなダメージを叩き出す。通常一万をちょっと超えるかな? というくらいなのだけど私の場合その100倍くらいのダメージを叩き出してしまう。最早ブッ壊れどころの話ではない。無効化されなければ恐らく相手が誰でも一撃必殺間違いなし! スゴイね!!
……まぁゲームデータの通りならの話で、実際に使ってみないと本当のところはわからない。もしかしたら大したことがないかもしれない。
ーーなんて事を思っていました。ちなみにそんなありえない予想に期待はしていませんでしたから全くショックではありません。ただし、別の理由でショックというか衝撃を受けてはいますけれどもね……。
「うえぇぇ……」
思いがけず美少女ヒロインが出してはいけない声が出てしまった。いやだって仕方なくない? これはちょっと想定外だよ。だってさ、イメージとの相違がハンパないんだもん。
シューティングゲームなんかのレーザー。ちょうどあんな感じのモノをイメージしていたのに実際は閃光がピカッてなってキマイラがちゅどん。スプラッタ映画よろしく魔獣が弾け飛んだ。
これはちょっとうっぷっ……。
見るのも辛い。一番前にいたキマイラは弾け飛んでバラバラ(ぐちゃぐちゃ)になってるし、その後ろにいた二体目のキマイラは身体が半分なくなってる。
惨殺よ惨殺。これはもう討伐ではなく殺戮といっても過言ではない。
間違ってもヒーローサイドの人間のやる所業ではない。そりゃさ、私ってば魔王の娘だけどさ、でも私たち魔族っていうのはそういう存在じゃないのよ!? 破壊と殺戮と無目的な世界征服を企む。そんな頭のおかしな種族じゃないのよ?
どちらかといえば平和を愛するタイプで、そうね、陽だまりで日向ぼっこする猫? 的な感じ?
あ、うん、そうだね。意味わかんないよね。大丈夫。私もよくわかんなくなってきた。
あ、これアレだ。ちょっと動揺してるよ私……。
「ふぅぅっっ……。一旦落ち着きましょうか私。ちょっと思っていたのと違う感じだけれど、問題ないわ。はい深呼吸。吸って~吐いて~吸って~吐いて~。よしオッケー。よし行くわよ!」
ーーでも音と結果が凄いからちょっと別の魔法で許してね。
「おまたせ。『ライトニングボルト』!」
ーーなどと結構な隙を見せていた気がするけれど、動揺していたのはあちらも同様……あ、違うの、これはダジャレとかそういうのじゃないからっ! 偶々よ。偶然同音異義語が重なっただけ。だから勘違いしないでよね!
とまぁキマイラたちもきっと混乱していたのだろう。決して怯えていたわけではない。繰り返す。決して、怯えていたわけではない!
あんなおっきな魔獣が私のような可愛らしい美少女に怯えるなどということがあっていいはずがない。
私が口にした力ある言葉ルーンによって『雷帝の剣』よりも控えめな雷属性の魔法が発動した。
私の指先から溢れ出した光線が洞窟内部を埋め尽くし、縦横無尽に裂き貫いた。
閃光が収まると後には熱線で焼き切られたようなキマイラだったものが散乱していた。
調子に乗って必殺技チックな魔法を使う必要は全くなかった。私は私の事を少し過小評価していたらしい。上級魔法を使えば問題なく討伐できるーーそれですら超がつくほどの過小評価だった。
恐らく……初級魔法でも十分な成果が出せたと思う。レベル十倍、魔力十倍。それは私の想像を遥かに超えていた。
正直自分自身の事ながら恐怖を覚えている。もしこの力を悪用すれば世界は滅ぶかもしれない。私が使う事の出来る魔法にはもっと広範囲に途方も無い効果を及ぼすものがある。
私が自分の意思でそれらの魔法を使う可能性は今のところ低いけれど、もしも何者かに操られてしまったらどうなる? もしも全てに絶望してヤケになったらどうする? 考えたところでどうなるものでもないけれど、だからこそ私は私が恐ろしい。
振り返る事が出来ない。
彼らの表情を見る事が出来ない。
変わってしまったであろう私を見る目を見てしまう事が怖い。
私が六体のキマイラを討伐するのに要した時間はわずか一、二分。実際にかかった時間ならばもっと短い。アレコレと動揺していた時間を含めて数分。これはもう人間技じゃない。
そんな場面を目撃した人はどのような反応をするのだろうか。怯え、戸惑い、恐怖し、そして自分たちとは違う異質な何かを拒絶するのではないだろうか?
俺もキラリも私も誰も後ろを振り向く勇気がない。
物語の英雄たちはいつもこんな気持ちだったのだろうか。強大な力は必ずしも幸せを運んで来るとは限らない。「幸せ」の定義にもよるだろうけど、私は……仲間だと思っている人たちから怯えた目で見られるのは嫌だ。
それならいっそ逃げてしまえばいい。このまま振り返らずに。元より今回限りのゲストメンバーだからそれもいいかもしれない。
「何だ今のは……」
「まさかそんなはずは……しかし他にどう説明する? キラリくん……今のは……。今の魔法はレベル10魔法なのか?」
ラーサスさんの声が震えているのがわかる。
私に振り返る勇気はない。
だからこのまま、洞窟の奥を見つめたまま答える。
「……『ライトニングボルト』はレベル8魔法です。「ボルト」と呼称しますが縦横無尽に格子状の光線が乱れ飛ぶ広範囲攻撃魔法です。結果はご覧の通りです。少しやり過ぎました……」
「いや、それも大概なのだが、その前に君は……」
振り返らなくてもわかる程の呆れた声。
絶対「今サンダーブレイドって言ったじゃん」とか思ってそう。ラーサスさんはそんな言葉遣いしないけどーー。
「何言ってんだよ、お前最初にサンダーブレードとか言ってたじゃねぇか。何だよ! あれすげぇ魔法だな!! キマイラが一発って嘘だろ!? 思わず笑いそうになったぜ!!」
あ、言われたし。
あとルーンわかるんだ意外!
「………………」
でもどう答えるべきか。誤魔化せないことはない……と思う。強引でも言い切ってしまえばいい。
「自分の手の内を明かしたくない心情は理解している。だが……そうか。レベル十の高みに至っているとはな……」
「………………」
「何だよ? 警戒してんのか? 心配すんな。誰にもいわねぇよ。大っぴらにしたくねぇんだろ? お前の秘密は誰にも明かさない。約束しただろ? その様子だとつまんねえ事をグチャグチャ考えてたんだろ? 大人ぶってたってお前はまだガキだ。あまりに威力に怖くて泣きべそかいてんだろ? だからこっちを向こうとしねぇ」
何でこんな時ばっかり鋭いのよ……。
でも泣いてなんてないわよ!?
私ってばすっごく賢いから色々と想像しちゃっただけよ。泣いてなんてないから。
「恐らくは普通の魔法使いよりも高威力なのだろうが、それにしてもこれがレベル10の魔法なのだな……」
「すげぇな。俺らがやっと一体って魔物をこんなにもあっさりとだぜ? 嫌んなるな……」
「ああ。凄すぎるな……」
ーーーーー
2021.03.13改稿
少し長くなってしまったのでラストの部分を次話に引っ越ししました。
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