健多くん

ソラ

文字の大きさ
上 下
64 / 66
番外編

しおりを挟む
「ただいま」

もう長いこと住み慣れた玄関を開ければ、ダイニングの方から空腹を刺激するカレーの良いにおい。マンションの廊下でカレーのにおいがしていたけど、まさかウチだとは思ってなかったので嬉しい。

いそいそとコートを脱いで埃をとって、においのする方へ向かう。

「おかえり。早かったな」

鍋の中身をかき混ぜながら迎えてくれたのは俺の恋人。

「ただいま、鳴人」





「早く帰ってこいってコレのこと?」

目の前に盛られたカレーは俺好みの辛口。昔は料理なんて全然しなかった鳴人も、俺が働き始めてからはよく夕飯を用意してくれるようになった。

しかも元が器用だからすぐにメキメキと腕をあげて、今では鳴人の料理を食べることが仕事に疲れた俺の楽しみにもなっている。

「思ったより原稿が早く上がったからな。試写会も終わったし、残りのは余裕」

「良かったね、今回けっこう悩んでたみたいだしさ。いただきまーす」

アツアツのカレーはじゃがいも小さめの肉は大きめ。一口ほおばるとスパイスの香りがスッと鼻をぬけて、玉ねぎの甘味と多めに入れたニンニクのピリッとした刺激が舌を喜ばせる。

「おいし~早く帰ってきてよかった。俺、カレーは出来立てが好きなんだ」

何度食べても鳴人のカレーは絶品だ。執筆中でも煮込んだままでいられる系の料理は鳴人も好きらしく、よく作ってくれる。

そんな俺の姿に満足したのか、珍しく鳴人はとても機嫌がよさそうな顔で言った。

「お前、今の案件あらかた片付いたって言ってたよな」

「ん」

「もう早朝会議もないし、出張もしばらくないんだったな」

「ん」

「それで、明日は休みなんだよな?」

「・・・・・ん?」

 ニコニコ。鳴人の恐怖のニコニコ。

「・・・・・・」

「そういや、もうしばらくヤッてないよな」

「・・・・・・うん」

そういうことか・・・早く帰ってこいって言ったのも、すぐに夕飯が済むように食事を用意したのも全部・・・

もちろん鳴人の親切が嘘なんかじゃないってわかってはいるけど、こうも清々しく誘われるとこっちが恥ずかしい。

「ほら、スプーンが止まってる。冷めないうちにさっさと食えよ」

「・・・・ハイ」
 




いつも2杯はおかわりするカレーも今日は腹八分目で抑えて、身体の隅々までキレイに洗って。誘われ方は強引かつ有無を言わさないものだったけど、俺だって鳴人とする行為はもちろん嫌じゃない。

内心ドキドキしながらベッドで待っていると、こちらもシャワーを浴びてきた鳴人さまが寝室の扉を開けた。

すぐに俺の隣に座って、乾いたばかりの髪を撫でまわしてくる。

ときどき耳をくすぐる指がこそばゆい。しばらく他人に触られてなかったそこがあっという間に熱を持った。

大学生のころ俺を抱いていた鳴人はそれこそ獣みたいに欲望でギラギラしていて、それはそれで心ごと奪ってしまうほどの魅力を持っていたけど、大人になってからの鳴人はどこか余裕が感じられる。

昔みたいにすぐキスしたり押し倒したりはしないし、俺が抵抗することはまったく考えなくなったようだ。

変わったのは態度だけじゃない。

今の鳴人は、心が奪われる、というより心が吸い寄せられるような気がする。

危なっかしい色気が落ち着いてきて、歳を重ねるごとに大人の男として周囲の視線を集めるようになった。

仕事柄、家に籠ることが多いから変な心配はしていない。でも俺自身が社会に出るようになってから気づいたことは、女性は好みの男性にはかなり積極的だってこと。

一緒に住んでれば鳴人が仕事関係の女性から誘われているのもわかるし、いくつになってもそれに嫉妬しないわけじゃない。

鳴人の魅力は俺が一番よく知ってる。

だって、男なんて微塵も好きじゃなかった俺が、全部なげ出しても手に入れたいくらいなんだから。

唇を掠めたキスが首筋を伝って降りる。背筋を一筋焦がすように肌がざわつくのを感じながら、鳴人の腰に手をまわした。

「・・・鳴人さぁ」

「ん?」

「男の身体に飽きたりしない?俺もうあんまり昔みたいに女っぽくないし」

「なんだそれ」

鳴人は、ふ、とかすかな笑い声を漏らした。

「お前は昔から男だろ。まぁ少しは筋肉もついたし、背も伸びたけどな」

「それはそうだけど。昔は、その、可愛いとか言われることもあったけど、今はもうそんなこともないし・・・」

鳴人だって最初は写真の俺を女だと思ったらしいし、自分でも華奢だってことは自覚していた。

今もけっして男らしいとはいえないが、どこからどう見ても女には見えない。

そんな俺を鳴人は変わらず抱き続けてくれるから、いつも鳴人の愛情を疑うことはなかったけど。

「ああそうだ、お前が就職して『俺』って言うようになったときは、ああ大人になったんだなって気はした」

「・・・父親みたいなこと言って」

そんなどうでもいいことをあんまりしみじみ言うから、笑ってしまった。

こうしてのんびり過ごす時間が、俺たちに家族としての温かさを感じさせてくれる。

激しい感情のぶつかり合いの先に、お互いに安らぐ場所を見つけることができた。それは普通の家族とは違うのかもしれないけど。

いつも自分のことを想って、待っていてくれる人がいる。

それだけで俺は死ぬほど幸せで、きっと鳴人もそう思ってるから。

「健多」

ほっこりした気分でいたら、なにか不機嫌そうな声がした。

「ん?」

「お前なに寝ようとしてんだ」

「え?」

あ。

気づいたら、ついいつものくせで布団を引き寄せようとしていた。

「いや、なんかほのぼのしちゃって・・・」

さっきまでの熱が引いてしまったのは、精神的に満たされていることが性欲をも満たしてしまうってことだろうか。

慌てて起き上って改めて向き直ると、鳴人は眉間を抑えて盛大にため息をつく。

「ご、ごめん。したくないとかそういうんじゃなくて」

「わかった。俺が悪かった。今まで体を気遣ってるつもりでほっといたから、俺とのセックスにヤル気がなくなったんだろ」

「いや別にそこは謝らなくても不満とかあったわけじゃないから!」

むしろ昔より回数が減って心も穏やかに過ごしていたというか、年相応に良い年月を重ねていたというか!

「あれだけ淫乱なお前が見放すくらいだもんな。たしかに最近の俺はぬるかった」

「へ、変なこと言うな!誰が淫乱だ!」

「仕事も一段落したみたいだし、そろそろ外で刺激的な相手でも見つけようと思ってんだろ?」

「そんなわけあるか!すでに手一杯だ!」

「お前は本当にエロいからな。昔は小動物みたいだったのに、大人になったら女まで誑かしやがって」

「なんて人聞きの悪い!」

黙らない鳴人の胸を叩こうと手を上げたら手首を掴まれて、一番低い声が耳元で囁く。

「・・・尻の穴におちんちん入れてもらうのが大好きなくせに」

「しっ、」

・・・・・・・・ああ。

ああ。だめだ・・・ダメ。コレは、だめなヤツだ。

笑いを含んだ、卑猥に濡れた低音。

俺はこの感覚を覚えてる。

鳴人の、スイッチ。

「先っぽ撫でまわしたら痙攣して潮吹きまくるくせに」

「やめ・・・」

それは、鳴人がやめてくれなかったから。

「コリコリしたところ突いてやったら、涎垂らしてイキまくるくせに」

「ひっ・・・」

だって、鳴人がソコばっかり弄るから。

「何回イかせても、もっともっとってねだるくせに」

「や、やめて」

そんなの、気持ちよすぎてやめてほしくなかったから。

「俺が一から開発して。俺だけに尻を振る身体にしてやっただろ?」

「も・・・やだぁ・・・」

全身に鳥肌がたってる。へたりこんだ俺の腰を抱え込んだ鳴人の口元が楽しそうに笑っていた。

そうだ。鳴人にされたいろんないやらしいこと。そんな簡単に身体から消えるわけがない。

今まで穏やかに過ごしていたと思い込んでいた時間は、鳴人の作り出したものだったんだ。鳴人はいつでもこうして俺を服従させることができたのに。

それを、なんで忘れていたんだろう。

「あれだけ長いこと徹底的に犯してやったんだ。姿形は男らしくなっても、身体はあの頃よりもずっと可愛くなってんだよ」

「あっ」

肩を押されて、突き飛ばされるようにして転がる。

「や、ぁ」

見下ろす瞳がさっきまでの大人の男を消し去って、昔と変わらない欲情しきった変態大魔王があらわれた。

「よかったな、明日は休みだ。淫乱な健多が満足するくらい、たっぷり・・・いやらしいことしてやる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

ゆるふわメスお兄さんを寝ている間に俺のチンポに完全屈服させる話

さくた
BL
攻め:浩介(こうすけ) 奏音とは大学の先輩後輩関係 受け:奏音(かなと) 同性と付き合うのは浩介が初めて いつも以上に孕むだのなんだの言いまくってるし攻めのセリフにも♡がつく

工事会社OLの奮闘記

wan
BL
佐藤美咲は可愛らしい名前だが、男の子だった。 毎朝スカートスーツに身を包み、ハイヒールを履い て会社に向かう。彼女の職場は工事会社で、事務仕事を担当してい る。美咲は、バッチリメイクをしてデスクに座り、パソコンに向か って仕事を始める。 しかし、美咲の仕事はデスクワークだけではない。工具や材料の 在庫を調べるために、埃だらけで蒸し暑い倉庫に入らなければな らないのだ。倉庫に入ると、スーツが埃まみれになり、汗が滲んで くる。それでも、美咲は綺麗好き。笑顔を絶やさず、仕事に取り組 む。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

処理中です...