上 下
25 / 47

メッセージの日

しおりを挟む
 公園から帰宅し、自室のベットに座り込む。窓から差す陽射しは少なく、わずかな光を部屋にもたらしている。宙を舞うほこりは照らされてキラキラと輝く。やけに空気が停滞していて、視線は自然と下を向く。廊下のそこかしこに落ちているゴミや埃が目に止まる。そろそろ掃除機、かけなきゃな。

いったん家事の思考を脳の隅に追いやり、僕は理香から渡された原稿用紙の束とメモに目をやる。原稿用紙の1番最初には物語のタイトルとあらすじ、そのあとは物語が描かれていた。メモ用紙には彼女のメッセージアプリのID。今どきスマホを振ったりQRコードを撮ったりすれば簡単に交換出来るというのに、わざわざ手書きのメモを渡したのだ、彼女は。

 ベットのすぐそばにあるテーブルへ身体を向け、メモを一旦置いてから原稿用紙に目を通す。さすがに手書きではなかったので、なぜだか一安心してしまった。機械的な文字列が徐々に物語の世界へと僕を引きずり込んでいく。主人公の視線、ヒロインの慟哭、親友ポジションの勇気に活躍。そのまま手を止めることなく、原稿用紙をめくっていく。

…………

………

……



 すっかり陽が落ち原稿用紙の文字も見えなくなるか、というところで読み終わり、達成感と疲労感の混じったため息をつく。遮光カーテンを閉めて部屋の電気をつけると、先ほどまで夜が忍び寄っていた空間とは思えないほど明るくなり、思わず目を細める。だんだん光に慣れてきたところで理香のIDを自身のメッセージアプリで入力し、メッセージ欄を開いて読み終えたことを伝える。

『読み終えた』

 こうしてやり取りをしていると、いかに人と人を繋げるのが容易になったか思い知らされる。過去の僕はそれを拒んでいたくせに、今はこうして日常的に使っているのだから、皮肉なものだ。しばらく待っていると理香からメッセージが返ってくる。

『あら、思ったより早かったわね』

『まず面白かったかつまらなかったか、聞かせて』

 そう続けて理香がメッセージを僕によこす。僕は一度スマホを置いて原稿用紙を手に取りパラパラとめくった。もう一度タイトルとあらすじに目を通し、原稿用紙の束を膝の上に置いてパンっと両手で叩いた。スマホを取ってメッセージを返す。

『まず、面白かった。出来てるよ物語』

『そう、なら何か気づいたことはある?なんでもいいから』

 返ってきたメッセージは淡々としていたものの、既読がついてからしばらく時間が空いた。僕は理香の作品に対して思ったことをメッセージに乗せていく。

『あの本みたいに想いとかをテーマにしてるのは悪くないけど、ちょっと似すぎかも。ただ構成はしっかり出来てて読みやすいから、よく出来てると思う。それから――』
 
…………

………

……

 それから数件のメッセージで作品の批評を送り、返事を待つ。あまり気にせずズバズバ言ってみたが……少し言い過ぎただろうか?そう思っていると、既読がつく。テーブルの上にあるデジタル時計がカチッカチッと時間を刻む。……秒針が5周ぐらいしただろうか、ようやっとメッセージが返ってきた。

『的確な批評、ありがとう』

『それにしてもかなり言うわね、智樹くん』

『こうしてメッセージを打っているけれど、私のライフはもうゼロよ。煮るなり焼くなり好きにして』

『なんもしないよ。というより、やっぱり言い過ぎた?』

『今日はもう一文字も書けないぐらいボロボロにされたわ』

『なんか、ごめん』

 一度メッセージアプリを閉じてスマホを机の上に置く。腕を組みながら、ぼんやりと部屋を明るく照らすライトを見て、彼女の創り出した物語をあらためて考える。

序盤の掴みは良かったように思う。突然降りかかった災難に主人公が成す術なくやられて、そこから這い上がっていく様子には心踊らされるし、それぞれのキャラクターがきちんと立っていて、本を読み慣れていない人でもスラリと読めるようになっていた。問題は主人公とヒロインのキャラクター性にある。

理香の父親が書いたあの本……そう、あの本に登場する主人公とヒロインにそっくりだ。性格から容姿の想像までも。少し似ている、というだけであれば、そこまで気になるものではないが、そういうレベルではなかった。オマージュではなくパクリに近い。

それに序盤こそ良かったものの、中盤から終わりにかけて曖昧な表現が多くなっていった。書くことにもやはりスタミナがあるのだろう、抽象的なものならば許容できるがそれを超えた、言わば想像力に任せきった表現。読者にそれだけ寄りかかってしまってはきっと読まれない。他にも細かな点が気になったので、理香にはメッセージで伝えた。

 もう一度スマホを取ってメッセージアプリを開く。すると理香からいくつかメッセージが来ていた。

『でも、おかげでとても参考になったわ』

『夢のためだもの。これだけ言ってもらった方がためになるわ』

『それと、読んでもらった作品は修正するからもう一度、読んでもらってもいいかしら?』

『あと新作も完成するの。それもいいかしら?』

 ……彼女のモチベーションはかなりあるようだ。その熱意がメッセージからでもひしひしと伝わる。それにしても、なぜ僕なのだろうか?まあ、彼女は友達いなさそうだけど。そんなことを考えながら、了承のメッセージを彼女に送って、その日のやりとりは終わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル
青春
これは、執筆に行き詰まったコミュ症高校生が、妖狐との異文化交流を通して自分の殻を破り、人間的にも作家的にもちょっぴり大人になる物語。 ―― 脳を創作で支配された高校生『ツキ』。 小説執筆で頭をおかしくしたツキは、神社へ参拝。 「面白い小説を書けますように」 「その願い、叶えよう」 願いを聞き届けたのは、千年妖狐の『黒狐さま』。黒髪ロングの美女である黒狐さまに対し、ツキは言った。 「いやです。だって、願い事叶う系の短編小説のオチって、大抵ろくな事ないじゃないですか」 「では、投稿サイトと、アカウント名を教えておくれ。ただの助言であれば、文句はあるまい」 翌朝、ツキのクラスに、黒狐さまが転入してきた。 こうして始まった、創作狂ツキと黒狐さまの奇妙な妖狐ミュニケーション。種族も年齢も価値観も違う交流。すれ違わないはずもなく……。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

処理中です...