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しおりを挟むお見合いをしてから3日後、繭子は古時計に行った。大きな箱に入ったメロンを持って。
智久を見送った後、報告の為に実家に行った。
以前よりも明らかに痩せすぎの繭子の姿に両親が驚いた。一体どうしたんだ、病気でもしたのか、と問い詰められたが、仕事があまりにも忙しすぎたせいで体調を崩して痩せてしまった、それで会社を辞めたと言って何とかごまかした。繭子は話題を変えようと急いで智久の話をした。とてもいい感じの素敵な人だった、と告げると、母親が、やっぱりお母さんの言った通りでしょう~、と上機嫌で言った。でもさすがに会ってすぐ結婚は無理なので、しばらくお付き合いをしてみてから最終的に決めたい、向こうも同じ考えだ、と言うと両親は顔を見合わせたが、まあそれもそうだな、と納得してくれたのでひとまずホッとした。
この日は一晩実家に泊まった。たくさん食べてもっと太れ、と夕飯はまるでパーティーができるくらい料理が次から次へと出された。自分を心配してくれている気持ちはよく分かっていたので無理してでも食べられるだけ食べた。お腹がはち切れそうで苦しかったが、両親は嬉しそうだった。風呂を済ませ、まだそのまま残されている自分の部屋に入るとベッドに寝転んだ。会社のことや智久のこと、そして一平のこと……本当のことを話せなくてごめんなさいと内心申し訳なく思いながら繭子は眠りについた。
そして翌朝、自宅アパートに帰る時に、夕飯の残りを詰めた大きなタッパー数個と頂き物だという箱に入ったマスクメロンを無理やり持たされたのだった。
繭子が店に入ると一平がいつものように挨拶をした。
「いらっしゃいませ、繭子さん」
まだ開店直後だったせいか、他には客が誰もいなかった。
「こんにちは、マスター」
カウンターにつくと、一平がグラスに入った冷たい水を出しながら、
「ちょっとご無沙汰だったね。どうしたのかなって思ってたけど、元気そうで安心した」
と優しく気遣ってくれた。
その時、一平の顔色が何となく青白いように見えたが、気のせいかなと思い直し、
「ありがとうございます。ちょっと仕事が立て込んでいたのと、用事があって実家に帰っていたんです。あ、これ、実家で貰ったんですけどよかったらどうぞ。もう食べ頃なんで」
繭子がメロンの箱を差し出すと、一平が驚いた。
「えっ、これって高級なメロンじゃない? いいの?」
「はい、こんな大きなメロン、私だけでは食べきれませんし、マスターや常連さんたちに食べていただけたらと思いまして」
「どうもありがとう。じゃあ早速冷やしてお客さんたちに切って出そう。もちろん繭子さんも食べてね。今日はゆっくりできるの?」
一平が嬉しそうに業務用の大きな冷蔵庫に箱から出したメロンを入れながら繭子に尋ねた。
「はい、大丈夫です」
「よかった。とりあえず、メロンが冷えるまでは絶対に帰っちゃだめだよ」
繭子が微笑みながら、分かりました、と答えると、一平も柔らかな極上の笑みを浮かべた。それがあまりにも素敵すぎて、繭子はポ~ッとなって赤くなった顔を隠すためにすぐさまメニューを手に取ってそれで顔を隠しながらサンドイッチのセットを注文した。
繭子がサンドイッチをゆっくり美味しく味わっていると一平が尋ねた。
「さっき仕事が立て込んでいたって言ってたけど、転職したの?」
「あ、そういえば、マスターにちゃんとお話してなかったですね、ごめんなさい。実は、前から在宅でデータ入力とかパソコンを使った仕事をしているんです。私に合っているようで、有難いことに今のところ依頼が途切れずに、収入も1人で何とか食べていけるくらいになってきました」
「そうなんだ! よかったね、繭子さんに合った仕事が見つかって。俺もすごく嬉しいよ。いい報告ありがとう!」
心から喜んでくれた一平を見て、また封印していたものが飛び出しそうになったが、やっとの思いで押し込めた。繭子はカモミールティーを一口飲んでから微笑んだ。
「ありがとうございます。マスターが励ましてくれたおかげです」
「俺は何もしてないよ。繭子さんが頑張ったからだよ」
そう言うとまたさっきのような笑みを浮かべたので、繭子の心臓はうるさくなるばかりだった。
メロンがちょうどよく冷えたので、一平は一口大に切ったものを小さな皿に数個ずつ載せて、店内にいた客に配った。もちろん、繭子から貰った高級品だと伝えるのを忘れずに。全員の客からお礼を言われて、恥ずかしくてちょこんと頭を下げることしかできなかった。繭子は一平から一番先に皿を渡されたのだが、彼が戻ってくるまで食べずに待っていた。そして、カウンター内に戻ってきた一平を見て確信した。
「マスター、もしかして具合悪いんじゃないですか…? さっきも思ったんですけど顔色があまりよくないですよ…」
一平はちょっと躊躇してから、口を開いた。
「…実は、今朝からあまり体調がよくなくてね。薬を飲んだから大丈夫だし大したことないよ」
最初に顔色がよくないと思ったのは気のせいじゃなかった…。
「でも、念のため、今日は夜は休業にして、病院に行った方がいいんじゃないですか」
「…そうだね。ありがとう繭子さん」
「あの、私にできることがありましたら何でもしますので、遠慮なくおっしゃってください」
「ありがとう。あと30分くらいでランチ営業が終わるから心配しなくても大丈夫だよ。さぁ、メロンを食べよう、せっかく繭子さんが持ってきてくれたんだから」
一平が切り分けたメロンを口に運ぶ。ああ、旨いな、さすが高級品は違うな、と感心していたが、繭子は一平が気がかりたまらず、メロンの味はよく分からなかった。
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