52 / 59
52
しおりを挟む快晴の翌日、車で30分ほどの郊外にある霊園に着いた。
そこはまるで大きな森林公園のようだった。たくさんの種類の花々が植えられており、広い遊歩道が敷かれていて所々にベンチも設置されていて、とても明るくきれいな所だった。ここが墓地だとは思えなかった。
繭子が驚いていると隣で一平が笑った。
「霊園に来るのは初めて? 確かに一見ここは普通の大きな公園に見えるからね。実は、じいさんがここを見つけたんだ。緑に囲まれていて環境がいいし、どんな宗派でもOKで墓石のデザインも自分たちで自由にできるっていうのでえらく気に入って、まだ空きがあったので即契約したらしい。それに墓石はね…見て驚くかもしれないよ」
「驚くって?」
「まあ、見てのお楽しみだ。さあ、行こう」
花に囲まれた遊歩道を歩いていると、墓地が見え始めた。普通のよく見かける一般的なお墓もあったが、洋風なものや色や形が個性的なものもたくさんあった。
「ここだよ」
「……えっ! わぁ~、すごい!」
一平に促されて前を見た瞬間、思わず繭子は歓喜の声を上げてしまった。
目の前には、帆船をかたどったブルーの墓石があり、船の正面には白い船舵が付いていた。こんな墓石、生まれて初めて見た。
「貿易商で船が好きだったじいさんらしく、石選びからデザインまで全部こだわって自分で考えて石材店に事細かく注文をつけたそうだよ。だからとんでもない値段になっちゃって、ばあちゃんに相当怒られたらしいけどね」
「でも…すごくおしゃれで素敵です! 私、こんなお墓見たの初めてです! おじい様は本当にセンスがいい方だったんですね」
「ありがとう。繭子に褒められてじいさん喜んでるに違いないよ」
2人は墓石とお墓の周りを綺麗に掃除をした後、持参してきた花を花瓶に入れて添えた。
そして、改めて墓石の前に立つと、一平がゆっくりと頭を下げた。
「みんな、今日は俺の妻になる人を紹介するために来たんだ。坂井繭子さんだ」
繭子も頭をゆっくりと下げた。
「初めまして、おじい様、おばあ様、お母様、お父様。坂井繭子と申します。厳密にはお父様とは初めましてではありません。覚えていらっしゃらないかと思いますがお父様がマスターをされていた頃に何度かお店に行きました。本日、皆様にこうしてご挨拶をさせていただくことができまして嬉しく思っております。実はこの度一平さんと結婚することになりました。不束者ですがどうか天国から温かく見守っていてください。どうぞよろしくお願いいたします」
一平は優しく微笑みながら繭子を見下ろしていたが、また前を向くと静かに墓に向かって語り掛けた。
「……幼稚園の頃にじいちゃんやばあちゃんを、小学4年の時に母さんを亡くして、それからは父さんと2人で何とかやってきた。そして俺が『古時計』の3代目となり結婚もしてこれからという時に父さんが死んで、そして依子までも……暗い谷底に突き落とされたようだった。家族がみんな逝ってしまった…俺は独りぼっちになってしまった……あの当時は毎日悲しみに打ちひしがれていたよ…。食欲もなくなかなか眠れなかった。本当に…孤独で…辛い日々だった……」
一平が声を詰まらせ、その目から涙が零れ落ちた。繭子がそっと一平の手を握ると、その手の温もりに気づいた一平が強く手を握り返してから涙を拭った。
「それでも、俺は店があったから何とかやってこられた。古くからの常連さんたちが来てくれ励ましてくれ支えてくれたから。毎日のように来てくれる彼らや新たに常連になってくれたお客さんたちと過ごしていくうちに徐々にまた以前の自分を取り戻すことができたんだ。そして繭子と出会った。彼女はとても心が綺麗で優しく思いやりがあって、ちょっと自己犠牲が強いところもあるけど、働き者で有能なんだ。そして店を愛してくれ大切に思ってくれている。俺にはもったいないくらいの素晴らしい女性なんだ。それに彼女のご両親も素晴らしい方たちで俺のことを本当の息子ができたようで嬉しいって言ってくれたんだ…。俺はもう孤独じゃない。彼女がいつでもそばにいてくれるから。俺は心から繭子を愛している。これからは2人で店を守っていき、幸せに暮らしていくから、天国から見守ってててくれ」
繭子も気がつくと涙を零していた。
「皆様…私も一平さんを心から愛しています…。おじい様が始められた『古時計』も大好きです。だから私は一平さんを支えながらお店も守ります。私たちがいなくなった後もそのまた後も、ずっとずっと『古時計』が残るように…」
一平が繭子の涙を指でそっと拭うと優しく抱き寄せた。しばらくの間2人は静かにそのまま寄り添っていた。
そして、繭子はこめかみのあたりに一平の唇が触れるのを感じた。
「…それなら、早く子供を作らないとな。何人作ろうか…?」
繭子は頬を染めた。
「えっ…あ、それは……後でゆっくり話し合いましょう…」
「あぁ~待ち遠しいな。早く教会決めて式を挙げないと! さすがに結婚前にできちゃったら繭子のご両親に怒られるからな」
うーん…確かにそれはいい顔しないかもしれないかも、と繭子は思った。
霊園を後にすると、次はあの海に向かった。
久しぶりに来た海はもう日が高かったせいか多くの人たちで賑わっていたが、運よくいつもの指定席のベンチには誰も座っていなかった。
「もしかして今日は依子の耳には届かないかもしれないけど、呼びかけてみるか」
「はい」
2人は依子に話し掛けた。
「依子、久しぶりだな。そっちで楽しんでいるか? 実は、お前に報告があるんだ。繭子と結婚することになったよ。まだ色々決めなければいけないことがたくさんあるが、これからは彼女と一緒に新しい人生を歩んで行くから見守っててくれ。よろしく頼むな」
「依子さん、お元気ですか? 今、一平さんが伝えました通り、私たち結婚します。依子さん…あの時に依子さんが言ってくれた『これからは2人の時間を大切にして、幸せになってね』っていう言葉、一生忘れません。今も幸せですがこれからもっともっと幸せになりますし、依子さんの分まで一平さんをずっと幸せにできたらと思っています。どうか見守っててください、よろしくお願いします」
しばらくじっと海を眺めながら待っていたが、依子が呼びかけに応えることはなかった。
「ダメみたいだな…。まあ、とにかく報告は済んだから、もう帰ろう」
「はい。時間がかかってもいつか届いてくれるといいですね」
10
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【R18】兵士となった幼馴染の夫を待つ機織りの妻
季邑 えり
恋愛
幼くして両親を亡くした雪乃は、遠縁で幼馴染の清隆と結婚する。だが、貧しさ故に清隆は兵士となって村を出てしまう。
待っていろと言われて三年。ようやく帰って来る彼は、旧藩主の娘に気に入られ、村のために彼女と祝言を挙げることになったという。
雪乃は村長から別れるように説得されるが、諦めきれず機織りをしながら待っていた。ようやく決心して村を出ようとすると村長の息子に襲われかけ――
*和風、ほんわり大正時代をイメージした作品です。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
腹黒御曹司の独占欲から逃げられません 極上の一夜は溺愛のはじまり
春宮ともみ
恋愛
旧題:極甘シンドローム〜敏腕社長は初恋を最後の恋にしたい〜
大手ゼネコン会社社長の一人娘だった明日香は、小学校入学と同時に不慮の事故で両親を亡くし、首都圏から離れた遠縁の親戚宅に預けられ慎ましやかに暮らすことに。質素な生活ながらも愛情をたっぷり受けて充実した学生時代を過ごしたのち、英文系の女子大を卒業後、上京してひとり暮らしをはじめ中堅の人材派遣会社で総務部の事務職として働きだす。そして、ひょんなことから幼いころに面識があったある女性の結婚式に出席したことで、運命の歯車が大きく動きだしてしまい――?
***
ドSで策士な腹黒御曹司×元令嬢OLが紡ぐ、甘酸っぱい初恋ロマンス
***
◎作中に出てくる企業名、施設・地域名、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです
◆アルファポリス様のみの掲載(今後も他サイトへの転載は予定していません)
※著者既作「(エタニティブックス)俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる」のサブキャラクター、「【R18】音のない夜に」のヒーローがそれぞれ名前だけ登場しますが、もちろんこちら単体のみでもお楽しみいただけます。彼らをご存知の方はくすっとしていただけたら嬉しいです
※著者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ三人称一元視点習作です
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【契約ロスト・バージン】未経験ナースが美麗バツイチ外科医と一夜限りの溺愛処女喪失
星キラリ
恋愛
不器用なナースと外科医の医療系♡純愛ラブ・ストーリー
主人公の(高山桃子)は優等生で地味目な准看護師。 彼女はもうすぐ三十路を迎えるというのに 未だに愛する人を見つけられず、処女であることを嘆いていた。ある日、酔った勢いで「誰でもいいから処女を捨てたい」と 泣きながら打ち明けた相手は なんと彼女が密かに憧れていた天才美麗外科医の(新藤修二) 新藤は、桃子の告白に応える形で 「一夜限りのあとくされのな、い契約を提案し、彼女の初めての相手を務める申し出をする クリスマスの夜、二人は契約通りの関係を持つ たった一夜新藤の優しさと情熱に触れ 桃子は彼を愛してしまうが、 契約は一夜限りのもの 桃子はその気持ちを必死に隠そうとする 一方、新藤もまた、桃子を忘れられずに悩んでいた 彼女の冷たい態度に戸惑いながらも 彼はついに行動を起こし 二人は晴れて付き合うことになる。 しかし、そこに新藤の別れた妻、が現れ 二人の関係に影を落とす、 桃子は新藤の愛を守るために奮闘するが、元妻の一言により誤解が生じ 桃子は新藤との別れを決意する。 怒りと混乱の中、新藤は逃げる桃子を追いかけて病院中を駆け回り、医者と患者が見守る中、 二人の追いかけっこは続きついには病院を巻き込んだ公開プロポーズが成功した。愛の力がどのように困難を乗り越え、 二人を結びつけるのかを描いた医療系感動的ラブストーリー(※マークはセンシティブな表現があります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる