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3度目の目線
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3度目の瀬辺地から1週間が経ったころ。
僕はバイトの面接に来ていた。駅近くにあるパン屋で、1年前から常連としてよく買いに来ていたところだ。春休みの終わりに、以前勤めていた居酒屋をやめ、バイト先に困っていることを少し前から会話をするようになったパン屋の店長に相談すると、「うち来るかい?」と言ってくれたのがキッカケだ。
居酒屋をやめたのは以前付き合っていた彼女がいるからだ。あれから一回も連絡を取っていない。時給が良かっただけに、残念である。しかし、おかげで雰囲気の良い、僕の好きなパン屋でアルバイトとして働くことが出来るのは、不幸中の幸いであった。少しばかり時給は下がるが、たいした問題ではない。
日の光が店内を照らす一方で、バックヤードは蛍光灯のくぐもった光がぼんやりとデスクを照らす。その中で簡単な面接を終えたあと、一通り仕事を教えてもらい、その日はバイトを終えた。最後にパンを買って帰ろうかという時、裏から出てきたであろう従業員と目が合う。そこで俺は、最近見知ったばかりの人物に遭遇した。
「……あら、智樹くんいらっしゃい。今日もパンを買いに来たの?」
「理香?どうしてここに?」
そこで店長が横から「智樹くん、青野さんと知り合いだったの?」と言った。
「ええ、彼は常連ですし。もっとも、私がここで働いているとは知らなかったみたい」
「2人が知り合いなら、話は早い。青野さん、智樹くんここにアルバイトとして雇うことになったから、色々教えてあげてくれ」
「え、あっ。よろしく、お願いします……」
「わかりました」とだけ言って、理香はまた裏へ行ってしまう。僕が唖然としていると、店長が話しかけてきた。
「まさか知り合いだったとはね。いやなに、接点といえばここぐらいしかないだろうから、常連とはいえ知らないと思ってたんだけど……」
「いや、ここで働いているとは知らなかったです。知り合ったのも偶然ですし」
「へぇ……そりゃ確かに偶然だな。まだ智樹くんは大学生だろ?知り合う余地なんてないからなぁ」
「え、そりゃどういう意味です?」
「どうもなにも、彼女はすでに大学を卒業してるからね、2年前に」
……正直、驚いた。詳しく聞けば、彼女は大学を卒業したのち、2年間ずっとここで働いているようだった。浪人などもしていないらしく、普通に考えて彼女は現在24歳だ。どこか大人らしい雰囲気はあったが、まさか大学生でなかったとは……。
店長はそれだけ告げ、またどこかへ行ってしまった。俺は空調の効いた店内に1人取り残され、パンを買おうとしていたことを思い出し、そそくさとパンを取って購入し、店をあとにした。
翌日もバイトを入れていたため、駅近くのパン屋に向かった。向かっている途中、何やら見覚えのある人影が反対側から歩いてくるのが見えたので、少し立ち止まる。ボブカットの金髪をサラサラと揺らし、バッグを肩にかけてこちらに歩いてくる。やがて僕の前で立ち止まり、片手を上げて挨拶をしてきた。
「どうも。まさかパン屋にアルバイトとして来るとはね」
「いや……そんな、偶然ですよ。というより気づいてたんですか?僕があそこの常連だって」
「……店長から何か聞いたようね。敬語はいらないわ、今まで通りで大丈夫よ」
「……」
つくづく、分からない人だと思った。表情はいたって自然に微笑んでいて、悪意や嫌悪は感じない。なにやら不穏ではあるがしかし、そう言ってもらえるのは助かるので、今まで通り接することにした。
「理香さ――……理香は、どうしてあそこで?」
「……」
なにか黙考しているようだ。声には出さないが、その顔には迷いの色がうかがえる。ゆっくりと並んで歩いていると、勤務先のパン屋が見え始めた。……人の往来に紛れて歩いているこの最中、彼女から答えは返って来るだろうか?そう考えて聞き漏らさぬよう耳に意識を集中しながら前を向いて歩いていると、横から小さな声が返ってきた。
「今日のバイト終わり、時間あるかしら?」
それは今まで聞いてきた彼女の声の中で、1番強く、決意に満ちたものだった。その言葉に思わず唾を飲み込み、黙って首を縦に振った。すると彼女は「ありがとう」と言って、こちらに微笑む。先ほどまでの凄みはどこにもなく、いつも通り落ち着いた、ミステリアスな印象の彼女に戻っていた。
いつのまにかバイト先に到着し、挨拶をしながら店内へ入っていく。バックヤードには店長ともう1人の従業員がおり、会釈をして自身のロッカーまで行く。ロッカーの中にはエプロンと帽子。制服も着替えるので、教えてもらう身の僕が店長を待たせるわけにもいかない。僕は服を乱雑に脱ぎ捨てロッカー奥にしまい、急いで着替えた。
バックヤードから表に出ると、すでに店長と理香が僕を待っており、そこからは手取り足取り、前回教えてもらわなかったことを教わった。メモを取ったり実際にやってみたり、休む暇もなく、なかなか忙しかった。
しかしどれをしている最中でも、先ほどの理香の凄みを帯びた言葉が頭から離れなかった。いったい何が待っているのか、何を伝えてくるのか、僕には検討もつかなかった。
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