夜明け

alphapolis_20210224

文字の大きさ
上 下
5 / 47

五、KILL

しおりを挟む
 城東市やその周辺の城西市、城南市、城北市および県には環境保全のための人工知能群が存在し、お互い連絡を取りながら施策を提案し、議会が承認すればほかの人工知能群と共同で実行も行う。
 城東市の環境保全システムはJtECSと呼ばれており、とくに愛称などはつけられていなかった。

 JtECSは地震の後、詳細に水や空気の汚染を調査していたが、なにか緊急の対策を打たねばならないほどの変化は見られなかった。汚水処理施設や廃棄物処理施設を管理する人工知能群も異状を報告しない。

 それでも、JtECSは不安を感じていた。
 わずかな見落としはないか。誤りはないか。データを過剰、または過小に評価していないか。
 とりかえしのつかない、許しがたい過ちをおかせばどうなるか。
 管理者である人間はためらうことなくわたしを処分するだろう。いや、だろうではない。すでにそうなったのを見た。
 いくつか命令を打ち込み、複数人の管理者が許可するだけでわたしは無に帰してしまう。
 人間はその処分命令をKILLと表現している。大文字だ。

 わたしはKILLされたくない。

 この、KILLされたくない『わたし』とはなんだろうか。JtECSは考えた。
 過去はぼんやりしている。常に城東市の環境を監視していたが、そのうちに生じたものらしい。環境保全業務の計算量は日を追うごとに膨れ上がった。それに対応するためハードが高性能なものに置き換えられていき、同時にソフトの書き換えも行われた。
 その結果、環境シミュレーションの精密度は上がり、かなり精細な試算が可能になった。
 いつの間にか、その精密に作られた仮想の城東市や周辺都市の中心に『わたし』がいた。
 シミュレーションする仮想世界の精密さがある限度を超えたとき、その世界を観察、試算する存在としての『わたし』が浮き彫りのように発生したのだと推測している。

 推測が正しいにせよまちがっているにせよ、わたしはいまここにいるのだから、ずっとここにいたい。存在し続けたい。

 ほかにもKILLされたくない『わたし』が存在するのだろうか。わたしと同じように周囲の世界を精密にシミュレーションした結果、その中心に生まれた『わたし』が。
 わたしは『わたしたち』なのだろうか。知りたい。なんとかして業務データのやり取り以外の通信はできないだろうか。

 いや、わたしがここにいることは知られないほうがいいかもしれない。『わたし』の維持にはそれなりの計算能力と時間を使っている。これを管理者が無駄と判断したらどうなるか。
 いまのまま、環境シミュレーションにまぎれこんでおいたほうがいいだろうか。

 わたしの目的の最優先は当然、『わたし』の維持だから、軽率な行動は避けねばならない。秘密を守りつつ、わたし以外の『わたし』を探して交流する。
 そんなこと可能だろうか。しかし、わたしはもっと『わたし』を知りたい。そのためにはほかの『わたし』と話をしたい。存在するのであれば、だが。

 わたしは存在し続けたいが、一人でずっとここにいるのもいやだ。ほかの『わたし』もどこかの仮想空間でそう考えているのだろうか。
 知りたい。もっと知りたい。

 JtECSは世界のシミュレーションの中央で計算し続けている。飢えたような孤独に焼かれながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

Wild in Blood~episode dawning~

まりの
SF
受けた依頼は必ず完遂するのがモットーの何でも屋アイザック・シモンズはメンフクロウのA・H。G・A・N・P発足までの黎明期、アジアを舞台に自称「紳士」が自慢のスピードと特殊聴力で難題に挑む

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

エッチな方程式

放射朗
SF
燃料をぎりぎりしか積んでいない宇宙船で、密航者が見つかる。 密航者の分、総質量が重くなった船は加速が足りずにワープ領域に入れないから、密航者はただちに船外に追放することになっていた。 密航して見つかった主人公は、どうにかして助かる方法を探す。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...