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メッセージの日
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公園から帰宅し、自室のベットに座り込む。窓から差す陽射しは少なく、わずかな光を部屋にもたらしている。宙を舞うほこりは照らされてキラキラと輝く。やけに空気が停滞していて、視線は自然と下を向く。廊下のそこかしこに落ちているゴミや埃が目に止まる。そろそろ掃除機、かけなきゃな。
いったん家事の思考を脳の隅に追いやり、僕は理香から渡された原稿用紙の束とメモに目をやる。原稿用紙の1番最初には物語のタイトルとあらすじ、そのあとは物語が描かれていた。メモ用紙には彼女のメッセージアプリのID。今どきスマホを振ったりQRコードを撮ったりすれば簡単に交換出来るというのに、わざわざ手書きのメモを渡したのだ、彼女は。
ベットのすぐそばにあるテーブルへ身体を向け、メモを一旦置いてから原稿用紙に目を通す。さすがに手書きではなかったので、なぜだか一安心してしまった。機械的な文字列が徐々に物語の世界へと僕を引きずり込んでいく。主人公の視線、ヒロインの慟哭、親友ポジションの勇気に活躍。そのまま手を止めることなく、原稿用紙をめくっていく。
…………
………
……
すっかり陽が落ち原稿用紙の文字も見えなくなるか、というところで読み終わり、達成感と疲労感の混じったため息をつく。遮光カーテンを閉めて部屋の電気をつけると、先ほどまで夜が忍び寄っていた空間とは思えないほど明るくなり、思わず目を細める。だんだん光に慣れてきたところで理香のIDを自身のメッセージアプリで入力し、メッセージ欄を開いて読み終えたことを伝える。
『読み終えた』
こうしてやり取りをしていると、いかに人と人を繋げるのが容易になったか思い知らされる。過去の僕はそれを拒んでいたくせに、今はこうして日常的に使っているのだから、皮肉なものだ。しばらく待っていると理香からメッセージが返ってくる。
『あら、思ったより早かったわね』
『まず面白かったかつまらなかったか、聞かせて』
そう続けて理香がメッセージを僕によこす。僕は一度スマホを置いて原稿用紙を手に取りパラパラとめくった。もう一度タイトルとあらすじに目を通し、原稿用紙の束を膝の上に置いてパンっと両手で叩いた。スマホを取ってメッセージを返す。
『まず、面白かった。出来てるよ物語』
『そう、なら何か気づいたことはある?なんでもいいから』
返ってきたメッセージは淡々としていたものの、既読がついてからしばらく時間が空いた。僕は理香の作品に対して思ったことをメッセージに乗せていく。
『あの本みたいに想いとかをテーマにしてるのは悪くないけど、ちょっと似すぎかも。ただ構成はしっかり出来てて読みやすいから、よく出来てると思う。それから――』
…………
………
……
それから数件のメッセージで作品の批評を送り、返事を待つ。あまり気にせずズバズバ言ってみたが……少し言い過ぎただろうか?そう思っていると、既読がつく。テーブルの上にあるデジタル時計がカチッカチッと時間を刻む。……秒針が5周ぐらいしただろうか、ようやっとメッセージが返ってきた。
『的確な批評、ありがとう』
『それにしてもかなり言うわね、智樹くん』
『こうしてメッセージを打っているけれど、私のライフはもうゼロよ。煮るなり焼くなり好きにして』
『なんもしないよ。というより、やっぱり言い過ぎた?』
『今日はもう一文字も書けないぐらいボロボロにされたわ』
『なんか、ごめん』
一度メッセージアプリを閉じてスマホを机の上に置く。腕を組みながら、ぼんやりと部屋を明るく照らすライトを見て、彼女の創り出した物語をあらためて考える。
序盤の掴みは良かったように思う。突然降りかかった災難に主人公が成す術なくやられて、そこから這い上がっていく様子には心踊らされるし、それぞれのキャラクターがきちんと立っていて、本を読み慣れていない人でもスラリと読めるようになっていた。問題は主人公とヒロインのキャラクター性にある。
理香の父親が書いたあの本……そう、あの本に登場する主人公とヒロインにそっくりだ。性格から容姿の想像までも。少し似ている、というだけであれば、そこまで気になるものではないが、そういうレベルではなかった。オマージュではなくパクリに近い。
それに序盤こそ良かったものの、中盤から終わりにかけて曖昧な表現が多くなっていった。書くことにもやはりスタミナがあるのだろう、抽象的なものならば許容できるがそれを超えた、言わば想像力に任せきった表現。読者にそれだけ寄りかかってしまってはきっと読まれない。他にも細かな点が気になったので、理香にはメッセージで伝えた。
もう一度スマホを取ってメッセージアプリを開く。すると理香からいくつかメッセージが来ていた。
『でも、おかげでとても参考になったわ』
『夢のためだもの。これだけ言ってもらった方がためになるわ』
『それと、読んでもらった作品は修正するからもう一度、読んでもらってもいいかしら?』
『あと新作も完成するの。それもいいかしら?』
……彼女のモチベーションはかなりあるようだ。その熱意がメッセージからでもひしひしと伝わる。それにしても、なぜ僕なのだろうか?まあ、彼女は友達いなさそうだけど。そんなことを考えながら、了承のメッセージを彼女に送って、その日のやりとりは終わった。
いったん家事の思考を脳の隅に追いやり、僕は理香から渡された原稿用紙の束とメモに目をやる。原稿用紙の1番最初には物語のタイトルとあらすじ、そのあとは物語が描かれていた。メモ用紙には彼女のメッセージアプリのID。今どきスマホを振ったりQRコードを撮ったりすれば簡単に交換出来るというのに、わざわざ手書きのメモを渡したのだ、彼女は。
ベットのすぐそばにあるテーブルへ身体を向け、メモを一旦置いてから原稿用紙に目を通す。さすがに手書きではなかったので、なぜだか一安心してしまった。機械的な文字列が徐々に物語の世界へと僕を引きずり込んでいく。主人公の視線、ヒロインの慟哭、親友ポジションの勇気に活躍。そのまま手を止めることなく、原稿用紙をめくっていく。
…………
………
……
すっかり陽が落ち原稿用紙の文字も見えなくなるか、というところで読み終わり、達成感と疲労感の混じったため息をつく。遮光カーテンを閉めて部屋の電気をつけると、先ほどまで夜が忍び寄っていた空間とは思えないほど明るくなり、思わず目を細める。だんだん光に慣れてきたところで理香のIDを自身のメッセージアプリで入力し、メッセージ欄を開いて読み終えたことを伝える。
『読み終えた』
こうしてやり取りをしていると、いかに人と人を繋げるのが容易になったか思い知らされる。過去の僕はそれを拒んでいたくせに、今はこうして日常的に使っているのだから、皮肉なものだ。しばらく待っていると理香からメッセージが返ってくる。
『あら、思ったより早かったわね』
『まず面白かったかつまらなかったか、聞かせて』
そう続けて理香がメッセージを僕によこす。僕は一度スマホを置いて原稿用紙を手に取りパラパラとめくった。もう一度タイトルとあらすじに目を通し、原稿用紙の束を膝の上に置いてパンっと両手で叩いた。スマホを取ってメッセージを返す。
『まず、面白かった。出来てるよ物語』
『そう、なら何か気づいたことはある?なんでもいいから』
返ってきたメッセージは淡々としていたものの、既読がついてからしばらく時間が空いた。僕は理香の作品に対して思ったことをメッセージに乗せていく。
『あの本みたいに想いとかをテーマにしてるのは悪くないけど、ちょっと似すぎかも。ただ構成はしっかり出来てて読みやすいから、よく出来てると思う。それから――』
…………
………
……
それから数件のメッセージで作品の批評を送り、返事を待つ。あまり気にせずズバズバ言ってみたが……少し言い過ぎただろうか?そう思っていると、既読がつく。テーブルの上にあるデジタル時計がカチッカチッと時間を刻む。……秒針が5周ぐらいしただろうか、ようやっとメッセージが返ってきた。
『的確な批評、ありがとう』
『それにしてもかなり言うわね、智樹くん』
『こうしてメッセージを打っているけれど、私のライフはもうゼロよ。煮るなり焼くなり好きにして』
『なんもしないよ。というより、やっぱり言い過ぎた?』
『今日はもう一文字も書けないぐらいボロボロにされたわ』
『なんか、ごめん』
一度メッセージアプリを閉じてスマホを机の上に置く。腕を組みながら、ぼんやりと部屋を明るく照らすライトを見て、彼女の創り出した物語をあらためて考える。
序盤の掴みは良かったように思う。突然降りかかった災難に主人公が成す術なくやられて、そこから這い上がっていく様子には心踊らされるし、それぞれのキャラクターがきちんと立っていて、本を読み慣れていない人でもスラリと読めるようになっていた。問題は主人公とヒロインのキャラクター性にある。
理香の父親が書いたあの本……そう、あの本に登場する主人公とヒロインにそっくりだ。性格から容姿の想像までも。少し似ている、というだけであれば、そこまで気になるものではないが、そういうレベルではなかった。オマージュではなくパクリに近い。
それに序盤こそ良かったものの、中盤から終わりにかけて曖昧な表現が多くなっていった。書くことにもやはりスタミナがあるのだろう、抽象的なものならば許容できるがそれを超えた、言わば想像力に任せきった表現。読者にそれだけ寄りかかってしまってはきっと読まれない。他にも細かな点が気になったので、理香にはメッセージで伝えた。
もう一度スマホを取ってメッセージアプリを開く。すると理香からいくつかメッセージが来ていた。
『でも、おかげでとても参考になったわ』
『夢のためだもの。これだけ言ってもらった方がためになるわ』
『それと、読んでもらった作品は修正するからもう一度、読んでもらってもいいかしら?』
『あと新作も完成するの。それもいいかしら?』
……彼女のモチベーションはかなりあるようだ。その熱意がメッセージからでもひしひしと伝わる。それにしても、なぜ僕なのだろうか?まあ、彼女は友達いなさそうだけど。そんなことを考えながら、了承のメッセージを彼女に送って、その日のやりとりは終わった。
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