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第六章 夢覺ませ

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 後ろからの声は無視し、引っかかるマントを畳みこんで体を滑らせて進んだ。前からぼうっと光が見えるが、外ではないのは明らかだった。

 光る呪術文様の部屋に出たとき、クロウは瞬時に三人を見ていた。

 一人はシュトローフェルド家の魔法使い。入ってきたクロウを見たが、まったく無関心で文様に目を戻した。光の脈動に合わせて垂らした手を揺らしている。

 もう一人は老人。文様にしゃがみ込んで袋から黒い粒を手のひらに出して眺めている。小さな目に光はない。こちらはクロウにまったく反応しなかった。

 そしてトリーン。文様の真ん中の一番大きい円に横たわっている。毛布で繭のようにくるまれていた。生きていた。抱きあげて文様の外に出したが石のように動かなかった。文様の方に変化はない。

「大丈夫か! 返事しろ!」
 響く声はディガンだった。
「大丈夫だ! トリーンもいる。もう一人だけ来てくれ、手伝ってほしいがかなり狭い」

 あれこれと工夫しながら三人を洞窟の外に出した。オウルークもマルゴットも自分の意志などないかのように無抵抗だった。

「トリーは? どうなってんの?」
 地面にマントを敷いて横たえ、ペリジーが顔をのぞきこむ。ディガンがのどに手を当てる。
「生きてる」
 クロウが頭を振る。
「そう。生きてる。魂を抜かれたのに」
 マールが信じられない様子で言う。
「そりゃどういう? 魂が無きゃ体はただの容れ物のはずだ。なにがどうなってる?」

「くそっ! あいつら役に立たん。腑抜けになっちまった」
 隊長がいらだっている。二人はなにを聞いても答えず、やれと言われたことをやるだけの人形と化していた。
「もっと応援がいる。専門家も」
 魔法使いが言い、隊長が命令を下した。兵士三人で洞窟の二人とウィングを護送し、トリーンを移送せよ。それと王室派遣官に報告。応援と指示を仰げ。それまでは我々でここを護衛する。
「みなさんはご苦労様ですが、護送の方に協力願います。後は我々の仕事です」
 ディガンが皆の顔を一人一人見てから了承した。マールが大きな赤ん坊のようにトリーンを背負う。オウルークとマルゴットは後ろ手にしばられ、言われるがままに歩いていった。
「こいつがオウルークかよ」
 ペリジーがつぶやく。感情はこもっていなかった。

 クロウはそこを去る前に洞窟を振り返った。まだ気が脈動している。

 奴ら、成功したのか、失敗したのか。
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