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「アエルお嬢様、バレン様がお見えですが」
「分かったわ。応接部屋で待つように伝えて。準備したらすぐ行くわ」

 バレンさんが家に来る時は、連絡もなく唐突にやってくる。
 仕事柄、隙をついてこっそりと来るのだが、いきなりだと困ることもある。

 私は今日も家にいると思ってたから……スッピンなんです!
 大急ぎで部屋着から普段の清楚な格好に着替えて、最低限の化粧をしてから応接部屋へ移動した。

「待たせてしまってごめんなさい」
「確かに待ったぞ。だが俺のために着替え、綺麗で可憐な顔を更に輝かせてから会いにきてくれたことは嬉しい」

 お世辞は無視するが、なんでそこまでわかるのか……。いつもながらに鋭い。
 苦笑いをしながら椅子に腰掛けた。

「今日はどうしたのです?」
「アエルに会いたいと思った」
「はい!?」

 真顔でいうものだから私の顔も赤くなってしまった気がした。

「はっはっは、半分冗談だ。実は諜報部隊が不倫相手に罠を仕掛けてな、面白いくらいに上手くいったのだよ」
「何をしたんです?」

「諜報部隊屈指の美男子を放って食事に何度も連れて行った。それだけだ」

 意図が全くわからない。それではただ喜ばせているだけのようだが。

「何か意味があるのですか?」
「実は食事の店は全て諜報部隊が管理している店なのだよ。そこで特別メニューでお出迎えしたのさ」

「それは豪勢な……」
「いや、メニューに書いてある値段はジュースですら一萬紙幣かかる設定にしているだけで、提供していたものは全て街で手に入れたものなんだ」

「ありえない金額ですね……よくもまぁ遠慮せずに食べられますね……」
「だろ? それに普通なら疑うはずだ。だがそうじゃなかった。だから作戦をそのまま継続して、まんまと成功してしまったのさ」

 さすがキャンベルはバ……やめておこう。

「で、どうなったんですか?」
「毎日札束を支払っているフリを見て、あの女は金の感覚が変わったようだ。毎日豪華な生活を送ればいずれそれが当たり前だと麻痺してくる者が多い。彼女はその典型だな。監視の報告によれば、ブルラインにたかっているようで、彼は悲鳴を上げているそうだ」
「それは大変ですね」

 もはや私とは無縁になる存在なので、ブルラインがどうなろうと関係ない。
 私はことの成り行きを聞くだけでよかった。

「諜報部隊を始めて何度か罠にかけることはしてきたが、ここまでスンナリと罠にハマった者はいなかったぞ……」
「何か悪いことをしているようにも思えますけどね……」
「いや、諜報部隊はただ、自分の店に招待して好きな物を食べさせた。帰る前にお金を預けただけだ。それだけのことだが」

 行為としてはどうかと思ったが、私が同じ状況になってもこうはならないし、あり得ないくらいの高すぎるメニューを見た瞬間に帰るだろう。

 あまりにもどうしようもない罠にかかってしまったキャンベルに同情してしまった。

「そこでだ、ここからが本題だ」
「はい」


 しばらくバレンさんの話を聞いて私は耳を疑った。
 いくらブルラインとはいえ、バレンさんが予測するような酷い行為をしてくるとは思えなかったからだ。

「もし本当にそうなったとしたら、ブルラインはとんでもないクズですけどね……」
「冗談で言っているつもりだろうが、いずれそうなるさ」

 流石にそうはならないと思って、公爵令嬢として言ってはいけないような言葉を言ってしまった。
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