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METSISが目を閉じ、再び眠りについた頃。スタリングは一人、自室で自身の好きなウイスキーをロックで飲んでいた。
既に日は落ち、気づけば空には星と月が微笑んでいた。まるでこちらに笑いかけるように。
そんな空を見ながら一人ふける。
ふと、スタリングはMETSISの最終調整をしたい欲求に駆られたがそれは明日キーファが来てからということにしていたので、その準備だけ終わらせることにした。
二階の自室から階段を降りて一階、そして地下へと降りる。
地下室の電気をつけ、暗証番号ロックの付いている扉を開けると、スタリングは地下研究室のシステムを起動した。
全財産を全て費やしたこの研究室とも別れるとなると、スタリングには込み上げてくるものがあった。だがそれ以上にMETSISを開発し、また娘のような子が出来たということに感動していた。
「さて……やるか」
そう言うとスタリングは、自身の感傷を捨てて動き出した。
人工脳には感性が備わっているが、まだ完成ではない。ここに様々なパターンの感情構築パルスと複合思想を入力することで人間の純粋で美しい"気持ち"が完成する。
しかしそれには膨大なパターンが必要であるため、多大な時間と人手がいるのだ。キーファを休ませたのはそのためだ。
その下準備もキーファとするつもりだったが、あまり彼に負担を掛けるのも良くないだろう、というスタリングの配慮があったため、スタリング一人で下準備をしている。
キーファに配慮しているのは理由がある。彼には妹がいるが、どうにも体が弱く体調が優れない。スタリングは本人に言われていないが、気づいていたためかなり気遣っていた。今回もその範疇だ。
「システム起動準備良し……伝導レール良し……」
指差し確認をし、その確かさを見る。すると、奥からMETSISが目を閉じたり開けたりしながら起きて来た。作業の音がうるさく、起こしてしまったようだ。
「博士…?」
「すまない。起こしてしまったようだね」
「いえ……なにか外が騒がしくて起きてしまっただけです」
「外…?」
突然METSISから出た言葉にスタリングは戸惑った。そして耳を澄ませ、その異常さに気づく。
「君は奥に隠れるんだ!早く!」
「…?すみません、意味が——「とにかく早く!!」……はい」
スタリングはMETSISを開発室の奥に隠れさせた。
スタリングが聴いた音の正体は、複数の人の足音だった。そしてそれはただの足音ではなく"武装した"人のものだったのだ。
しばらくすると、家のインターホンが鳴った。しかし向こうは返事を待つことなく家に入って来たようだ。玄関扉を無理やり破ってまで。
足音が近づく。スタリングも馬鹿ではない。きっとMETSIS開発がバレたのだ。しかし本来ならバレようがない。なら、この情報の出所は——
ツカ
ツカ
ツカ
タン
「博士……」
「やはり君だったか、キーファ君」
密告した張本人が武装集団を背に連れて現れた。武装した集団は、政府の者たちだろう。
スタリングは汗をかきながらも次の一手を考えていた。
「博士……あなたは進み過ぎたんです。そして禁忌に触れてしまった。だからこうして正義を遂行したのです」
「……そう言うわりには、君の表情がそう言っていないように見えるがね」
「…!、あなたには関係ないでしょう!まあそんなあなたも、そしてMETSISも。これで終わりです」
「それはどうかな」
「これ以上どうしようと言うのです、博士。もう逃れられない。僕の後ろにはこれだけ武装した者たちが居るというのに」
途中からわかっていたのだ。きっと彼は裏切るだろうと。いや、裏切らなければならないのだろうと。
スタリングはキーファを見て、惜別の言葉を送った。その時、彼の脳裏にキーファとの日々が写る。
「捕まるわけにはいかないのだよ。……さらばだ。息子のような君と、もっといれたら良かった。」
キーファは驚きながら、酷く表情を歪ませた。スタリングはそれを確認し、"あるボタン"を取り出した。
「博士、動くな!」
カチャ
銃を向けスタリングを牽制するも、スタリングは臆することなく、躊躇うことなくボタンを押した。
『転送装置、起動。対象者2名を座標"1126.1121.1211.22"へ転送します』
「なっ!?待て!!」
キーファはスタリングに対して手を伸ばしたが、掴みかけた瞬間消えてしまった。
後に"スタリング事件"と呼ばれるこの出来事は、スタリング・メルトウェルとMETSISの行方不明で迷宮入りとなる。
しかし、スタリングとMETSISの"二人の物語"は始まることはない。二人は同じ転移先に立てなかったのだ。
METSISの彼女だけ、消えてしまったのだ。
◎◎◎
ヒュオオォォォ
廃墟の建物に巻き付いた植物の葉が、少し冷たい風で揺れたのを"視認"した。
「……ここ、は?」
「ワンワン!!」
「どうしたホープ?そっちに何かあるのか——ってえぇ!?女の人?と、とりあえず声掛けなきゃ!!……あの!大丈夫、ですか?」
一人の男の子と犬がこちらに近づく。いつの間にかすぐ近くに来ていた。
「あなた、名前は?」
「名前……」
瞬間、私の知らない記憶が脳内を巡る。……これは、博士?
「ル、ミナ…」
「え?」
「"ルミナ・メルトウェル"……」
これは、人工生命体アンドロイド"METSIS"の少女ルミナ・メルトウェルが、転移先で人間を、感情を知る物語。
既に日は落ち、気づけば空には星と月が微笑んでいた。まるでこちらに笑いかけるように。
そんな空を見ながら一人ふける。
ふと、スタリングはMETSISの最終調整をしたい欲求に駆られたがそれは明日キーファが来てからということにしていたので、その準備だけ終わらせることにした。
二階の自室から階段を降りて一階、そして地下へと降りる。
地下室の電気をつけ、暗証番号ロックの付いている扉を開けると、スタリングは地下研究室のシステムを起動した。
全財産を全て費やしたこの研究室とも別れるとなると、スタリングには込み上げてくるものがあった。だがそれ以上にMETSISを開発し、また娘のような子が出来たということに感動していた。
「さて……やるか」
そう言うとスタリングは、自身の感傷を捨てて動き出した。
人工脳には感性が備わっているが、まだ完成ではない。ここに様々なパターンの感情構築パルスと複合思想を入力することで人間の純粋で美しい"気持ち"が完成する。
しかしそれには膨大なパターンが必要であるため、多大な時間と人手がいるのだ。キーファを休ませたのはそのためだ。
その下準備もキーファとするつもりだったが、あまり彼に負担を掛けるのも良くないだろう、というスタリングの配慮があったため、スタリング一人で下準備をしている。
キーファに配慮しているのは理由がある。彼には妹がいるが、どうにも体が弱く体調が優れない。スタリングは本人に言われていないが、気づいていたためかなり気遣っていた。今回もその範疇だ。
「システム起動準備良し……伝導レール良し……」
指差し確認をし、その確かさを見る。すると、奥からMETSISが目を閉じたり開けたりしながら起きて来た。作業の音がうるさく、起こしてしまったようだ。
「博士…?」
「すまない。起こしてしまったようだね」
「いえ……なにか外が騒がしくて起きてしまっただけです」
「外…?」
突然METSISから出た言葉にスタリングは戸惑った。そして耳を澄ませ、その異常さに気づく。
「君は奥に隠れるんだ!早く!」
「…?すみません、意味が——「とにかく早く!!」……はい」
スタリングはMETSISを開発室の奥に隠れさせた。
スタリングが聴いた音の正体は、複数の人の足音だった。そしてそれはただの足音ではなく"武装した"人のものだったのだ。
しばらくすると、家のインターホンが鳴った。しかし向こうは返事を待つことなく家に入って来たようだ。玄関扉を無理やり破ってまで。
足音が近づく。スタリングも馬鹿ではない。きっとMETSIS開発がバレたのだ。しかし本来ならバレようがない。なら、この情報の出所は——
ツカ
ツカ
ツカ
タン
「博士……」
「やはり君だったか、キーファ君」
密告した張本人が武装集団を背に連れて現れた。武装した集団は、政府の者たちだろう。
スタリングは汗をかきながらも次の一手を考えていた。
「博士……あなたは進み過ぎたんです。そして禁忌に触れてしまった。だからこうして正義を遂行したのです」
「……そう言うわりには、君の表情がそう言っていないように見えるがね」
「…!、あなたには関係ないでしょう!まあそんなあなたも、そしてMETSISも。これで終わりです」
「それはどうかな」
「これ以上どうしようと言うのです、博士。もう逃れられない。僕の後ろにはこれだけ武装した者たちが居るというのに」
途中からわかっていたのだ。きっと彼は裏切るだろうと。いや、裏切らなければならないのだろうと。
スタリングはキーファを見て、惜別の言葉を送った。その時、彼の脳裏にキーファとの日々が写る。
「捕まるわけにはいかないのだよ。……さらばだ。息子のような君と、もっといれたら良かった。」
キーファは驚きながら、酷く表情を歪ませた。スタリングはそれを確認し、"あるボタン"を取り出した。
「博士、動くな!」
カチャ
銃を向けスタリングを牽制するも、スタリングは臆することなく、躊躇うことなくボタンを押した。
『転送装置、起動。対象者2名を座標"1126.1121.1211.22"へ転送します』
「なっ!?待て!!」
キーファはスタリングに対して手を伸ばしたが、掴みかけた瞬間消えてしまった。
後に"スタリング事件"と呼ばれるこの出来事は、スタリング・メルトウェルとMETSISの行方不明で迷宮入りとなる。
しかし、スタリングとMETSISの"二人の物語"は始まることはない。二人は同じ転移先に立てなかったのだ。
METSISの彼女だけ、消えてしまったのだ。
◎◎◎
ヒュオオォォォ
廃墟の建物に巻き付いた植物の葉が、少し冷たい風で揺れたのを"視認"した。
「……ここ、は?」
「ワンワン!!」
「どうしたホープ?そっちに何かあるのか——ってえぇ!?女の人?と、とりあえず声掛けなきゃ!!……あの!大丈夫、ですか?」
一人の男の子と犬がこちらに近づく。いつの間にかすぐ近くに来ていた。
「あなた、名前は?」
「名前……」
瞬間、私の知らない記憶が脳内を巡る。……これは、博士?
「ル、ミナ…」
「え?」
「"ルミナ・メルトウェル"……」
これは、人工生命体アンドロイド"METSIS"の少女ルミナ・メルトウェルが、転移先で人間を、感情を知る物語。
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