浴槽海のウミカ

ベアりんぐ

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二章

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「それにしても今日はよく喋るなぁ、青人」

「そう?いつもこんな感じじゃない?」



 母が夕飯を作ってくれている間、リビングでビーズクッションに座りながら父と会話をしている時そう言われたが……会話を振り返ってみると、確かにいつもの三倍は話している気がする。

夕飯の手伝いを申し出たが――久々の帰省なんだからゆっくりしてて良い、と母から言われてしまい(おそらく、料理が下手だということがバレているため)、とりあえず父の隣に座って数年ぶりの団欒を楽しもうとした結果が、これなのだと考えられる。

少なくとも、元自室にこもってゲームをしたり、描きかけの絵を描いたりする気にはなれなかった。それだけ、自分の中に家族との関係を求めているのだろう。一週間前には気づけなかっただけなのだが。

きっとウミカとの関係が無ければ、こんなことにも気づくことなく以前の『今』を過ごしていた。今でもウミカやあの『深層心理の投影』空間に対する僅かな違和感や、どうして過去改変という現象に巻き込まれることになったのか、真相こそ定かではないが――

少なくとも、俺はこの『今』が好きだ。

虹輝との関係、海夏との関係そして、両親との関係。半ばその過ちを『過去』として決別しながらも、心海の奥底に沈む、その『過去』を錨のように自身の身体に付け、海底を這いずり回るよりも。こうして謎現象に巻き込まれて地上で陽の光を浴びるほうが好きだ。

そしてウミカも……生意気で変なところで頑固な――しかし寄り添い、俺の頼みをなんだかんだ聞いてくれるのが、好きだ。だから、もしこれから、過去改変の必要が無くたって、きっとウミカに、あの空間に会いに行くだろう。……着衣のままってのが少しネックだけども。



「そうだ、青人。風呂の準備しちゃってくれ。俺もう眠くて……」

「はいよ……てか、まだ七時半過ぎだぞ?いよいよ老化が加速してきたか……」

「最近はオナラの音質も悪くって……」

「それは関係ねえよ、風呂やってくるわ」



 そう言ってビーズクッションから立ち上がり、リビング奥にあるを開け、浴室へと向かう。……ん?なーんか既視感あるなぁ……。











         ***











「「「いただきます」」」



 揃って手を合わせ、二日ぶりで数年ぶりの、三人の夕食が開始された。

照明器具が暖色系であるからか、オムライスの出来があまりにも、流石と言える出来栄えであったからか。この団欒が、前のように簡単には無くなることがないと分かっていても、夕飯を囲んで会話をするこの時間が終わってほしくないと素直に思う。

 ゆっくりとスプーンをオムライスに入れ、またゆっくりとスプーンを口へと運ぶ。……っ!



「うんまぁ……」

「おーそりゃ良かった!ま、青人には作れないだろうけどね~」



 スプーンを入れては運び、入れては運びを素早く繰り返す。この時間が終わって欲しくないと感じつつも、手と口が止まらないっ……!

 気づけば、二人よりも量があったはずなのに、誰よりも早く皿の上が更地になってしまった。聞けばおかわりはないらしく、空いた皿とスプーンを片付けて先に風呂をいただこうとすると、父からストップが掛かった。……どうやら、実家に帰る前に言っていた『話』のようだ。

正直なところ、オムライスによる満腹中枢の働き、血糖値の上昇という睡魔を呼び寄せる魔法陣のような動きをする機能によって、例に漏れず眠気が襲ってきていたのでとっとと風呂に入って、明日のためにも早く眠りに就きたかったが。どうにも今、話すらしい。――出来れば明日が良かったんだけれど。



「よし。話を聞く準備、出来たか?」

「とっくに出来てるよ。……それで、『大事な話』ってなに?」



 メッセージアプリ内のトークルームでは、『大事な話』とだけ言っていたが、以前にも同じように言っておいて『和室が雨漏りした』や、『血圧が検査に引っかかった』などという、割とどうでも良いことだったので、きっと今回もそんなとこだろう。それにしては神妙な面持ちの二人である。……きっと俺自身がどこかテンションが高いからだろう。眠いと吐かしつつこのザマである。

三人で先ほどと同じようにテーブルを囲む。夕食時には点いていたテレビもいつの間にか消えており、静寂と小さな呼吸音が空気を徐々に変えていく。



「まず、何から話そうか。……いや、最初はやはり――」



 そう父が言うと、母も何かを察したようで、二人揃って椅子から立ち上がる。



「……すまなかった」

「……え」



 何故二人が揃って頭を下げて謝罪をするのか、まるで分からない。

謝罪を終えた二人はゆっくりと、椅子へと腰掛ける。

 前回の過去改変の時ほどではないが、異様なあぶら汗と少しの動悸が俺を襲う。何よりも怖いのが、ように感じている自分である。正体は、分からない。



「実は……青人に秘密にしていた――いや、青人があのようにしていたんだ」

「……過去?」



 その言葉に、この一週間ちょっとという、短くも色濃い記憶が走馬灯のようによみがえる。

その中には近頃現れる、も記憶としてよみがえってくる。

 俺の、『過去』?という問いに二人は無言で頷き――続ける。



「そう。ずっと言えなかったんだ。あの出来事から青人……お前はまるで抜け骸だった。それが元の状態に戻った時、お前はあの出来事――いや、事故を完全に忘れていた」

「……でもいつまでも秘密にするにはきっと、青人にとっても良くないことだと思ったから、を過ぎたら伝えようと、お父さんとは話し合ってたんだ」

「……」



 出来事……事故……。言いしれぬ、恐怖が先ほどまで凪いでいた心海に、黒い波が立ち始める。



「あの事故が……俺たちがもっとしっかりとしていれば……が事故に巻き込まれることはなかったはず、なんだ……いまさらかも知れないが……」

「……」



 ――いやだ。嫌だイヤだ、いやだ。知らぬうちにその言葉だけが頭に広がる。

そして朧げだったも、克明に思い出す。――海、波、自由の女神、ウミカ。


 
来る。津波が、くる。



「あの事故が無ければ、が死ぬことは無かったんだ……」



 父のひとことで、幼い頃に蓋をした、心海の底の底に沈めた記憶が、黒く唸って、津波となり大渦となり、やがて――押し寄せる。



「お前の双子の妹、海歌ウミカは……」



 ………………

 …………

 ……

 …

 ……このあと、なにをしたのか。なにを考えていたのか。何も、知りたくなかった。
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