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番外・智久編
2.告げてしまった想い
しおりを挟む金曜の午後4時、智久は一旦仕事の手を止めて大きく伸びをした。
定時まであと1時間半か…。この分だと今日は残業しなくても大丈夫そうだ。さっさと終わらせてとっとと帰ろう。あ、そうだ…! 久しぶりに『古時計』で夕飯を食べよう。それで、繭ちゃんとマスターに色々愚痴を聞いてもらおう。
最近ようやく徐々に下火になってきていたものの、女性社員たちからの熱いアプローチは相変わらず続いていた。連絡先を交換しようと言われても一切取り合わず、終始一貫して彼女たちに対してはビジネスライクに接していたが、もういい加減、彼女たちをあしらい続けるのに疲れていた。
店に行くのを楽しみに、気を引き締めて再び仕事に取り掛かった。
猛烈な勢いで仕事を片付け終わると同時に、定時のチャイムが鳴った。
運良く女性たちに捕まる前に会社を出たところで、後ろの方から声を掛けられた。
「広岡!」
その声に、智久の胸が高まった。小走りでやって来たのは、同僚で友人で、智久にとっては特別な相手である、後藤誠だった。一番会いたかった相手に、智久の顔が自然と笑顔になる。
「久しぶりだな! もう上がりか?」
「そうだよ」
「珍しいな、お前が定時上がりなんて。まあ、俺もだが。それより、急いでいるみたいだが何か用事でもあるのか?」
「用事っていうか、夕飯を食べに馴染みの店に行こうと思って」
「1人で行くのか? それなら俺も一緒に連れてってくれよ。久しぶりに飲み明かそうぜ」
もちろん智久に断る理由は一切なかった。あ、でも待てよ、あそこは…。
「その店はカフェレストランで、酒類は出してないんだ。料理は文句なく上手いんだが、お前は飲めないと物足りないだろう?」
誠は酒好きなのだ。
「えっ、そうなのか。うーん、そうだな…確かに飲めないのは辛いな。せっかくの週末だし…」
「じゃあ、いつものあの店に行くか?」
「いいけど、お前はいいのか? そのカフェレストランじゃなくても」
「構わないよ、今日じゃなくても行けるし」
「悪いな、今度俺にもその店紹介してくれ」
「分かった」
2人は行きつけの居酒屋へと向かった。
「お疲れ~」
「お疲れ~」
まずは、とりあえずのビールで乾杯した。
誠は豪快にビールを飲みほした。
「くぁ~~やっぱり最初の一杯は上手いな。特に休みの前日の一杯は」
智久は笑った。
「こうやって一緒に飲むのは本当に久しぶりだな。社内でも見かけることなかったし、相変わらず忙しそうだな」
「ああ。最近は外回りが中心でな、社内にはほとんどいなかった。ホントに今日は久々の定時上がりだ」
誠は今、広報部にいる。持ち前の明るさと体力でバリバリと仕事をこなし、人当たりの良さから社内外問わず人望が厚い。忙しい部署だが誠には合っていて楽しくやっているようだ。最近社内でもプライベートでも会えなくて、智久は智久で余計なストレスを抱えている今、こうして誠と2人きりで飲めるのは奇跡的だ。
お互いの近況や仕事の話などをしていたら、誠がニヤッとした。
「そういや、そうそう、社内報見たぞ~! スカした写真載せやがって~! しかも今までよりも大きくて枚数もあるし。これでさらにモテてるそうじゃないか。俺んとこの女性社員もきゃあきゃあ言ってるぞ」
あぁ…思い出したくなかったのに…。智久はげんなりした。
「やめてくれ。もう参ってるんだ…。それに、写真を選んだのは俺じゃないぞ」
「あれは間違いなく女子受けを狙って載せたな。インタビュー記事だって、いかにも一流経済誌に載ってるエリートビジネスマンみたいな感じだし」
「それも社内報の担当が色々盛ったんだよ。俺だって記事読んで驚いたんだから」
胸くそが悪くなった智久は酒をグイっとあおった。
「まあ、エリートなのは間違いないけどな。それにしても、俺が前に載った時なんて誰もきゃあきゃあ言わなかったのに…まったく、イケメンはホント得だよな~」
昨年の社内報に誠のインタビュー記事が載った。智久は自宅マンションで何度も何度も読み返し、ほとんど内容を記憶してしまったほどだ。そして、総務課に行って、社内報を失くしてしまったと嘘を言ってもう1部貰ったのだった。今でも大事に保管してある。
「得でもなんでもない。鬱陶しくてしょうがない」
智久の言い草に、誠は呆れた顔をした。
「鬱陶しいだと? このやろう、お前って奴は…俺に喧嘩売ってるのか? でも、女共が嘆いていたけど、どんなに迫ってもお前は全然相手にしないんだってな」
「そうだよ」
智久はさらに酒をあおる。
「中には好みのタイプの子とかいないのか?」
「いない」
智久が仏頂面で答えると、誠は不思議そうに聞いてきた。
「なぁ、そういやさ、これまでお前から女の話って一度も聞いたことなかったな。こんなにモテるのに…」
誠に指摘されて智久はギクッとした。
「あ、でも、前に嫌々見合いした相手と意気投合したっていう話は聞いたな。だが結局その子は別の相手と結婚したんだよな。残念だったな、せっかくいい相手が見つかったのに」
女にモテてもちっとも嬉しくなんかないんだよ…。それと、繭ちゃんのことは全然残念じゃないよ。俺たちは『兄妹』になったんだし、彼女が幸せになって心から祝福しているんだから。
「もしかしてお前って理想がめちゃくちゃ高いのか? どんなのがタイプなんだ?」
後藤、違う、違うんだよ、そうじゃないんだよ、俺は……。
その時、誠は智久がいつもよりも早いペースで飲んでいることに気がついた。
「お前、大丈夫か、ペース早すぎるんじゃないか? 一旦酒はやめてウーロン茶でも頼むか」
「いや…いい。今夜は飲んでクサクサした気分を晴らしたいんだ」
「…? そうか、でもあんまり勢いよく飲み過ぎるなよ」
智久の気持ちに気づかないまま、誠は智久の好きな梅サワーと自分の分のビールを注文した。
新たに注文した料理と酒が来ると、誠はさらに意気込んだ。
「よし、こうなったらとことん聞くぞ。お前は一体、どういう女なら付き合いたいって思うんだ? 教えてくれれば俺が誰か知り合いに相談していい子を紹介するぞ」
「いいよ、そんなの。もう俺のことはどうでもいいから。それより、お前こそどうなんだよ」
「俺? うーん…社内にはこれといった子はいないなぁ…。それに、正直、今は仕事や趣味の方が楽しいから、彼女はしばらくの間はいいかな」
そうか…よかった。智久は内心ホッとした。
「俺も同じだ。だからもうこの話はやめにしよう」
しかし、誠も酒が進んで酔ってきたのか、いつになく執拗だった。
「だめだ、俺は知りたい、社内一といってもいいくらいのモテ男の理想の女っていうのは、一体どんな女なのか」
「…………」
「なあ、何で黙ってるんだ。俺たち、何でも話し合える仲なんじゃないのか? それとも、この俺には教えられないっていうのか? お前は、俺のことを友達だと思っていないのか?」
その言葉に、智久の中で張りつめていた糸がついに切れた。
「………違う…違うんだ……。俺が…好き…なのは……俺がずっと好きだったのは………………お前だ」
「えっ?」
「後藤、お前だ。俺は、お前のことが好きなんだ!」
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