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はじまりの終わり
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メッセージでのやりとりをした翌日。窓からもれる太陽の光と熱気によって目を覚ました。窓を開けてみれば飛び込んできたのは大きな雲、雲、くも。本来青いはずである空はスッポリ雲に蓋をされて、隙間から溢れる太陽光がスーッとこちらに差している。
蝉の鳴き声は陽光の少なさに嘆いているかのようで、それでも相変わらず動き続ける社会の音に僕は一種の感心を抱いていた。人間からすれば昨今の猛暑から少し涼しくなっているので喜ばしいことだが。
今日は、バイトもなければ誰かと遊ぶこともない1日。夏休み中なので講義もなければ課題もない。何をして過ごそうか……蛇口を捻って出した水をコップに注いで口に運んでいる最中、突然スマホが鳴った。誰かから電話である。スクリーンに表示された名前を見てみれば、理香からであった。
「もしもし、朝にどうしたの」
『智樹くん、今日はなにもないかしら?』
「なにもないけど」
『そう、ならこれから送る場所に来て欲しいの。大至急、すぐに』
理香はそう言うとすぐに電話を切り、メッセージ欄に住所と思われる数字を送ってきた。僕が既読をつけてから数秒後、『よろしくね』とだけ理香は送ってきた。寝起きということもあってそのスピード感に若干ついていけなかったが、徐々に覚醒する意識につれて状況が分かってきた。
「……なんで家?」
否、やはり分からなかった。
***
送られてきた住所を頼りに街を歩く。とりあえず急ぎの用事、とのことなので身支度は最小限に抑えた。出勤ラッシュが終わっているといえど、やはり駅の周辺地域は人が多い。夏休み中と思われる小学生や中学生が自転車で道を走っていたり、これからどこかに出掛けるであろう人々が闊歩していたりと、みな感心するほど元気である。
平坦な道をゆっくりと歩くこと15分。僕はあるマンションの前で止まった。階段を登って302号室の前でまた立ち止まる。正直この状況は理解できないが、特に予定のない身として呼び出されたのであれば、行くしかない。玄関扉の横にある呼び鈴を押して待っていると、中からガチャリと音を立てて扉を開ける理香が顔を出している。
「おはよう智樹くん、よく来てくれたわ」
「……やっぱり自宅じゃないですか」
「そうよ、なにか問題でも?」
常識的に考えれば、問題ありありである。たかだか知り合って2週間ほどの男性を家にあげることは、まずしない。しかし彼女はそれがさも当たり前かのように僕に手招きをして部屋へと入って行ってしまう。
靴を脱いで理香の家に上がれば、先日洗って返してもらった僕の黒い半袖シャツと似た匂いが鼻をくすぐる。玄関すぐ横にある浴室にキッチン。湿り気を帯びた浴室内の壁や棚に置かれた調味料のそこここに彼女の生活を表すものがあって、少し胸がざわつく。
部屋に入ってみれば、シンプルな白を基調としたインテリアが僕を出迎える。置物は少なく、強いていえば執筆に使っているであろうデスクトップPCと写真立てが僕の目を引いた。理香はゆっくりとデスクに備えつけたチェアに座り、僕には「そこに座って」と言ってベットの端を指差した。これを普通と捉えているであろう彼女の思考回路は普通ではない。
「それで……どうしていきなり」
「部屋の殺風景には言及しないのね」
「いや、それより呼び出したことのほうが気になって」
「そう……ごめんなさい、昔うちに来た友人が何も無いねって、言っていたから」
「何も無いことはそこまで悪いものじゃない、むしろ良いことだよ。僕にとっては」
「……ありがとう。それで、今回呼んだのは――」
そう言って理香は、デスクトップPCを立ち上げて画面を出し、僕に見せる。表示されたのは、ある小説のコンテストの内容だった。期限は1年も先のものだったが、彼女はこれをまじまじと見てから、僕にこう言ったのだ。
「これに向けて、私と小説を作って欲しい」
昨日原稿を渡されたときから薄々こうなるのではないかという予感はあった。なぜ僕なのか?という疑問こそあったがひとまず聞くことなく、なぜそうしたいのか聞いた。
「これからこのコンテストに出す小説を書くの。賞を獲れば書籍化されて店頭に並べられるわ。それに……」
「それに?」
「……この賞は私の父も一度獲っているの。だから今年こそ、どうしても物にしたいの」
「そっか……具体的に、何をすれば良い?」
「そうよね。智樹くんにとっては、いきなりわけのわからない――って、引き受けてくれるの?」
理香は目を何度か大きくパチパチとさせてこちらを見る。それがあまりにも彼女らしくなくて、つい口角が上がってしまう。言葉を待つ彼女に、僕は口を開く。
「昨日から誘うつもりだったでしょ?でなきゃ自分の書いた小説を、たかだか数回会っただけに過ぎない僕に見せて感想をもらおうなんてことはしない」
「……確かにそうね」
「それに、僕もあの作品好きだったから……理香の作品がどんなふうになるか、興味あるんだ」
「ふふっ、なんだか期待してもらってるみたい」
「もちろん期待してるよ」
「なら、改めて――」と彼女は一呼吸置き、僕に再度誘いと決意に満ちた温度のある言葉を向ける。
「私と一緒に、良い物語を」
僕らの偶然で確かな関係が生まれた。
蝉の鳴き声は陽光の少なさに嘆いているかのようで、それでも相変わらず動き続ける社会の音に僕は一種の感心を抱いていた。人間からすれば昨今の猛暑から少し涼しくなっているので喜ばしいことだが。
今日は、バイトもなければ誰かと遊ぶこともない1日。夏休み中なので講義もなければ課題もない。何をして過ごそうか……蛇口を捻って出した水をコップに注いで口に運んでいる最中、突然スマホが鳴った。誰かから電話である。スクリーンに表示された名前を見てみれば、理香からであった。
「もしもし、朝にどうしたの」
『智樹くん、今日はなにもないかしら?』
「なにもないけど」
『そう、ならこれから送る場所に来て欲しいの。大至急、すぐに』
理香はそう言うとすぐに電話を切り、メッセージ欄に住所と思われる数字を送ってきた。僕が既読をつけてから数秒後、『よろしくね』とだけ理香は送ってきた。寝起きということもあってそのスピード感に若干ついていけなかったが、徐々に覚醒する意識につれて状況が分かってきた。
「……なんで家?」
否、やはり分からなかった。
***
送られてきた住所を頼りに街を歩く。とりあえず急ぎの用事、とのことなので身支度は最小限に抑えた。出勤ラッシュが終わっているといえど、やはり駅の周辺地域は人が多い。夏休み中と思われる小学生や中学生が自転車で道を走っていたり、これからどこかに出掛けるであろう人々が闊歩していたりと、みな感心するほど元気である。
平坦な道をゆっくりと歩くこと15分。僕はあるマンションの前で止まった。階段を登って302号室の前でまた立ち止まる。正直この状況は理解できないが、特に予定のない身として呼び出されたのであれば、行くしかない。玄関扉の横にある呼び鈴を押して待っていると、中からガチャリと音を立てて扉を開ける理香が顔を出している。
「おはよう智樹くん、よく来てくれたわ」
「……やっぱり自宅じゃないですか」
「そうよ、なにか問題でも?」
常識的に考えれば、問題ありありである。たかだか知り合って2週間ほどの男性を家にあげることは、まずしない。しかし彼女はそれがさも当たり前かのように僕に手招きをして部屋へと入って行ってしまう。
靴を脱いで理香の家に上がれば、先日洗って返してもらった僕の黒い半袖シャツと似た匂いが鼻をくすぐる。玄関すぐ横にある浴室にキッチン。湿り気を帯びた浴室内の壁や棚に置かれた調味料のそこここに彼女の生活を表すものがあって、少し胸がざわつく。
部屋に入ってみれば、シンプルな白を基調としたインテリアが僕を出迎える。置物は少なく、強いていえば執筆に使っているであろうデスクトップPCと写真立てが僕の目を引いた。理香はゆっくりとデスクに備えつけたチェアに座り、僕には「そこに座って」と言ってベットの端を指差した。これを普通と捉えているであろう彼女の思考回路は普通ではない。
「それで……どうしていきなり」
「部屋の殺風景には言及しないのね」
「いや、それより呼び出したことのほうが気になって」
「そう……ごめんなさい、昔うちに来た友人が何も無いねって、言っていたから」
「何も無いことはそこまで悪いものじゃない、むしろ良いことだよ。僕にとっては」
「……ありがとう。それで、今回呼んだのは――」
そう言って理香は、デスクトップPCを立ち上げて画面を出し、僕に見せる。表示されたのは、ある小説のコンテストの内容だった。期限は1年も先のものだったが、彼女はこれをまじまじと見てから、僕にこう言ったのだ。
「これに向けて、私と小説を作って欲しい」
昨日原稿を渡されたときから薄々こうなるのではないかという予感はあった。なぜ僕なのか?という疑問こそあったがひとまず聞くことなく、なぜそうしたいのか聞いた。
「これからこのコンテストに出す小説を書くの。賞を獲れば書籍化されて店頭に並べられるわ。それに……」
「それに?」
「……この賞は私の父も一度獲っているの。だから今年こそ、どうしても物にしたいの」
「そっか……具体的に、何をすれば良い?」
「そうよね。智樹くんにとっては、いきなりわけのわからない――って、引き受けてくれるの?」
理香は目を何度か大きくパチパチとさせてこちらを見る。それがあまりにも彼女らしくなくて、つい口角が上がってしまう。言葉を待つ彼女に、僕は口を開く。
「昨日から誘うつもりだったでしょ?でなきゃ自分の書いた小説を、たかだか数回会っただけに過ぎない僕に見せて感想をもらおうなんてことはしない」
「……確かにそうね」
「それに、僕もあの作品好きだったから……理香の作品がどんなふうになるか、興味あるんだ」
「ふふっ、なんだか期待してもらってるみたい」
「もちろん期待してるよ」
「なら、改めて――」と彼女は一呼吸置き、僕に再度誘いと決意に満ちた温度のある言葉を向ける。
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