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第四部 夢見心地に分岐する

十六

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「坊っちゃん、デプレッション?」
「うん、あれこれありすぎて、しかも全部落ち込む出来事だったし」

 ビクタはうなずいてチョコレートを差し出す。ついでにぼくの画面を見たがったので共有した。

「ああ、マザーのレポート。ダウナーだ」

 あの女はまだ朦朧とした状態に置かれている。その状態で本土の警察による遠隔尋問が行われ、襲撃の動機が明らかになった。
 それによると目標はマザーだった。ぼくを爆殺し、子を失う経験をさせようというつもりだった。

「なぜ坊っちゃん? ストレンジウェイオブシンキング」
「それ。『坊っちゃん』って呼ぶからだって。『マザー』と『坊っちゃん』、母と子の関係性があるって思ったって」
「とてつもないミスアンダースタンディング」ビクタは呆れていた。いや、憐れんでいたのかもしれない。

 マザーは本土の専門家チームとともに自己破壊衝動の除去を含めた治療を行うと言う。そのうえで火薬を提供するなどした協力者をあぶりだすつもりだった。つまり、治療を名目とした尋問だ。それなら薬物だって使い放題だろう。

「これであの教団もめでたく制限団体の仲間入りだな」
「それはグッド」

 ビクタはまだぼくを見ている。ほかにもあるんじゃないかと言う目だった。

「ウォーデはほぼ回復。痛がってるけど皮膚も培養筋も乗りがいいんだって」
「ベースはコモンだし」
「そうだな。ぼくらは共通規格だもんな」

 まだ見ている。それも知りたいけど、そうじゃないだろうと顔が言っていた。

「なんだい? はっきり言えよ」
「ディスレスペクトフル。口に出すのは」
「おまえに限ってそんなふうには思わないよ。不躾なんかじゃない。心配してくれてるんだろ? ありがと」

 ぼくはゴーグルの画面を切って修飾なしにビクタを見た。大きくて、ごつくて、食べた物の甘い香りがする。

「簡略版の削除に立ち会った。ぼく本人が消去を確認しなきゃならないからだってマザーが。変わった倫理観だと思うけど。そりゃそうかなとも思った」

 黙って聞いている。

「あいつ、消える前に『ありがとう』って言った。もう子供が泣く声は聞きたくなかったからって」

 チョコは減っていない。

「次は完全版として複製されるけど、ぼくは泣いてる声は聞かずに済む」

 目を動かし、ビクタの顔から手を見た。ミニチュアの山脈のようだ。

「感覚のない暗闇を怖がって泣くんだよ。そういう心のある子を消すんだなって考えてた」

 筋肉と血管でできた峰がぴくりと動いた。

「リーガルにはホミサイドじゃないけど、エシカルには……」
「倫理的には……何?」
「ごめん。アイハブノーアイデア」
「でも、五人にそうするんだ。何も考えないわけにはいかないよ」

「マザーのプロポーザルは魅力的」
 うなずく。そこはビクタの言うとおりだった。

「複製だもんな」
「そう。デュープリケイトで、その後はクレードとしてそれぞれ分かれる」
「分岐三本のうち一本は子供を持てる可能性もある」
「自分がペアレントになるってアンビリーバブル」
「この場合『自分』って何だろうな」ぼくは笑った。「今ここにいるぼくらは子供を持つ方の『自分』じゃないし」
 ぼくは話題を切り替えて嫌な考えから逃れようとしていた。『自分』が乗っ取る存在が跡形もなく始末されるという事実からだ。

 ビクタがチョコを取った。

「お菓子以外リアリティーがない。ホールワールドがふわふわのドリームになっちゃたみたいだな」
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