上 下
13 / 59

13

しおりを挟む
 
 2人を見送った後も玄関に立っていると、一平が心配そうな顔で聞いた。
 「どうしたの? 何か気になることでもあった?」
 「あ、いえ、大丈夫です」
 「じゃあ、もうすぐ出来上がるからダイニングの方で座って待ってて」
 繭子の肩に軽く触れてダイニングテーブルに案内した。
 マスターに触れられた部分が熱い…それにさっき…たぶんマスターが倒れていた私を抱き上げて運んでくれたんだよね…。
 うわぁ…メチャクチャ恥ずかしい…繭子は顔も一緒に熱くなった。 

 手伝うと申し出ても、繭子さんはお客さんなんだからゆっくりしてて、と断られてしまった。
 それに…今、一平の自宅で2人きりでいるということを改めて認識して、ドキドキして落ち着かなかった。
 ど、どうしよう…何か気を紛らわせるようなものはないかな…。
 
 そう思いながらリビングの方に顔を向けた時、飾り棚に置いてある写真立てが目に留まった。立ち上がって写真立てに近づいた。ブルーのフレームに入っていたのは、ショートカットがよく似合っているボーイッシュな感じの女性の写真だった。キリッとしていて同性から見てもカッコイイと思える人だった。この人は誰だろう…? 繭子は気になりながらもダイニングテーブルに戻った。
 
 「お待たせ。簡単なもので申し訳ないけど」
 ほどなくしてマスターがまず繭子のところに料理の皿を置いた。それはとても美味しそうなシーフードパスタと彩り豊かな野菜たっぷりのミモザサラダだった。
 それから自分の分を運び終えたマスターが向かい側の席についた。
 「量は大丈夫そうかな。繭子さんの分は少なめにしたけど、それでも多すぎたら無理して完食しなくてもいいからね」
 「すごく美味しそう! ありがとうございます。ご迷惑をおかけした上に食事までご馳走になってしまって…。マスターにも後日必ず何かお礼をいたしますので」  
 「いいから、いいから。まずは食べよう」

 これ、ホントに美味しい…。エビやイカなどの魚介類をバター醤油で炒めて刻み海苔を散らした和風のパスタで、パスタの茹で加減も繭子の好みで、とにかく絶品でフォークを動かす手が止まらなかった。それにマスターお手製のドレッシングがかかったミモザサラダも最高だった。 
 繭子にしては珍しく料理を全て平らげてしまった。
 
 一平は食べながら繭子の様子を観察していた。食事の間、あまり会話はなかったが、繭子が美味しそうに食べてくれているのは分かった。ああ、よかった…。繭子の食欲に関してはとりあえずホッとした。
 だがそれ以外では、聞きたいことが山ほどあった。今日はなぜ過呼吸を起こして店の前で倒れていたのか、これまでにも、なぜ時々悲痛な表情をするのか、何か辛い思いをしているのか…。いい機会だ、もう聞いてしまおう。 
 「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。夢中で食べてしまいました」
 繭子は少しはにかみながらお礼を言った。 
 「どういたしまして。美味しそうに全部食べてくれて嬉しいよ」
 せめて後片付けだけでも、と言ったが、一平が制した。
 「それより…まだ時間あるかな。もちろん帰りは送るから。大丈夫だったらソファに移動してくれる?」
 
 何だろう、と思いながらソファで待っていると コーヒーのいい匂いと共に、一平がトレイに載せたマグカップとミルクとシュガーポットを、ローテーブルに静かに置いた。
 「さっきはハーブティーだったから、コーヒーにしたんだけど、いいかな?」
 「はい、コーヒーも好きなので。ありがとうございます」
 繭子はミルクだけ入れてスプーンでゆっくり混ぜて、マグカップを口に運んだ。
 ああ、コーヒーも美味しい…。
 黙ってコーヒーを味わっていると、一平が口を開いた。
 「…繭子さん、俺にお礼がしたいって言ってたよね」
 「はい、何かご希望のものとかありますか?」
 すると、一平が切り出した。
 「ある。君に聞きたいことがあるんだ。これが俺の希望だ」 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月の騎士と誘蛾灯 子爵の婿取り事情

恋愛
 裕福な侯爵家の次男カルロスは、誘蛾灯のように女性を惹きつける容姿を持っていた。本人もそれを活用して後腐れなくふらふらと女性の間を渡り歩いている。  ある日、そんなカルロスの前に、月の騎士として有名な子爵が現れ、唐突に告げた。 「はじめまして。カルロス・ドゥオール殿。ついてはこの私、レオン・アルハイドと結婚してくれないか」 「は?」  聞けば、子爵には早急に婿を迎えなければならない事情があるのだとか。そこに提示された条件は、実家から離れたかったカルロスには都合がよく、果たして二人の婚約が成立した。挙式は当分先である。 「それで、なんでおれなんだ?あんたなら、もっとまともな奴を選び放題だろう」 「私はメンクイという奴らしくてな。君はたいそう私好みな顔だ」 「……あ、そう」  お互い、やすやすとは打ち明けられない秘密をたくし込みながら、短く濃密な婚約期間が始まった。 ※基本的に恋愛と結婚は別という貴族社会で、建前的にはタブーだけど、その家に所属する責任さえ果たせていたら愛人は黙認されている。 相変わらず見切り発車。基本視点はカルロス。

りんのおと

弘奈文月
恋愛
一つの曲に救われた女が曲を作った男と偶然にも出逢い、少ない時間のなか言葉を交わした。たったそれだけのことで、ふたりの人生は狂っていく。24歳訳あり無職の凛音と19歳拗らせ作曲家の倫太郎の人生が交差し始めたとき、普通ではない恋愛がスタートしてしまう。 凛音はつらい時期に出会った曲『colorful』が大好きだった。『colorful』を聞けばどうにかなると思えた。つらくても、苦しくても、やっていけると思っていた。 一方、倫太郎は拗らせていた。才能の塊とも言える家族に囲まれ育ったことで、異常なほど卑屈な性格に育ち、己の才能に気付けないまま引きこもりになった。気まぐれに、家族の誰もが手を出していない分野で暇つぶしがてら音楽を作った。その曲が一人の人間の人生を支えてきたと知ったとき──倫太郎の心はめちゃくちゃになった。 出逢ってはいけなかったのか、出逢ってよかったのか。この物語はそんなふたりの行く末を書いた短めのラブコメディです。

【完結】女騎士レイノリアは秘密ではない恋をしている

晴 菜葉
恋愛
 女騎士レイノリア・リューは十七歳。そろそろ婚期を迎える頃で、同い年の女性らには縁談話が出ているが、レイノリアはお構いなしで毎日訓練に明け暮れている。  理由は一つ。公爵家私設騎士団陸戦隊隊長のライナード・シュルツに恋しているから。  ライナードは歳下のレイノリアのことなんて、ただの部下としか見ていない。   彼に認められるために、レイノリアは今日も男達に混じって剣を振るう。 R18には※をしています。  

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

四十二歳の冴えない男が、恋をして、愛を知る。

只野誠
恋愛
今まで恋愛とは無縁の冴えない男が恋をして、やがて愛を知る。 大人のラブストーリーとは言えない、そんな拙い恋物語。 【完結済み】全四十話+追加話  初日に九話まで公開、後は一日ごとに一話公開。

政略結婚から始まる初恋

深凪雪花
恋愛
 事情あって男性として生きてきた侯爵令嬢クレア。しかしとうとう女性だとおおやけに公表され、誰を婿にとるのかドキドキしていたら、なんと選ばれた相手は苦々しい思い出がある侯爵令息エルトン。  初夜、苦々しい思い出の秘密が明らかになって、クレアはエルトンに惹かれ始めるが……この婚姻には、ある条件が裏で取り決められていた。 ※★は性描写ありです。

秘められた願い~もしも10年後にまた会えたなら~

宮里澄玲
恋愛
結城美沙絵 23歳 大学図書館司書 海堂 駿  34歳 小学校教師 美沙絵が6年生の時の担任 ある日、美沙絵は自宅最寄り駅で偶然、小学校時代の担任の海堂先生と10年ぶりに再会する。 先生は美沙絵の初恋相手だった。 美沙絵は卒業式の日にしたためた先生宛の手紙を久しぶりに読み返す。 渡さないままずっとしまい込まれていたその手紙には、ある願いが記されていた…。 ◎初小説です。未熟ではありますが、よろしくお願いします。 ◎このお話は、フィクションです。登場する人物、場所、団体、企業、学校等、全て架空のものです。 ◎R18に設定してありますが、かなり後半になります。描写もそれほど濃くありません。R18の部分には※印がついています。 追記:男性視点のパートに♦印をつけました。 追記:番外編を追加しました。

左遷先の伯爵様が愛しすぎて帰れません。

daru
恋愛
 戦場で父を亡くし、責任を感じている女騎士のクリスタル・カッソニアは、伯爵位を継いだ異母兄アーチボルドに、田舎領のネッサ伯爵ハミルトン・シューリスの手伝いを命じられた。  沈んだ気持ちでネッサへ向かったクリスタルだったが、ネッサで過ごすうちに、苦境に立ちながらも前向きなハミルトンに魅かれていく。  暫く経ったある日、兄から呼び戻すとの知らせを受け取るが、クリスタルはハミルトンの騎士として生きていく決意を固める。  下半身不随になった元英雄と、自尊心に傷を負った女騎士の、異世界年の差ロマンス。 ※不定期更新。

処理中です...