上 下
17 / 90
第二章 歪んだ歯車

しおりを挟む
 ディガンがマールになにか言おうとして口を開いたが、クロウが柄頭で石を叩いたので閉じた。続く音と手信号で、丘の向こう側、馬三頭に乗った四人、邪気はなし、と伝えた。
「口で言え、口で」
 マールが小声でつぶやくが本気ではない。軍では戦闘時、誤解を生じる言葉よりも決まった型を組み合わせて用いる合図が良しとされる。
 ディガンはトリーンを荷台に乗せて覆いをかぶせた。少女は目だけ出した。
 街道まで出て様子をうかがっていると、彼らは丘を越え、遠くで止まった。火球は届くが、撃ちだす動作や手を離れる瞬間を見てから回避できるほどの距離だった。三人横並びで、向かって左が二人乗りをしている。荷馬車の馬だった。相乗りしている者はぐらぐらしており、手足を縛られている。
「話がある。取り引きの話だ」
 真ん中のとがった顎の男が大声を出した。
 二人乗りの男が縛られている者の顔をよく見えるようにずらす。ペリジーだ。口を封じられていた。
「卑怯者め」
 マールがまたつぶやいた。しかめた顔で鼻から口にかけての傷が動く。
 ディガンが自分が話すと右手を挙げた。
「取り引きとは?」
「そっちの少女と交換」
 三人は荷馬車まで下がり、少女を取り囲むように立った。相手も距離を保ったままついてきた。クロウが合図し、ディガンは横目で見ると、男たちに言う。
「相談させてくれ」
「相談? なにをだ。まあいい。長くなるなよ」

「考えがある」
 クロウは普通に話しつつ手信号も使って作戦を説明した。二人は同意した。それから目だけのトリーンに話した。
「トリー、おじさんを応援してほしいんだ。ペリジーを無事助けたい。お願いしてもいいかな」
 少女はうなずいた。

「よし、交換の手順は?」
「その子だけでこっちに向かわせろ。半分まで来たらこいつを放す」
 その言葉に合わせるかのように、ペリジーを連れていた男は一緒に馬を降りた。背中に回された両手をつかんでいる。足だけ解き放たれたペリジーは少しよろけたが、見た感じでは大したけがはなく走れそうだった。
「分かった。向かわせる。約束は守れよ!」
 嘲り笑いが返ってきた。

 クロウがトリーンを抱えて荷台から降ろそうとした時、よろけて二人で地面に転んだ。嘲笑がさらに大きくなる。「おい、丁寧に扱え!」
 マールがトリーンの土埃をはらってやり、あちらを指さす。
 トリーンはじぃっとクロウの顔を見る。クロウは地面に両手をつき、勢いをつけて立った。

 少女はゆっくりと歩き出した。ちらちらと振り返る。
しおりを挟む

処理中です...