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第二部 悪魔とダンス

十一

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 帰ったのはおそく、シフトをとばしてしまったが、すでに連絡はされていて何のお咎めもなかった。
 灯りを消してベッドに転がる。夢は見なかった。いつもだが。

 翌朝、『本日は勤務に及ばず。自室で待機の事』という通知が来ていた。意味が分からないが、朝の支度をすませて部屋でぼんやりしていた。頭の後ろで手を組んで天井のしみを魚に見立て、子供の頃に行った水族館を思い出していると、窓をたたく音がした。

 半浮遊式オートマトンがふらふらしている。マザーの証明印を投影したので窓を開けた。
「お届けものです」
 開けるとそういいながら窓枠をつかんで入ってきた。操作腕の一本で箱を抱えている。スイカが入りそうなくらいだった。床に置く。あゆみは受け取りを書いた。

「何? これ」
「詳細はそれに聞いてください。開梱すれば起動します。では」
 もう用はないとばかりに愛想もなく出て言った。

 ちょっと考えて開ける事にした。罠とか考えてもしかたない。あいつらに連絡してみようかとも思ったがやめた。マザーからの荷物だし、かれらがここにいないのならいなくてもいいというつもりだろう。

 梱包テープでとめてあるだけの箱はそれほど重くなかった。中にはなめらかな艶消しの黒い球体が入っていた。箱から想像したよりずっと小さかった。
「起動します。すこし離れていてください」
 その通りにすると、球体が裏返るように変形をはじめた。一分とかからずに赤と青の模様の、羽をむしった鶏のような姿になった。脚は八本あった。

「おい!」

 おどろいている間もなく、すばやくあゆみの左肩にのぼってしがみついた。大きさの割に軽く、肩をゆらしたがかさばる感じもしなかった。

「はじめまして。わたしはあなたのリアクションを複製したオートマトンです。あなたの外界に対する化学的反応を電子的にシミュレートしています。今後はその精度を高めるため、あなたと一緒に行動します」

 性別のはっきりしない声だったが、耳元で話してる割にはうっとうしくなかった。そこらへんの調整はちゃんとしていた。

「断る」
「いいえ、これはマザーの実験の一部です。あなたはすでに了承済みなので断れません」
「ぶち壊すぞ」
「その気はないでしょう? 攻撃的な反応は検出できません」
「おまえみたいなのつけてたら外に出られないだろ」
「大丈夫。ここの人たちはそれほど他人に関心を抱きません」
「うれしいこった。他にもいるんだな。実験なら」
「はい、途中脱落した二名をのぞき、あなたを含めて八名です」

 あゆみはため息をついた。「今から脱落できる?」

「脱落、というのは本人の意思ではありません。詳細な状況は申し上げられないのですが、不慮の事故、というところです」
「台所仕事?」
「その言い方はわかりません」
「うそつけ。見張ってたくせに」
「とにかく、公開できません」

 手を振る。「分かった分かった。で、おまえをどう呼べばいい?」

「お好きな呼び名をつけてください。また、状況によって呼ばれたと推定すればどのような名前でも返答します」
「じゃ、トリグモな。トリグモ」

「その名前は独創的ではありませんね。でも記録します。よろしくお願いします」
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