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本編

4.学校生活

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私にとって学校は試練の場所だ。
だってここではよく知らない者同士で協調しながら生活しなければいけない。
“普通”を一番に求められるところだと思うから。

昔から自覚はしていたけれど、私はどうにも他の人と感覚がちょっとずれているらしい。
同じペースで歩くことも同じ感性で笑い合えることも中々ない。
だからこの“普通”という環境に投げ込まれるとたちまち体が言うことを聞かなくなるんだ。
どうすればいいのか分からなくなってしまう。

「あー、中島さん? これ、日直日誌」
「あ、あ、ありがとう!」
「え、ああ、うん。じゃあ」

例えばこんな一言を繋げるのだってとても難しい。
ありがとうの一言だって、気合が入りすぎちゃって相手を引かせてしまう。
千歳くんや大塚さん相手なら大丈夫なのになぜだって自分でも思う。
思うのに、私の体はやっぱり勝手に動いて反応してしまう。

「日直、かあ……」

特に今日は月に一度の日直の日。
体は嫌でも強張ってしまって、肩のあたりがガチガチに凝り固まっている……気がする。

「……頑張らなきゃ」

自分を励ますように小さく気合を入れる私。
それでも上手く頭が切り替えてくれない。
仕事で疲れ果てた時よりもうんと重たく感じてしまうのは何でだろうか。
小さく手が震えてしまって、そんな自分を情けなく感じた。
……結局、今回も日直の仕事は惨敗だった。


「き、きちつ!」

起立という言葉が意味不明の単語に変わってしまったり、

「おーい、今日の日直誰だあ? 挨拶頼むぞ」

精一杯声を張り上げたつもりなのに、誰にも届いていなかったり、

「……中島、大丈夫か」
「ご、ごめんごめんごめん」
「え、や、良いけど」

しまいには一緒の当番の男子にまで心配される始末。
こんなだから友達の一人もできない。
このクラスに入れたことはすごく恵まれたことだ。
男女の割合が半々だけど仲が良くて、いじめもなくて、和気あいあいだ。
…なのに、そんな環境ですら友達のできない私。

こういう同世代の子たちがたくさん集まる場所に行くと、どうにも私は身心共に極度に緊張してしまう。
どうしてだか、それは私自身もよく分からない。
病院の先生によれば、これは精神的なものだから治るには時間がかかるという。
その治る状態にいくにはあとどれだけ時間がかかるだろうか。
分からなくて、途方にくれてしまう。


「……でも、頑張らなきゃ」

その言葉すらカラ回っていることだけ分かっていた。
適度に力を抜けばいいんだよなんて人は言うけれど、どうすれば力を抜けるのか分からない。
勉強はいつも半分よりうんと下で、いつも理解が追い付かない。
運動も「何かの神にとり憑かれてる」なんて言われるくらいには鈍い。
コミュニケーション能力は圧倒的に低くて、家族か仕事関係でしかまともな会話すらできない私。
学校の中で胸をはれるものを何一つ持っていなかった。

良い人ばかりに囲まれているというのに、私はいつだって挙動不審だ。
いくら良い人ばかりと言えど、そんなの困ってしまうと分かるのに。
それでも一言だけでも声をかけてくれる人は多いというのに。
本当ならば、ありがとうとちゃんと笑って言いたい。
それすらできない私はやっぱりぽんこつで、焦りは禁物と散々言われていても焦ってしまう。
だから学校という場所は、私の精神をがっつりと削ってしまうんだ。

「はー、失敗しちゃったよ」

人気のない場所を探し顔をうずめる私。
結局今日も気合通りに事は進まなかった。
情けない顔を見られたくなくて、心の切り替えがうまく出来なくて会社に向かえない。
社会人としても失格だ。
確かに今日は千歳くんがメインの仕事ばかりだから私がいなくても何の支障もないとはいえ、だからといって休んで良い理由にはならない。
はあ、とため息をつく。
無意識に取り出したのは五線譜のノート。
言葉で発せるものが少ない私は、何かがあると日記代わりにノートに音符を書き込む。

「……ここで表現しても仕方ないのに」

ぶつぶつと文句を言いながら、即興で作る曲。
頭に浮かべるのは今日話しかけてくれた人達のこと。
ありがとうとごめんで混ざったその音符達は、どことなく暗い繋がりだ。
そこで今日の自分の気分がいつもよりうんと重いことを知る。
自分の心の整理までもが音楽な私は、確かにお母さんの言うとおり音楽馬鹿なんだろう。
それを駄目だなんて思わない。
それがなかったら私は本当に空っぽだったから。
けれど、もう少し。
もう少しだけ、バランスの良い人間になりたい。

私の理想は決して高くないはずだ。
それすら手に届かないことが悲しい。
私と同じ日に生まれ、同じように育ってきた千歳くんは何とも器用に生きているというのに。
綺麗な顔立ちで、爽やかで、気が利いて、勉強も運動も人並み以上にはできて、だから同じ学校に通っていた小中学の頃なんて大人気だった千歳くん。
別々の高校に通っていたって、普段の様子や時々友達と電話で会話しているその様子から充実した日々を過ごしていることは私でも分かる。
それがちゃんとした努力の上に成り立っていたからこそ私は努力を結果として残せる千歳くんが羨ましく誇らしかった。
逆に同じ様にできない自分が私はすごく憎くて……

「……駄目駄目!」

と、そこで自分に喝をいれる。
すぐ卑屈になってしまう自分だけど、それでは何も変わらないということも分かっているから。
せめて少しでも考え方を上向きにしないとどんどん置いて行かれると知っていた。
パンパンと自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。
そう簡単に切り替えられるものではないけれど、形からでも入らなきゃ。
そうして目をギュッと閉じて頭をリセットすると、耳の奥の方に何やら小さな音が響いた。

「……綺麗な音」

それは本当に小さな音だ。
耳を澄ませなければ届かない程遠くで響く音。
けれど、何故だか惹きつけられるような感覚がある。
楽器は何だろうか? それすら分からないほど遠くから響く音は、それでも綺麗だと一発で分かった。
風に乗って聴こえたり聴こえなかったり、安定しない音量を頼りに無意識に足が動く。

透き通った音だと、そう思った。
そしてこの音を逃がしてはいけないんだと、私の中の何かが告げている。
本能的なものだったのかもしれない。
音に吸い寄せられるよう歩いたその時のことを、きっと私は忘れない。
後から思い返してもきっと、それは私にとって運命の瞬間だったんだ。









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