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第八章 貴き血の義務

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「じゃあトリーは元に戻ったんだ」
 嬉しそうなのはペリジーだった。四人がまたマダム・マリーの事務所にそろった時、月は一巡りと少し経っていた。マダム・マリーとニキタ・エランデューアも話を聞きに来た。
「それに忙しくもなった」
 マールが茶を飲みながら言った。トリーンは交通安全部特務隊員とエランデューア家の技術開発班の協力者を兼ねている。これにはクロウの紹介もあったが、すでに決まっていたことでもあった。王室も通信の暗号化に注目しているのだった。
 ディガンがクロウを見て首を掻いている。経緯を全部話してないと分かっているようだった。どうやって帰還させたかと、そのあと二人でした話はしていない。する必要もないと思っていた。大魔法使いが古の偉大な呪文を用いて旧に復した、それでいいじゃないか。

「じゃあ、世間話はそのくらい。仕事に移ってもらっていいかい?」
 マダム・マリーが手を叩く。みんな居ずまいを正した。ニキタが印をつけた地図と書類を卓に広げ、マダム・マリーは装身具を揺らしながら街と街道を指さしていく。血色のいいふっくらした指には重さを感じさせる指輪がいくつもはめられていた。
「荷札とちがってまわり道してるけど、祠の点検が入ってる」

 クロウが、とん、と卓を叩いた。注目を集めてから口を開く。
「俺は抜ける。世話になったな」
 指が地図の真ん中、帝国首都オウグルーム市をつついた。だれも返事をしないのでさらに続ける。
「連絡先は落ち着いたら知らせる。どこかの宿になると思う。投資はそのままでいい。引き出したくなったら手紙出すよ。ここ気付でいいだろ?」
「行っちまうのか」
 マールが傷痕をゆがめながら言った。
「ああ、潮時だ」
「なんの潮時なんだ?」
「前にも言ったろ? 中央を見てみたいって。それと調べ物をしたい。帝国大図書館でな」
 ペリジーはクロウとマールの顔を見比べている。ディガンは湯呑みのなかをじっと見ていた。マダム・マリーがため息をつく。
「惜しいね。あんたの穴埋めるのは大変だ」
「世辞はいいよ。俺程度の大砲はすぐ見つかる」
「力はあっても頭はなかなか。あんた並みのはな」
「ありがと。ほめてもらえるとは思ってなかった」
「ほめたんじゃないよ。まったく、頭の働く奴は皆こうだ。考えすぎちまうのさ」
 たるんだ顎に手をやると、装身具がじゃらっと音を立てた。
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