健多くん

ソラ

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番外編

いつまでも消えない。①(成人設定)

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「主任、おはようございます。お願いします」

「おはよう」

出勤の挨拶ついでに目の前に差し出された分厚い書類の束を受け取って、彼はオフィスの一角に据えられたデスクについた。

椅子を引く間も文字に目を走らせる。実際の年齢よりは5歳ほど若く見える大きな目が、2枚めを捲ったとたんに眇められた。

「誤字。誤字、脱字、誤字、マスずれてる、計算違う」

胸ポケットから取り出した赤ペンで目についたミスを端からすべてマークする。

「・・・・・この妄想対策ってなに?」

「え、あっ、防草対策です・・・」

入社2年目の新入社員はまたたく間に真っ赤に染まっていく書類を見てしょんぼり肩を落とした。

一通り目を通して返した書類は付箋まみれになっていた。受け取った後輩が早速訂正に戻ろうをするその背中に、主任と呼ばれた男性は優しく声をかける。

「昨日よりだいぶ良くなった。作ってから一回休憩して。落ち着いて読み返せばミスもなくなるから」

「・・・はい!」

ホッと息をついて元気よくデスクにもどっていく後輩を温かい目で見守り、彼は自分の仕事にとりかかった。





「ねえ、聴いた?主任の噂」

休憩室は昼休みともなれば噂好きの社員の溜まり場だ。今日も社内のゴシップネタを引っ提げて数人の女性社員が集まっていた。

「なになに~?」

「主任がどうしたの?」

二課には現在2人の主任がいるが、彼女たちの現在の噂の的はもっぱら一人の男性だ。案の定ギラギラと目を輝かせて女たちは顔を突き合わせる。

話を振った女性社員がキョロキョロとあたりを見回し、他に人がいないことを確認すると、小声でささやいた。

「・・・ミヤコがこのあいだ書店でね、主任を見かけたんだって。それで気づいたんだけど、薬指に指輪してたんだって!」

「えっうそ~!」

「やだぁ私来週ご飯誘おうと思ってたのに!」

「失敗した~!っていうかどこの女!?うちの人間!?」

「それがわかんなかったんだってさ~、見失っちゃって。はぁ、うちの会社でも独身有望株だったんだけどなぁ」

「ホントホント~。大人しくて優しいけど草食系っていうのとは違うし」

「仕事とか実はかなりデキるよね。あれは一気に出世するタイプ」

「相談したらすごい親身になって聞いてくれるんだよね~。見た目より包容力がある感じ?」

「けっこうワガママ言っても許しちゃうタイプ」

「っていうか顔が小さい!私より小さい!横に並べない!」

「意外と背は高くないよね。スタイルいいから高く見えるのかも」

「でも優しいだけじゃなくてさ、怒るときはちゃんと怒るし」

「あたし怒られたことある」

「そりゃそうでしょ、主任っていったってあんたのチームがやってるの河和産業の仕事なんだから相当デカいんでしょ?あんなポジション、28で任されないよ普通」

「ああ~聞けば聞くほど惜しい!マジでどこの女!」

「君たち、ちょっといいかな」

突然背後から声をかけられ、彼女たちはいっせいに振り向いた。そこにはまさに今噂していたところの主任が立っている。

女性たちは小さな悲鳴をあげて一斉に口を塞いだ。

「やだ松森主任!」

「今の聞いてました!?」

きゃあきゃあとかしましく騒ぐ彼女たちに松森はにっこり微笑みかける。

「会話の内容は聞こえなかったよ。それよりほら、そろそろ昼休み終わるから知らせようと思って」

「あ、ホントだぁ。すぐ行きます~」

「そうだ主任~、今夜課のみんなで飲みに行きませんか?河和産業さんの案件も一段落しましたし」

「ありがたいけど、今日は早く帰らないといけないから。俺がおごるから今度みんなで行こう」

「わかりました~、きっとですよ~」

オフィスに戻っていく松森の後ろ姿を眺めながら、各々もう一度大きなため息をつく。

「あぁ~やっぱ素敵・・・」

「何?紳士?紳士なの?」

「結婚した~い」

「バカ、アレは家でカノジョが待ってんだっての」

「やっぱりそうかぁ、恨めしい・・・」

午後の開始時間になってからも、女性たちの恨めしオーラが課のなかを漂っていた。
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