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2章
リーセリアのメイドを調教する レギーネ視点
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【レギーネ視点】
コンコン……っ!
あたしの寮の部屋――
夜中の12時。静かにドアを叩く音が。
「来たわね……」
「はい。オルセン様……」
あたしが買収したリーセリアのメイド――クリスティア
小動物みたいに、ぶるぶる震えながら部屋に入ってくる。
「で、情報は?」
あたしは小声で、クリスティアに聞く。
あたしの専属メイド――セリアが近くで寝ているからだ。
「はい。明日、リーセリア様はロンダルディアへ立ちます」
「なるほどね……そこでアルフォンス様に夜這いをしかけるわけ?」
「そのおつもりかと……」
「ふふ。よくやったわ。いい子ね。クリスティア」
「ありがとうございます……っ! それで――」
哀願するような目で、クリスティアは「何か」を訴えてくる。
もちろんあたしは、クリスティアが何を求めているのかわかっている。
だけど――
「そ、れ、で? 何? わかんないんだけど?」
あたしはわざと、とぼけてみせる。
「……その、報酬の件です」
「あっ! 報酬のことね。すっかり忘れていたわ」
わざとらしいあたしの態度に、クリスティアは唇を噛む。
(あらあら。イラついているのかしら?)
「オルセン様、約束です。報酬として約束した金貨を渡してください」
「そうねえ……約束したからね~~」
あたしは(偽物の)金貨がたっぷり入った革袋を取り出す。
「では……」
と、クリスティアは革袋に手を伸ばすが、
「ダ・メ・よ」
あたしは革袋を引っ込める。
「……っ! どうしてですか?」
「まだよ。まだあたしのために働きなさい」
「そんな……! 約束通り情報を渡したのに……」
クリスティアは絶望した表情を見せる。
「あたしの計画は、これからなの。クリスティア、アンタには最後の最後まで協力してもらうわ。なんたってアンタは、あたしの【共犯者】だもの。【リーセリア破滅計画】の!」
「ち、違います! わたしは共犯者じゃありません!」
「何言ってんのよ……アンタは立派な共犯者。もう逃げられない」
黙り込んでしまうクリスティア。
「…………もし報酬を渡さないなら、リーセリアお嬢様に全部、暴露します」
「ふっふっふ、いいのかしら? さっき、もうあたしに情報を渡したのよ? アンタはすでにご主人様の信頼を裏切ったの」
「ぐ……っ!」
「クリスティア、アンタはあたしに従っていればいいの。あたしに最後まで協力したら、ちゃんと報酬は渡すから。大丈夫よ。安心しなさい」
(まあ偽造金貨なんだけどね……っ!)
アルトリア王国では、貨幣の偽造は重罪だ。
もし見つかれば、間違いなく死刑だろう。
平民の場合は、王都の市場で公開処刑される。
女の場合は、絞首刑にされることに。
もしこの偽造金貨をクリスティアが使えば、すぐに衛兵に捕まるだろう。
王都のブラックマーケットで仕入れた偽造金貨だから、あたしまで捜査の手が伸びることはない。
つまり、あたしの秘密を知る共犯者は、いずれ始末されるのだ。
「本当ですか? 信じていいんですか?」
「ええ……信じていいわよ。決してアンタを悪いようにしないわ」
あたしはクリスティアの頭を撫でる。
クリスティアは、根は真面目なメイドだ。
辺境のド田舎から、ベンツ伯爵家のメイドになった。
もとは、素朴に権力に従順に従う村娘。
圧力に弱い存在。
優しいけど頭が悪い。
だから、主人を裏切るプレッシャーに負けて、すべてをリーセリアにバラしてしまうかもしれない。
「……大丈夫よ。アンタならちゃんとやれるわ。それにこれは、リーセリアを助けることになるの。クズフォンスよりユリウス殿下のほうがリーセリアの婚約者にふさわしいわよ」
「はい……」
「愛するご主人様のためになるの。だから自分に自信を持ちなさない」
あたしは、ぎゅっとリーセリアを優しく抱きしめた。
クリスティアの乳臭い匂いが鼻をつく。
(田舎者のくっさい臭いね……)
アメを与えた後は――
「あたしはアンタを見捨てないわ。だから、あたしを裏切らないで。もしも裏切ったら――」
あたしはクリスティアを突き放す。
「……生まれてきたことを後悔させてやるわ。覚悟しておきなさい」
顔をぐっと近づけて、あたしはクリスティアに凄む。
「ひ……っ!」
「絶対、裏切るんじゃないわよ?」
「…………」
クリスティアは怯えているが、
「返事は?」
「……はい。オルセン様」
「あたしの目を見て、【絶対にオルセン様を裏切りません。わたしはオルセン様の犬です】と言いなさい」
「い、犬……?」
「そう。クリスティア、アンタは犬よ。あたしの飼い犬。あたしはアンタの飼い主様よ」
「…………」
(犬扱いは、さすがに抵抗あるのかしら……?)
人を支配する時は、脅しやエサだけじゃダメ。
心からあたしに服従させないといけない。
オルセン侯爵家は、もともと王都のギルドマスターの家系だ。
アルトリア王国の発展のために、貢献したギルド【銀翼の鷹】のギルマスの子孫。
だからあたしには、生まれつき人を支配する資格がある。
「受け入れなさい。犬の運命を。そうしたらアンタは幸せになれる」
クリスティアの怯える目を、あたしはじっと見つめた。
「ほら……言いなさい。【わたしはオルセン様の犬です】と……」
「……わたしはオルセン様の犬です」
「もう一度」
「わたしはオルセン様の犬です」
「もう一度!」
「わたしはオルセン様の犬です」
「あたしの目を見て」
「わたしはオルセン様の犬です」
「ワンワン、って鳴きなさい」
「ワンワン!」
「ふふふ。よくできました」
あたしはクリスティアをまた抱きしめた。
まるでペットのように、頭をわしゃわしゃ撫でてやる。
「わたしはオルセン様の犬です……」
「うん。あたしの犬よ。かわいがってあげるから……」
★
「ふう……犬の調教は疲れるわね」
クリスティアが帰った後、あたしは紅茶をすする。
「さて……あとはリーセリアの不貞の証拠を掴まないとね」
あたしの婚約者――クズフォンスを横取りしようだなんて許せない。
たしかに、あたしにとってクズフォンスなんてどうでもいい。
水の魔術師様と出会うまでの【踏み台】【繋ぎ】にすぎない。
はっきり言うわ――
ただ、リーセリアに取られるのが嫌なだけ。
「はあ……これにどう返事しようかしら……」
あたしは一通の手紙を手に取った。
この手紙は――いわゆるラブレターだ。
「誰よ……ジーク・マインドって……?」
腕を組んで考え込むあたし。
「…………あっ! 魔力測定の時に、一番魔力の多かった平民?」
たしか同じAクラスにいたっけ……?
全然顔が思い出せない。
(どうして平民風情があたしにラブレターを……?)
一度もあたしと話したこともないのに……?
(マジでキモイんだけど……っ!)
手紙は丁寧な封蝋がされている。
気持ち悪いからそのまま捨てようと思ったけど、
「……少し見てみようかしら?」
あたしは怖いもの見たさで、手紙を読んでみることにした。
【ジークの手紙】
親愛なるレギーネ・フォン・オルセン侯爵令嬢へ
キミは俺のヒロインだ。
俺はキミのケツが好きだ。
キミは胸が小さいことを気にしているみたいだけど、俺はそんなこと気にしない。
女の価値は胸の大きさで決まらない。
俺はキミの、ありのままを愛している。
キミはケツがデカいことが嫌みたいだけど、キミのケツはキミの武器だ。
キミのケツを、俺は愛している。
キミは俺を必ず好きになる。
キミは俺を愛する運命にある。
なぜか?
気になるだろう?
気になるよな?
仕方ないな~~
それは俺が【主人公】だからだ。
俺はこの世界の中心。
俺はこの世界の神だ。
アルフォンスとは違う。
あんなモブとは違う。
アイツはすでに死んでいるはずだったんだ。
本来、生きていちゃいけない存在。
だからキミは、アルフォンスと一緒にいてはダメだ。
アルフォンスと婚約破棄して、俺と一緒になろう。
主人公の俺なら、キミを一生幸せにできる。
信じてほしい。
俺はアルフォンスより強い。
必ずアイツを殺して、俺はキミを取り戻す。
キミは俺だけのヒロインだ。
キミとのえっちシーンを見て、俺は何度も「俺自身」を放出してきた。
これがキミへの愛の証。
キミが舐めてくれるシーンは、何度も何度も巻き戻して見たよ。
キミは普段はツンツンしているけど、ベッドの上で甘えん坊だ。
何で知ってるかって……?
それは俺が主人公だからさ。
俺はこの世界のすべてを知っている。
だから俺からは絶対に逃げられないよ。
いつもキミを見ているから。
キミを必ず迎えに行くよ。
俺の愛を受け入れたら、キミの返事がほしい。
もちろんYES以外の答えはダメだからね。
この世界の主人公が神の手で書き記す。
ジーク・マインド
「う……うぷっ……っ!」
あたしは激しい吐き気に襲われる。
あまりにキモすぎて死にそう。
「なんでこの平民は……あたしのことを知ってるのよ?」
自分が主人公って言ってるけど……どういうことなの?
(わけがわかんないわ……)
自分がクズフォンスより強いって言ってるけど……
「クズフォンスより強いわけないじゃない……」
あのガベイジ伯爵を倒したんだから。
まったく身の程知らずな平民ね。
仮にもクズフォンスは踏み台とは言え、あたしの婚約者なのよ……っ!
平民ごときより「下」なわけない。
(ムカつくやつだわ……)
「返事なんてしない。できない。キモすぎて怖い」
自分が主人公――完全に頭がイっているとしか思えない。
あたしは手紙を破ろうとすると、
「や、破れない……どうして?」
(なんでなのよ……?)
あたしの右手に刻印が浮かぶ。
「な……何よ。これ……?」
【誓約魔法が発動しました。手紙の返事を書くまで刻印は消えません】
「じょ、条件魔法が仕掛けてあった……」
条件魔法――ある特定の行為を発動条件するに魔法。
この場合、手紙を読むという行為が、誓約魔法発動の条件だったのだ。
「い、嫌がらせのつもり……?」
六芒星の刻印が、右手に緑色に光る。
この気持ち悪い手紙に返事を書くまで、刻印は消えない。
「ど、どうしよう……? いやよ。こんな手紙に返事を書くの……」
あたしは焦りまくるが、
「レギーネお嬢様……何かあったのですか?」
近くで寝ていたセリスが起きてきた。
「べ、別に……何もないわよ」
とっさに、あたしは右手と手紙を隠した。
「……レギーネお嬢様、お話があります」
キッと、セリスがあたしをにらみつける。
「何よ……セリス。そんな怖い顔しちゃって……」
「レギーネお嬢様が、しようとしていることです」
「へえ……? 何のことかしら……?」
あたしはすっとぼけるが、
「リーセリア様を陥れる計画、よくないです。レギーネお嬢様にお仕えするメイドとして申し上げます。おやめください」
セリスはあたしが子どもの頃から一緒にいるメイドだ。
あたしより3年上のお姉さん。
あたしのことは、何でもすぐに見抜くわけだ。
「やめるつもりはないわ。だってリーセリアは、あたしの婚約者を奪おうとしているわけよ? 許せないわ」
「でも、レギーネお嬢様は、リーセリア様の恋を応援すると言っていたじゃないですか?」
「そんなこと、言ったけ?」
「とぼけないでください」
(はあ……いい加減うざいわ)
「言ったわよ。それが何か?」
「親友とお約束したことを、守ってください」
「いやよ」
「じゃあ、なんで約束したのですか?」
「はあ……うるさいわね。そんなの、リーセリアを油断させるために決まってるじゃない。あたしを味方だと思わせていたほうが、嵌やすいでしょう」
あたしの言葉を聞いて、セリスは絶句する。
「…………レギーネお嬢様、それは最低です。オルセン侯爵家の名を、汚すことになります」
「もうウザいわね! メイドくせに何様よ! ちょっとあたしと長くいるからって、でしゃばるじゃないわよ! メイドのアンタは、黙って従っていればいいのよ……っ!」
ずっとセリスのことがウザかった。
いつもお姉さんぶって、保護者ぶって、あたしに小言を言ってくる。
(メイドのくせに、何様のつもりよ……っ!)
「わたしは……レギーネお嬢様のことを思って――」
「セリス、アンタはクビよ」
「え……?」
「もうクビよ。アンタなんか要らない! さっさと出ていきなさい……っ!」
あたしの言うことを聞かない、ウザいメイドはもう要らない。
「……わかりました。出て行きます」
「ふんっ! バカメイド! 早く消えなさい……っ!」
コンコン……っ!
あたしの寮の部屋――
夜中の12時。静かにドアを叩く音が。
「来たわね……」
「はい。オルセン様……」
あたしが買収したリーセリアのメイド――クリスティア
小動物みたいに、ぶるぶる震えながら部屋に入ってくる。
「で、情報は?」
あたしは小声で、クリスティアに聞く。
あたしの専属メイド――セリアが近くで寝ているからだ。
「はい。明日、リーセリア様はロンダルディアへ立ちます」
「なるほどね……そこでアルフォンス様に夜這いをしかけるわけ?」
「そのおつもりかと……」
「ふふ。よくやったわ。いい子ね。クリスティア」
「ありがとうございます……っ! それで――」
哀願するような目で、クリスティアは「何か」を訴えてくる。
もちろんあたしは、クリスティアが何を求めているのかわかっている。
だけど――
「そ、れ、で? 何? わかんないんだけど?」
あたしはわざと、とぼけてみせる。
「……その、報酬の件です」
「あっ! 報酬のことね。すっかり忘れていたわ」
わざとらしいあたしの態度に、クリスティアは唇を噛む。
(あらあら。イラついているのかしら?)
「オルセン様、約束です。報酬として約束した金貨を渡してください」
「そうねえ……約束したからね~~」
あたしは(偽物の)金貨がたっぷり入った革袋を取り出す。
「では……」
と、クリスティアは革袋に手を伸ばすが、
「ダ・メ・よ」
あたしは革袋を引っ込める。
「……っ! どうしてですか?」
「まだよ。まだあたしのために働きなさい」
「そんな……! 約束通り情報を渡したのに……」
クリスティアは絶望した表情を見せる。
「あたしの計画は、これからなの。クリスティア、アンタには最後の最後まで協力してもらうわ。なんたってアンタは、あたしの【共犯者】だもの。【リーセリア破滅計画】の!」
「ち、違います! わたしは共犯者じゃありません!」
「何言ってんのよ……アンタは立派な共犯者。もう逃げられない」
黙り込んでしまうクリスティア。
「…………もし報酬を渡さないなら、リーセリアお嬢様に全部、暴露します」
「ふっふっふ、いいのかしら? さっき、もうあたしに情報を渡したのよ? アンタはすでにご主人様の信頼を裏切ったの」
「ぐ……っ!」
「クリスティア、アンタはあたしに従っていればいいの。あたしに最後まで協力したら、ちゃんと報酬は渡すから。大丈夫よ。安心しなさい」
(まあ偽造金貨なんだけどね……っ!)
アルトリア王国では、貨幣の偽造は重罪だ。
もし見つかれば、間違いなく死刑だろう。
平民の場合は、王都の市場で公開処刑される。
女の場合は、絞首刑にされることに。
もしこの偽造金貨をクリスティアが使えば、すぐに衛兵に捕まるだろう。
王都のブラックマーケットで仕入れた偽造金貨だから、あたしまで捜査の手が伸びることはない。
つまり、あたしの秘密を知る共犯者は、いずれ始末されるのだ。
「本当ですか? 信じていいんですか?」
「ええ……信じていいわよ。決してアンタを悪いようにしないわ」
あたしはクリスティアの頭を撫でる。
クリスティアは、根は真面目なメイドだ。
辺境のド田舎から、ベンツ伯爵家のメイドになった。
もとは、素朴に権力に従順に従う村娘。
圧力に弱い存在。
優しいけど頭が悪い。
だから、主人を裏切るプレッシャーに負けて、すべてをリーセリアにバラしてしまうかもしれない。
「……大丈夫よ。アンタならちゃんとやれるわ。それにこれは、リーセリアを助けることになるの。クズフォンスよりユリウス殿下のほうがリーセリアの婚約者にふさわしいわよ」
「はい……」
「愛するご主人様のためになるの。だから自分に自信を持ちなさない」
あたしは、ぎゅっとリーセリアを優しく抱きしめた。
クリスティアの乳臭い匂いが鼻をつく。
(田舎者のくっさい臭いね……)
アメを与えた後は――
「あたしはアンタを見捨てないわ。だから、あたしを裏切らないで。もしも裏切ったら――」
あたしはクリスティアを突き放す。
「……生まれてきたことを後悔させてやるわ。覚悟しておきなさい」
顔をぐっと近づけて、あたしはクリスティアに凄む。
「ひ……っ!」
「絶対、裏切るんじゃないわよ?」
「…………」
クリスティアは怯えているが、
「返事は?」
「……はい。オルセン様」
「あたしの目を見て、【絶対にオルセン様を裏切りません。わたしはオルセン様の犬です】と言いなさい」
「い、犬……?」
「そう。クリスティア、アンタは犬よ。あたしの飼い犬。あたしはアンタの飼い主様よ」
「…………」
(犬扱いは、さすがに抵抗あるのかしら……?)
人を支配する時は、脅しやエサだけじゃダメ。
心からあたしに服従させないといけない。
オルセン侯爵家は、もともと王都のギルドマスターの家系だ。
アルトリア王国の発展のために、貢献したギルド【銀翼の鷹】のギルマスの子孫。
だからあたしには、生まれつき人を支配する資格がある。
「受け入れなさい。犬の運命を。そうしたらアンタは幸せになれる」
クリスティアの怯える目を、あたしはじっと見つめた。
「ほら……言いなさい。【わたしはオルセン様の犬です】と……」
「……わたしはオルセン様の犬です」
「もう一度」
「わたしはオルセン様の犬です」
「もう一度!」
「わたしはオルセン様の犬です」
「あたしの目を見て」
「わたしはオルセン様の犬です」
「ワンワン、って鳴きなさい」
「ワンワン!」
「ふふふ。よくできました」
あたしはクリスティアをまた抱きしめた。
まるでペットのように、頭をわしゃわしゃ撫でてやる。
「わたしはオルセン様の犬です……」
「うん。あたしの犬よ。かわいがってあげるから……」
★
「ふう……犬の調教は疲れるわね」
クリスティアが帰った後、あたしは紅茶をすする。
「さて……あとはリーセリアの不貞の証拠を掴まないとね」
あたしの婚約者――クズフォンスを横取りしようだなんて許せない。
たしかに、あたしにとってクズフォンスなんてどうでもいい。
水の魔術師様と出会うまでの【踏み台】【繋ぎ】にすぎない。
はっきり言うわ――
ただ、リーセリアに取られるのが嫌なだけ。
「はあ……これにどう返事しようかしら……」
あたしは一通の手紙を手に取った。
この手紙は――いわゆるラブレターだ。
「誰よ……ジーク・マインドって……?」
腕を組んで考え込むあたし。
「…………あっ! 魔力測定の時に、一番魔力の多かった平民?」
たしか同じAクラスにいたっけ……?
全然顔が思い出せない。
(どうして平民風情があたしにラブレターを……?)
一度もあたしと話したこともないのに……?
(マジでキモイんだけど……っ!)
手紙は丁寧な封蝋がされている。
気持ち悪いからそのまま捨てようと思ったけど、
「……少し見てみようかしら?」
あたしは怖いもの見たさで、手紙を読んでみることにした。
【ジークの手紙】
親愛なるレギーネ・フォン・オルセン侯爵令嬢へ
キミは俺のヒロインだ。
俺はキミのケツが好きだ。
キミは胸が小さいことを気にしているみたいだけど、俺はそんなこと気にしない。
女の価値は胸の大きさで決まらない。
俺はキミの、ありのままを愛している。
キミはケツがデカいことが嫌みたいだけど、キミのケツはキミの武器だ。
キミのケツを、俺は愛している。
キミは俺を必ず好きになる。
キミは俺を愛する運命にある。
なぜか?
気になるだろう?
気になるよな?
仕方ないな~~
それは俺が【主人公】だからだ。
俺はこの世界の中心。
俺はこの世界の神だ。
アルフォンスとは違う。
あんなモブとは違う。
アイツはすでに死んでいるはずだったんだ。
本来、生きていちゃいけない存在。
だからキミは、アルフォンスと一緒にいてはダメだ。
アルフォンスと婚約破棄して、俺と一緒になろう。
主人公の俺なら、キミを一生幸せにできる。
信じてほしい。
俺はアルフォンスより強い。
必ずアイツを殺して、俺はキミを取り戻す。
キミは俺だけのヒロインだ。
キミとのえっちシーンを見て、俺は何度も「俺自身」を放出してきた。
これがキミへの愛の証。
キミが舐めてくれるシーンは、何度も何度も巻き戻して見たよ。
キミは普段はツンツンしているけど、ベッドの上で甘えん坊だ。
何で知ってるかって……?
それは俺が主人公だからさ。
俺はこの世界のすべてを知っている。
だから俺からは絶対に逃げられないよ。
いつもキミを見ているから。
キミを必ず迎えに行くよ。
俺の愛を受け入れたら、キミの返事がほしい。
もちろんYES以外の答えはダメだからね。
この世界の主人公が神の手で書き記す。
ジーク・マインド
「う……うぷっ……っ!」
あたしは激しい吐き気に襲われる。
あまりにキモすぎて死にそう。
「なんでこの平民は……あたしのことを知ってるのよ?」
自分が主人公って言ってるけど……どういうことなの?
(わけがわかんないわ……)
自分がクズフォンスより強いって言ってるけど……
「クズフォンスより強いわけないじゃない……」
あのガベイジ伯爵を倒したんだから。
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仮にもクズフォンスは踏み台とは言え、あたしの婚約者なのよ……っ!
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「返事なんてしない。できない。キモすぎて怖い」
自分が主人公――完全に頭がイっているとしか思えない。
あたしは手紙を破ろうとすると、
「や、破れない……どうして?」
(なんでなのよ……?)
あたしの右手に刻印が浮かぶ。
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【誓約魔法が発動しました。手紙の返事を書くまで刻印は消えません】
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条件魔法――ある特定の行為を発動条件するに魔法。
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「い、嫌がらせのつもり……?」
六芒星の刻印が、右手に緑色に光る。
この気持ち悪い手紙に返事を書くまで、刻印は消えない。
「ど、どうしよう……? いやよ。こんな手紙に返事を書くの……」
あたしは焦りまくるが、
「レギーネお嬢様……何かあったのですか?」
近くで寝ていたセリスが起きてきた。
「べ、別に……何もないわよ」
とっさに、あたしは右手と手紙を隠した。
「……レギーネお嬢様、お話があります」
キッと、セリスがあたしをにらみつける。
「何よ……セリス。そんな怖い顔しちゃって……」
「レギーネお嬢様が、しようとしていることです」
「へえ……? 何のことかしら……?」
あたしはすっとぼけるが、
「リーセリア様を陥れる計画、よくないです。レギーネお嬢様にお仕えするメイドとして申し上げます。おやめください」
セリスはあたしが子どもの頃から一緒にいるメイドだ。
あたしより3年上のお姉さん。
あたしのことは、何でもすぐに見抜くわけだ。
「やめるつもりはないわ。だってリーセリアは、あたしの婚約者を奪おうとしているわけよ? 許せないわ」
「でも、レギーネお嬢様は、リーセリア様の恋を応援すると言っていたじゃないですか?」
「そんなこと、言ったけ?」
「とぼけないでください」
(はあ……いい加減うざいわ)
「言ったわよ。それが何か?」
「親友とお約束したことを、守ってください」
「いやよ」
「じゃあ、なんで約束したのですか?」
「はあ……うるさいわね。そんなの、リーセリアを油断させるために決まってるじゃない。あたしを味方だと思わせていたほうが、嵌やすいでしょう」
あたしの言葉を聞いて、セリスは絶句する。
「…………レギーネお嬢様、それは最低です。オルセン侯爵家の名を、汚すことになります」
「もうウザいわね! メイドくせに何様よ! ちょっとあたしと長くいるからって、でしゃばるじゃないわよ! メイドのアンタは、黙って従っていればいいのよ……っ!」
ずっとセリスのことがウザかった。
いつもお姉さんぶって、保護者ぶって、あたしに小言を言ってくる。
(メイドのくせに、何様のつもりよ……っ!)
「わたしは……レギーネお嬢様のことを思って――」
「セリス、アンタはクビよ」
「え……?」
「もうクビよ。アンタなんか要らない! さっさと出ていきなさい……っ!」
あたしの言うことを聞かない、ウザいメイドはもう要らない。
「……わかりました。出て行きます」
「ふんっ! バカメイド! 早く消えなさい……っ!」
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