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一章
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けたたましくなる目覚まし時計のハンマー部分を雑に止め、スイッチを切る。時刻は二十時ちょうど。あの後ビチャビチャになったパジャマを脱いで洗濯機にぶち込み、身体をタオルで拭いて昼飯を食べた。
その後急激な眠気に襲われて昼寝を始めたは良いものの、思ったより深い眠りにつけた。――目覚ましかけててよかった……。
外はすでに街灯だけが辺りを明るく照らす世界へと変貌を遂げていた。あれだけ寝ていたのだ、無理もない。時間はいつもそばに居るが、いつだって人類の敵なのだから。そろそろ時間を味方につけたい限りである。
今回は椅子に座ることなく、すぐさまバスルームへと向かい、栓を閉めて赤いマークのついた蛇口を勢いよく捻る。細く流れの早い滝のように出るお湯に向かって腕組みをし、バスルームを後にする。
眠った後はやはり喉が渇く。コップに注いだ水を一杯、二杯と飲み干し、大きなため息をついた後。浴槽が温水によって支配される時間を潰すべく、俺はあまり見ないSNSを確認する。
「お、上げてるな」
アプリを開いた瞬間、虹輝が絵を上げているアカウントが新しい絵を上げているのが目に入る。そこには先日見せてもらった『お前と世間のオタクが好きそうなロリ巨乳JKが溢れんばかりの笑顔で画面に映っている』イラストだ。……やっぱりコイツ、絵上手いよなぁ……。
実際、SNSの住民たちから多くの『いいね!』を貰っているこのイラスト。彼らの好みを抑えているのもそうだが、イラストに映る女の子の笑顔が眩しく、どこかこちらまで元気を貰えるような……それだけの『力』を感じる。
俺も例に漏れず、一度しか送れない『いいね!』を押して、アプリを閉じた。――そろそろかな。
バスルームに移動し、赤いマークのついた蛇口を捻って、お湯を止める。折り戸を閉めて、そのまま足を浸ける。何度やっても慣れない、着衣に染み込むお湯の感覚。
そうして両足を浸け、勢いよく浴槽の中へと沈んでいった。
***
「ん……」
「お、今日はお早いお目覚めで」
ソファから身体を起こし、その横で何やらキャンバスに向かって、うう~ん、と唸っているウミカの姿が映る。……どうやら絵を描いているらしい。
絵の中には、浴槽に衣服を纏って飛び込んでゆく一人の男が描かれている。水飛沫や男の危機迫る表情が、躍動感溢れる、確かな質量感をもってこちらの目と脳を刺激する。その絵にどこか見覚えがあり、ウミカに尋ねる。
「これって……」
「はい!こちらの世界にやってくる青人の絵ですよ!どうです?結構上手いでしょ~!」
「……驚いた」
下手したら、俺よりも――それだけウミカの絵にはこちらを刺激する確かな上手さがあった。絵のタッチ、輪郭、場面の切り取り方も俺そっくりであることにまた驚きつつも、俺の絵とは別の、幻想とは反対のリアルを克明に描いている。
やはりこいつは俺の『深層心理の投影』なのかも知れない。ウミカを得体の知れない異質な存在だと、一つの推察を現実世界で少し考えていたが、この絵を見せられたらコイツが俺の『深層心理の投影』だと信じざるを得ない。
ウミカはキャンバスに目を向けながらも――今日も絵の関係で来たんですかー?とこちらに問いかける。それに小さく否定の返事をし、本題を話す。
「今日は過去改変をしたくて来た。早速キーホルダーを刺してくれ」
そう言うとウミカはゆっくりとこちらを向き、近づいてくる。それに伴い、俺もソファから立ち上がる。
「それで……今日はどこに飛ぶんです?」
「去年の十一月十八日……早瀬 海夏と部屋にいた場面に飛ばしてくれ」
「はいはい海夏さんですね……えっと……あ、これか。それじゃ、いきますよ~!」
そう言ってポケットからキーホルダーを取り出し、胸に突き立てる。いきなり前と同じように刺すものだとばかり思っていた俺は、ウミカの行動に首を傾げる。
「……どうした?」
「……だんだんとあなたの運命は変わりつつあります。過去を変えればこそのことなので、当たり前ですが」
どこかウミカの表情が今まで見たこともない、酷く悲しげで、しかし嬉しそうな複雑な顔になっている。青の眼が湿り気を纏いつつ細まる。口角を上げて、話を続ける。
「……ま、今回も上手くいくと良いですねっ!」
「……おう。ありがとな」
そう言うウミカの顔には先ほどまでの曇りはなく、ただ無邪気に笑ういつも通りの表情へと戻っていた。そして、俺の胸に突き立てた黄色い魚のキーホルダーを突き刺す。
胸元がキラキラと光だし、以前と同じ状態となる。でも前のような驚きや不安感はなく、ただただ全ては上手く噛み合うと、根拠のない自信が溢れていた。
光に包まれ視界が明転する。
***
……しばらくするとその光の靄が晴れ、そこには見慣れた一室が姿を現す。
焦茶色の簡素な机に黒い椅子。机の上には乱雑に画用紙と色鉛筆が置かれており、もともと置いていたノートパソコンを飲み込んでいる。遮光カーテンの先には夕方の風景を切り取った窓がある。
時刻を見る。――十七時十分。日付は十一月十八日。いまも脳裏によぎる、海夏の来る前の俺の部屋である。海夏が来るのはこの五十分後。それまでに出来ることをしておかねば。
自分の両頬を叩き、気合いを入れる。――今はウミカや『深層心理の投影』に対する疑念は忘れよう。ただ、このチャンスを活かすことを……!そうして俺は二度目の過去改変へと、自身の照準を定めた。
けたたましくなる目覚まし時計のハンマー部分を雑に止め、スイッチを切る。時刻は二十時ちょうど。あの後ビチャビチャになったパジャマを脱いで洗濯機にぶち込み、身体をタオルで拭いて昼飯を食べた。
その後急激な眠気に襲われて昼寝を始めたは良いものの、思ったより深い眠りにつけた。――目覚ましかけててよかった……。
外はすでに街灯だけが辺りを明るく照らす世界へと変貌を遂げていた。あれだけ寝ていたのだ、無理もない。時間はいつもそばに居るが、いつだって人類の敵なのだから。そろそろ時間を味方につけたい限りである。
今回は椅子に座ることなく、すぐさまバスルームへと向かい、栓を閉めて赤いマークのついた蛇口を勢いよく捻る。細く流れの早い滝のように出るお湯に向かって腕組みをし、バスルームを後にする。
眠った後はやはり喉が渇く。コップに注いだ水を一杯、二杯と飲み干し、大きなため息をついた後。浴槽が温水によって支配される時間を潰すべく、俺はあまり見ないSNSを確認する。
「お、上げてるな」
アプリを開いた瞬間、虹輝が絵を上げているアカウントが新しい絵を上げているのが目に入る。そこには先日見せてもらった『お前と世間のオタクが好きそうなロリ巨乳JKが溢れんばかりの笑顔で画面に映っている』イラストだ。……やっぱりコイツ、絵上手いよなぁ……。
実際、SNSの住民たちから多くの『いいね!』を貰っているこのイラスト。彼らの好みを抑えているのもそうだが、イラストに映る女の子の笑顔が眩しく、どこかこちらまで元気を貰えるような……それだけの『力』を感じる。
俺も例に漏れず、一度しか送れない『いいね!』を押して、アプリを閉じた。――そろそろかな。
バスルームに移動し、赤いマークのついた蛇口を捻って、お湯を止める。折り戸を閉めて、そのまま足を浸ける。何度やっても慣れない、着衣に染み込むお湯の感覚。
そうして両足を浸け、勢いよく浴槽の中へと沈んでいった。
***
「ん……」
「お、今日はお早いお目覚めで」
ソファから身体を起こし、その横で何やらキャンバスに向かって、うう~ん、と唸っているウミカの姿が映る。……どうやら絵を描いているらしい。
絵の中には、浴槽に衣服を纏って飛び込んでゆく一人の男が描かれている。水飛沫や男の危機迫る表情が、躍動感溢れる、確かな質量感をもってこちらの目と脳を刺激する。その絵にどこか見覚えがあり、ウミカに尋ねる。
「これって……」
「はい!こちらの世界にやってくる青人の絵ですよ!どうです?結構上手いでしょ~!」
「……驚いた」
下手したら、俺よりも――それだけウミカの絵にはこちらを刺激する確かな上手さがあった。絵のタッチ、輪郭、場面の切り取り方も俺そっくりであることにまた驚きつつも、俺の絵とは別の、幻想とは反対のリアルを克明に描いている。
やはりこいつは俺の『深層心理の投影』なのかも知れない。ウミカを得体の知れない異質な存在だと、一つの推察を現実世界で少し考えていたが、この絵を見せられたらコイツが俺の『深層心理の投影』だと信じざるを得ない。
ウミカはキャンバスに目を向けながらも――今日も絵の関係で来たんですかー?とこちらに問いかける。それに小さく否定の返事をし、本題を話す。
「今日は過去改変をしたくて来た。早速キーホルダーを刺してくれ」
そう言うとウミカはゆっくりとこちらを向き、近づいてくる。それに伴い、俺もソファから立ち上がる。
「それで……今日はどこに飛ぶんです?」
「去年の十一月十八日……早瀬 海夏と部屋にいた場面に飛ばしてくれ」
「はいはい海夏さんですね……えっと……あ、これか。それじゃ、いきますよ~!」
そう言ってポケットからキーホルダーを取り出し、胸に突き立てる。いきなり前と同じように刺すものだとばかり思っていた俺は、ウミカの行動に首を傾げる。
「……どうした?」
「……だんだんとあなたの運命は変わりつつあります。過去を変えればこそのことなので、当たり前ですが」
どこかウミカの表情が今まで見たこともない、酷く悲しげで、しかし嬉しそうな複雑な顔になっている。青の眼が湿り気を纏いつつ細まる。口角を上げて、話を続ける。
「……ま、今回も上手くいくと良いですねっ!」
「……おう。ありがとな」
そう言うウミカの顔には先ほどまでの曇りはなく、ただ無邪気に笑ういつも通りの表情へと戻っていた。そして、俺の胸に突き立てた黄色い魚のキーホルダーを突き刺す。
胸元がキラキラと光だし、以前と同じ状態となる。でも前のような驚きや不安感はなく、ただただ全ては上手く噛み合うと、根拠のない自信が溢れていた。
光に包まれ視界が明転する。
***
……しばらくするとその光の靄が晴れ、そこには見慣れた一室が姿を現す。
焦茶色の簡素な机に黒い椅子。机の上には乱雑に画用紙と色鉛筆が置かれており、もともと置いていたノートパソコンを飲み込んでいる。遮光カーテンの先には夕方の風景を切り取った窓がある。
時刻を見る。――十七時十分。日付は十一月十八日。いまも脳裏によぎる、海夏の来る前の俺の部屋である。海夏が来るのはこの五十分後。それまでに出来ることをしておかねば。
自分の両頬を叩き、気合いを入れる。――今はウミカや『深層心理の投影』に対する疑念は忘れよう。ただ、このチャンスを活かすことを……!そうして俺は二度目の過去改変へと、自身の照準を定めた。
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