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視点の近づき
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『大幡です。お降りの際は忘れ物にご注意ください』
運転手が告げる定型文に促され、自身が乗っていた席を確認しつつ、料金を支払ってバス停へと降り立った。遠ざかってゆくバスを眺めながら、すぐそばにある大幡神社を見る。常緑樹の中に混ざる紅葉がクッキリとその赤さが増して見えた。
西陽は先ほどより降りていて、だんだん夜が昇り始めている。途切れとぎれの雲が、まるで絵の具のようにべったりハッキリと空に塗られている。どうしてこうも風景というものは気まぐれなのだろう、そして的確なのだろう。僕の今抱いている想いによく似ている。
「……よし、いくか」
あえて遠回りして来たからだろう、僕を取り巻く時間の流れは遅いが、辺りに流れる時間は正常だ。全てはあの瀬辺地を感じるためなのだが……それにしても、今日の僕には予感があった。ハルに会えるのではないかという予感が。この吉田町に近づいていくほど、その予感は大きくなっていた。今までそんなはずはないのだと誤魔化してきたが、ついに表層まで上がってきてしまった。
しかしそんな淡い期待は、きっと彼女を大きく思い出したからに過ぎないし、この瀬辺地に似た地に来たからだろう。結局、会えずに終わるのだ。……だから、僕は――
とにかく、発散し昇華するために歩き始めた。
行き交う車をチラチラと見ながら、ところどころボロボロになったアスファルトの歩道を歩く。側に等間隔で並んだ花壇には、さまざまな花が植えられていたり雑草だらけであったり。誰か一人が管理しているものではなく、きっと花壇の側に建っている民家に住む人が管理を任されているのだろうと分かる。
大きな田園跡地は徐々に開発されているのか、数百メートル先には公園やスーパー、家電量販店が何軒か並んでいる。歩いていくとやはり開発途中のようで、道路や街灯は先ほどいた神社付近よりも新しく、綺麗である。
しかしすぐ側には、ここでずっとやっているであろう駄菓子屋が見える。民家と併設されているようで、民家の外壁や様相は新しくなっているが、駄菓子屋自体はとても歴史を感じさせる外装だ。……それが何故か僕を惹きつけ、気がつけば僕は駄菓子屋の前で止まっていた。
何故そうしたのかは分からない。ただ、無くなって欲しくないという小さな寂寥感からくるものだった。
駄菓子屋に入り、懐かしさを覚える。小さな菓子(合計で100円ほど)を持ってレジへ行く。メガネをかけた初老の店主が「はい、100円ね」と告げる。僕は出す予定のなかった財布を出し、中から小銭を取り出してレジに置いてある青いカルトンにチャリっと置き、店主が清算している間に一つ、尋ねた。
「すみません。ここから海って、歩いてどのぐらいでしょうか?」
距離はだいたい知っていたし、ここから歩いて近くないことも知っていた。しかし、なんとなく会話をしてみたかったのだ。店主はさも当然のようにしれっと答えた。
「えっとね、だいだい40分ぐらいかなぁ。今から行くのかい?」
「ええ、まぁ」
「最近暗くなるの早いし、気をつけてね、お兄さん」
それだけ告げると店主は微笑み、小さく手を振ってくれた。僕は「ありがとうございます」と言って小さく頭を下げ、店を後にした。
駄菓子屋から真っ直ぐ歩いていくと、国道150号に出た。随分と長い道だったので、一旦コンビニのそばにあるガードレールに腰掛けて休憩することにした。買ったお菓子をボリボリ食べながら、先ほどより傾いた太陽を見る。
目を細めながら、遠くの丘に沈みゆく太陽を見つめる。反対の空では月が顔を出している。どうやら今日は満月らしい。くっきりまんまるの月が青白く昇ってきている。……不思議なものだ、こうして来た日に満月だなんてあり得るだろうか。やはり、なにか運命めいたものを感じてしまう。
やはりこの町に――いいや、そんなことはない、か。第一瀬辺地にいた彼女がここにいるはずもない。万が一僕を追って静岡に来ていたとしてもこの町とは限らないし、他人の僕に分かりはしない。
複数個買ったお菓子はあっという間に無くなり、僕は再度歩き始める。150号に沿って歩いていくが、徐々に街灯が灯り始め、車もヘッドライトを点け始める。帰宅ラッシュなのか、車通りも多くなって来た。
日曜だからだろう、みんな出先から帰って来ているのだ。僕は逆だ。ここに来たのだ。いや、瀬辺地に帰っているのかも知れないし、過去に戻っているのかも知れないが。しかし動いている。何も動けなかった自分はもういない。
歩道をゆっくりと、無理せず歩く。ただ止まらぬよう進んでゆく。これならばきっと陽が落ちる前に海へたどり着くだろう。満月も、拝める。
今日という日はこうして発散と諦めに使われる。でもそれで良いのだ。これからまた社会を生きていく僕にとって必要なことだ。彼女――ハルとは、もう共には歩いていけないから。分かっていても過去の自分が縋るから。それを打ち砕き鎮めることに、今日という日は絶好なのだ。これはきっと、彼女も通った道だから。
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