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しおりを挟むプロポーズの余韻にずっと浸っていたかったが、これから実家に行かなければならない。
約束の時間までまだ少し余裕があったが、店を出た。
ここから実家まではバスの方が便利なので、私たちはバスに乗った。
実家の方に近づいてくると駿さんが懐かしそうに景色を見ていた。この辺りは藤崎小学校の通学区域だったので見覚えがあるのだろう。
「そういえば、美沙絵は何で一人暮らししているんだ? 実家はこの辺だろう? ここから職場まで普通に通えるだろうに」
私は就職を機に実家を出た。もちろん実家からでも通えるし、その方が色々楽なのは確かなのだが、やはり社会人になった以上、自立したかったのだ。私には3つ下の大学生の弟がいるのだが、他県の大学に入学した弟は大学の寮に入っている。娘まで出ていくのを嫌がった両親は、私の一人暮らしに反対したのだが、私はそれを押し切って、今のところに部屋を借りた。それを話すと、
「それは反対されるだろう。いくら実家から近いところとは言っても、大事な娘まで出て行ってしまうんだから」
「でも、定期的に実家に顔を見せに行くことを条件に、最終的には認めてくれました」
「そうか…。心配しながらもちゃんとお前の意思を尊重してくれたんだな。いいご両親だな」
「はい! 私は一人暮らしをしてよかったと思っています。そのおかげで駿さんと再会できたんですから…」
「うん、俺もそれだけは認めるが…」
駿さんの表情が硬くなった。
「ただ、俺とのことで、お前とご両親の関係が悪くならなければいいのだが…それだけが心配だ」
「…たぶん、母は大丈夫だと思いますよ」
「えっ、どうして?」
「それは…母に会えば分かります」
駿さんが不思議そうな顔をしたが、私はその理由を言わなかった。
実家に着いた。門の前で駿さんが目を閉じて一度深呼吸をした。私も緊張していたが、覚悟を決めて門を開けて玄関へ向かった。
「ただいま」
ドアを開けて中に入ると、お母さんが出てきた。
「おかえりなさい、っ…!」
お母さんは駿さんを見た瞬間、固まった。
駿さんが頭を下げたので、
「あの、こちらは、海…」
「もしかして、美沙絵の担任だった海堂先生ですか!? まあ~どうしましょう、全然お変わりなく相変わらず素敵で…。えっ、美沙絵の彼氏って先生のことなの!?」
私が紹介する前にお母さんが歓声を挙げ、玄関先ですっかり舞い上がっていた…。
実は、お母さんは大のイケメン好きなのだ。忘れもしない、あれは7月の授業参観の日。あの日初めて駿さんを見たお母さんは、私が学校から帰ってくると、もう大変だった…。
「ちょっと! 海堂先生ってあり得ないほどイケメンなんだけど…!! あまりのカッコよさに失神するかと思ったわ…! ねえ、芸能界に入ったらどうかしら? そしたら、お母さん、ファンクラブ作って応援しちゃう!!」と、ずっと興奮しっぱなしで、会社から帰ってきたお父さんにもキャーキャー言って騒いでいたので、お父さんにドン引きされていた…。でも、お母さんだけじゃない、たぶん教室内にいた他のお母さんたちもみんな目がハートマークになっていたと思う…。
今もお母さんはテレビで人気のアイドルグループに夢中だ。今日、駿さんを見たお母さんの反応を別の意味で少し心配していたのだが、やはり思った通りだった…。駿さんも驚いて言葉を失っている。すると、お父さんがリビングから顔を出した。
「おい、母さん、いいから早く上がってもらいなさい」
「あら、ごめんなさいね、私ったら! さあ、どうぞ上がってちょうだい」
「お邪魔いたします」
駿さんが再び頭を下げて、私たちはリビングに入った。
「大変ご無沙汰しております。私、藤崎小学校6年2組で美沙絵さんの担任をしておりました、海堂駿と申します。このたびは急なお願いにも関わらず、お休みのところお時間を作っていただきまして誠にありがとうございます」
「美沙絵の父です。どうぞお掛けください」
「ありがとうございます」
駿さんがソファに座った。私はキッチンに行くお母さんに声をかける。
「お母さん、あそこのカステラを買ってきたから」
「あら! ありがとう嬉しいわ。じゃあ早速出してもいいかしら。美沙絵も手伝って」
お父さんと二人きりにさせるのは駿さんに申し訳ないなと思ったが仕方がない。私もキッチンへ向かった。
コーヒーを入れていると お母さんが肘で私を突きながら小声で聞いてきた。
「ちょっと、一体どういうことなの…?」
「後でちゃんと説明するから…」
「でも、先生、今も変わらず本当にイケメンねぇぇ…。一瞬芸能人を連れてきたのかと思ったわ…」
「もう、いいから。早く行こう」
まだ興奮しているお母さんを宥めて、急いでリビングに戻った。
駿さんとお父さんは世間話をしていた。見たところ悪い雰囲気ではなさそうだったので少しホッとした。
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