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繋いでいるもの
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バスが揺らす道の途中。僕は今までの回想を終え、きちんと前を向いた。今いる場所といつかの僕が通ってきた道。歩幅に差はないけれど、未だに描いていた確かな僕になれていないけれど。それできっと、良いのだと思えるから。こうして回想を繰り返したとしても、ずっと彼女が離れなかったとしても。それは繋がっていることだと思うから。
彼女に触れた温かさも、柔らかくコロコロと笑う声も、浮かぶ彼女の髪や顔も、鼻をくすぐる彼女の匂いも、触れ合った唇から感じた僅かな甘みも。全て魂だとか意識だとか精神が、繋がっていることを認識させてくれる。あの時確かに通じ合っていたことを、思い出させてくれる。
それが過去に囚われていることだとしても、今を生きるために僕を突き動かしてくれるものだから、きっとこれからも育んでいくのだ。忘れないためにも。完全な忘却が僕に降りかかって、繋がりを失わないためにも。
こうして乗っているバスの行き着く先も、彼女との思い出やその先にあった僕の大切な一部を忘れないためなのだ。以前訪れたときに感じた類似性が、こうして僕を再度、瀬辺地のような場所へ突き動かしている。
窓から見えるのは、静岡市と違い建物の少ない道。開けた秋空。今にも触れられそうな飛行機雲。そこここに見える哀愁。西陽が照らす世界は紅が満ちている。ときおり見える碧色も、心をくすぐる。様々な想起をさせる。
きっと数年前の僕はこの空の下、新幹線に揺られて彼女の元へと向かっていた。その時溢れていた興奮と希望は、やがて不安と絶望に変わっていく。
僕はそれを想像して、祈った。――どうか、その想いが留まることなくハルと分かち合えますように。そして互いに笑い合えますように、と。
それから彼女を想う。家を抜け出し駅舎で一人、少女がポツリと待っている。少女は、僕を待っている。やがて不安と寂しさに押しつぶされそうになってしまう彼女の姿は、僕をどうしようもなく焦がす。
僕は願う。――どうか、暖かくしてゆっくりと、穏やかな気持ちで待っていて。必ず来るから。君の待ち人はたとえ何時間遅れようとも必ず、君の前に姿を現すから、と。
……どれほど願っても、全ては過去の僕ら。この想いが届くことはない。
それでも。それでも、願いたい。時空を超えても繋がっていたいから。想いが通じて欲しいから。
ガタガタと揺れる車内で一人、真っ直ぐ窓外を見る。広く大きなこの空、遥か続く大地、空のように青く揺れながらそこに在る海。どこでも良い、とにかく彼女と繋がっていてこの想いが通じていますように。僕が今もここで、生きていることが伝わりますように……。
***
私は夕べ、夢を見た。
いつかの約束。それは、決して破られることなく喜びに変わった。
彼との日々はずっとずっと続いていくのだと思っていた。だから駅舎から彼を見送った時、「また会える」なんて不確かで無責任なことを言ってしまったんだ。また今日の夜にも電話をして、彼が「もしもしお時間いいですか?」と、何の迷いもなく問うてくれるのだと思っていた。
そして少し変わった関係に照れながら、私たちはより強固な繋がりとなって、確かに存在する関係になっていくのだ、と。あの夜の月と温もりに満ちたキスは、現実であり証明なのだ、と。
……対向車をチラと見る。運転しているのは、私と同じ歳ぐらいの男性。すぐに過ぎ去ってしまうが、私にとってはその確認が大事なものだった。ゆっくりと止まり、信号が青になるのをジッと待つ。……西陽が眩しい。目を細め、サンバイザーを下ろす。
夢を見たからなのか、はたまた癖が抜けきっていないのか。どちらにせよあの日の喜びや私にとっての全てが帰ってくることはない。過ぎ去ってしまった過去を想うことは……それこそ、元には戻れないような引力があって、恐ろしいことだ。
それでも。それでも、抜けることはない。私にとって彼との電話の日々、そして彼とたった一度だけ寒空の下会ったこと……これらが無くなることは永久にない。秋が迫るたびに思い出すのは、きっと私の身体の一部になってしまっているからだろう。
こうして考え始めてしまえば、もう止まらない。今日という一日の終わりに、黄昏に。彼を想起してしまえばきっと、今日も彼の夢を見る。これまでずっとそうだったように。しかしこれは悲観ではない。夢で会えること、これだけでも救いなのだ。
……彼は今、どうしているだろう?この静岡の地に居るのだろうか?それとも別の?分かりっこない。それが答えだとしても、私は想像を止めない。
きっと変わらず大人びていて。しかしどこか子供っぽさは残っているのだろう。そして少し高い位置から私の頭を撫でる。少し大きな手で、私の手を包む。抱擁を交わした時、微かに震えている。きっとそうだ。ちょっぴり不器用で、確かな想いを持って接してくれる。
信号が青になると同時に車を発進させる。
彼も、私――通清水春奈も、あの時この世界で、最も純粋で煌めきに満ちた想いを確かに抱いていた。結局、その想いは互いに告げることが出来ずに終わってしまったけれど。
こうなってしまったのも、私に原因があるのだ。それにどうしようもなく、ずっと、後悔は止まない。そうなるべきではなかったから……。
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