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第四章 錆色に染まる道

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 ニキタ・エランデューアはご機嫌だった。マダム・マリーもその気持ちはよく分かったが、さすがに鼻歌はお行儀が悪い。咳払いして注意した。
「失礼」
「ま、分かりますよ。自動演算荷札、公認の書類になりましたからね。立派なものです。これで家の格も上がるでしょう」
 さわやかな風が建物を吹き抜けていく。傷だらけの机には郵便物が分類されて積みあがっていた。右に分けてあるのが気付の山だった。そのうちの一通には帝国大学の公用郵便の印が押してあった。
「また来てるよ。まめだね。なにが気に入ったんだろ」
 トリーンと四人の文通は続いていた。ここに寄るたびに受け取る。いまは大陸をぐるっと回って中央辺りだろう。しばらく預かってなきゃならない。
 かれらから聞いた少女の話は不思議だったが、マダム・マリーは自分には関係ないことと思い、淡々と預かり役を引き受けていた。

「その四人ですが、今後について考えたほうがいいでしょう」
 マダム・マリーはニキタの言葉にうなずいた。
「ペリジーは今年中に学習を終えます。非常に優秀です。エランデューア家経営の商会で雇う予定です」
「おや、貴族の子弟でなくていいのかい?」
「こればかりは血筋でなく成績で取ります。利益に関わるので」
 マダム・マリーはたるんだ顎に手をやる。
「ああ、あの小僧は利口だからね。技能があれば身分を飛び越えられるって知ってたのかも」
「感心しませんね。人はその立つ階梯があります。上ったり下りたりするものではありません」
「そうかい? 家名があるってのはそんなに大きいことかねぇ。まあいい。とにかく一人抜けるってのか。編制組み直しだね」
「それともう一人。クロウもです」
「あいつが? どこへ行くってんだい?」
 ニキタは困った顔になった。
「分からないんです。ただ旅に出るつもりらしいぞって」
「だれから?」
「ディガンです。ふらっといなくなりそうだなって話してました」

 乾いた大笑いが部屋に響いた。ニキタは戸惑った。

「そうかい。まだそんな奴がいたとはね。いや、あいつなら分からんでもないか。エランデューアのお嬢さん、あなたはとってもお利口さんだ。理屈を考えさせたら大したもんだ」

 なにを言いたいんだろう? ニキタは黙っていた。

「でもクロウは理屈屋じゃない。戦争で色んな物事を短い間に味わうとそうなっちまうんだが、この世のどこにも居場所がない気がするのさ。だから落ち着かない。さまよい続けて、どこかでくたばる。そういう人生を送る奴なんだよ。クロウは」
「なんだか悲しいですね」
「憐れむのかい。あいつかわたしらか、どっちが憐れかなんて分かったもんじゃないよ。それに王族とか貴族どもだろ、魔王大戦を起こしたのは。悲しいなんてよく言うね」

 ニキタ・エランデューアはこげ茶の目でぎゅっと睨みつけた。マダム・マリーは受け止める。先にそらしたのはニキタだった。

「危険な思想ですよ。マダム・マリー。だれが後援者か忘れないように」
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