浴槽海のウミカ

ベアりんぐ

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二章

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「どう、落ち着いたー?」

「……大丈夫、怖い夢見ただけだから」



 母の問いかけに咄嗟に反応し、そう答える。

 時刻は朝、六時半過ぎ。ダイニングテーブルへと三人が腰掛け、白米の入った茶碗と味噌汁、そして昨日の残りであるらしい少し萎びた唐揚げを目の前にゆっくりと話している。

リビング扉で二人を抱きしめたは良いものの……感情に任せてこの『過去』に来てしまったため、どう二人の記念旅行を阻止すれば良いか、全くの考えなしである。



「なんだ、お父さんとお母さんが青人を残していっちゃうのがそんなに寂しかったかー?それならそうと早く言えよ~」

「もう子供じゃないんだから、そんなんで寂しがってたら、この先大学で一人暮らしなんて出来ないでしょ~、しっかりしてよね」



 二人して俺を揶揄う姿。父が冗談たっぷりに言うのも、母がそれに乗りつつ先を見た話をするのも。何一つ変わり映えのない、いつもの家族での会話だ。

普段であれば冗談混じりに返しをするような俺だったが、この時ばかりは、何も言い返すことが出来なかった。ただゆっくりと箸を持ち、この会話を、関係を、先に無くすことのないように黙考しながら、茶碗を持って白米を口に運ぶ。

その、尋常ではない俺の反応に何かを察したのか、二人して語気をゆるやかにして言った。



「……ま、母さんは何かあったら俺が守るから、お前は自分の心配だけしてろよ~」

「まさか。この先何かあるみたいな、縁起でもないこと言わないでよね」

「っ!」



 ゴトリ。



 その発言に、気づけば俺は茶碗をテーブルの上に落として、箸を持ったまま立ち上がっていた。鼓動音が鼓膜から脳を刺激する。この世界の音が少しだけ、遠く聞こえる。



「ちょ、どうした急に立って?……ほら、茶碗ひっくり返ってるぞ」

「朝っぱらから問題行動取らないでよっ!もうっ、ご飯散らばってるじゃん!ほら拾って!」

「あ……ごめん」



 懐かしんでいる場合ではない。こうして怒られ、心配されることに一抹の安心を感じている場合ではない。一刻も早く、本来行くべきである高校よりも優先して、この二人の死を止めなければ。

 茶碗は幸い割れていなかったので、落ちたご飯と米粒を迅速に拾い、改めていつもの朝食を再開した二人に向かって、この先一度とあるかないかという誠心誠意の頼みをした。



「折り入って、頼みがある」

「……やっぱ今日の青人、ちょっと変だぞ?」

「熱でもあるんじゃない?学校休む?」

「今はそんなことどうだっていいッ!」



 衝動的に両手でテーブルを叩く。その行動に二人の目線が、庇護的であったものから明らかな嫌悪感を孕んだものへと変わる。――でも今は、気にしない。



「……今日行く予定の旅行、キャンセルして欲しい。ずらしても良いから、今日だけは、行かないでほしい」

「ちょっと青人っ!?あんた本気で言ってんの、ねぇ!?」

「……今日は学校休め、青人。どうにも普通じゃなさそうだ」

「頼む聞いてくれっ!あんた達は今日、高速道路で事故にあう、そして死ぬ!嘘じゃないんだ、本当に起こるんだよっ!」



 俺の冗談とも取れる話にお灸を据えようと母が叱りつけようとするのを、父が止めて、諭すように父が話し始める。



「……青人。お前になんの根拠があってそう言っているのか分からんが……それは出来ない相談だ。第一確証がない。諦めてくれ」

「なっ――」

「それじゃ、ご馳走様」



 そう言うと空いた食器を持って、キッチンの流し台へと父が歩いてゆく。それに続くように、こちらを奇異の目で見ながら母も食器を持って立ち上がった。――まずい、このままじゃ、どうしようもないっ!

 それからしばらく交渉という名の一方的な懇願を続けたが、テーブルでご飯を囲んでいた時とは打って変わって話にされず、学校を休めということと、あまり邪魔をするな、ということの二点をそれとなく言われるだけであった。



 時刻は七時過ぎ。二人がこの家を出るまで、残り三時間――。











         ***











「どうしよう……」

 時刻はあれから一時間が過ぎ、時計の短針が『8』の数字をさした頃。結局学校を休むことになり、自室の勉強机へと突っ伏していた。その間、なんとか穏便に――いや、どうにか旅行を延期、または中止にして、先に待つ結末を回避する方法を考えていた。しかし咄嗟にアイデアが出てくるはずもなく、こうして時間だけが、長針と短針が刃となって両親の魂を突き刺そうとする瞬間を今かいまかと静かに、確かに狙っている。



(どうやって止める気ですか!?)



 ウミカの声だ。その問いに答えるのには、ある種の時間がかかった。



(……分からん)

(えっ、策も無しに行っちゃったんですか!?前二回にはあったのに!?)

(そうなんだよ……いっそ、笑ってくれ)



 答えは、分からないである。本当にウミカが笑い飛ばしてくれればそちらの方がいっそ気が幾分か楽ではあるが、そうはしないことを俺は知っている。実際にウミカからの返答は沈黙であった。

 まずい……まずいまずいまずい。

そう考えるだけで効果的な策は思いつかない。背中や額からはあぶら汗が吹き出し、肝心な時に脳みそは、ここに来る前にやっていたゲームの内容をリフレインしたり、久々の朝食は美味しかったなぁなどという、今にしてはどうでも良い感想を抱いたりしているばかりで、なんの役にも立っていない。



(……なあ、ウミカは何か思いつくか?あの二人を止める、効果的な方法……)

(……)



 いつもなら軽口を叩くウミカなのだが、やけに長い沈黙の末、呟くように言った。



(……あるには、あります)

(ホントか!?なぁ、教えてくれ!一体どうやって――)

(落ち着いてくださーいっ!まったく……良いですか、よく、聞いてください)



 そうして脳内を通した小さな作戦会議を開き、ウミカから俺は、確かに効果的であり、二人を今日、事故に遭わせない方法を聞いた。
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