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第三部 アップルパイ、閉回路ソースを添えて

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「坊っちゃん、これイッチー」
 ビクタが足首のあたりを掻くたびに座っている木箱がきしんだ。筋肉増やし過ぎだと思うが本人にしてみればまだまだらしい。巨人にでもなりたいんだろうか。
「そこだけハードモードって無理?」

 ビクタは答えずに横を向き、ウォーデが乾いた笑いを漏らした。もう何万回と言われた冗談だった。ファーリーはアンクレットとのすき間にアイスクリームの木のスプーンを差しこんでごそごそしている。もうこのかゆみで季節の変わり目が分かるようになった。

 港はいつもの朝だった。荷が到着し、それぞれの届け先へと運ばれていく。店はにぎわい、挨拶や軽口が聞こえてくる。まだ肌寒いが、すこしすれば春らしく暖かくなるだろう。

 ファーリーが掻くのをやめ、スプーンで指した。三十メートルほど向こうで、男がふらふらと柱に向かって歩いていた。「おれがいく」ウォーデが飛び出し、ぼくらも柱のほうに向かった。

「兄さん、よしな」ウォーデにしてはやさしい声だった。
「うるせえ、犬野郎。がまんできねえんだよ」そいつは足を出して自分のアンクレットをウォーデのにぶつけた。まったく響かない鈍い音がした。
「それもやめときな。うっぷんばらしにしちゃ高くつく。分かるだろ?」
「唾かけてやる」柱を指さす。
「あんたに必要なのは水だ。酒抜きな」
「くやしくねえのか。『カクブンレツ』だろ? あんた。なわばりで好き勝手やられてんだぜ」
「歯向かえる相手かよ。もう腹も立たねえぜ」
「けっ、面が犬だと心まで犬になるのかよ。根性なしめ」そう言いながらも男は来た方向にもどっていった。
「ありがとよ。兄弟。わかってくれて」

「ああいうの、今だにいるんだね」
 ファーリーがつぶやいた。ぼくらは柱のまわりを固めていた。念のためだ。あいつはただの酔っぱらいだったが、おとりの可能性もあった。

「あいつら一ミリも動かない。スリーピング?」
 ビクタが男の去っていったほうとは反対を見た。倉庫の前に影がいる。
「ほんとにそうかもな。あのスーツ、二、三日は着たまま行動できるってさ」
 ファーリーが言うと、ウォーデが来た。「かわいそうな奴。現実から逃げるために飲んでんだ」

「そうか。何もなくてよかった」
 ぼくもビクタの見ているほうを見た。『制服』だ。黒と白の塗りわけで一目で警察とわかる。光学的攪乱機能により輪郭が真夏の舗装道路のようにゆらめいて混じっているが、まあ二人だろう。柱とおなじくいたるところにいる。

 一人が両腕だけその機能を切ってハンドサインをした。『ご協力感謝します』

『任務完了』そう返し、民間人の敬礼をすると、二人とも答礼した。頭の形が揺らめくなか、その手だけまともな形なのがかえって奇妙だった。
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