どうしてこんな拍手喝采

ソラ

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能ある鷹は爪を隠す

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「冰澄!ちょっと落ち着いたしスピード落としていいよー」

「あ、はい」

誓先輩に言われた通り少しスピードを落とした。

……まだ話してる。

楓さんはまた政宗さん達と話してる。
政宗さんは表情をほとんど出さないけど今はすごく楽しそうに感じた。


やっぱり疎外感が拭われない。

政宗さんは俺をすごく…甘やかしてくれてるような気がする。自惚れてるみたいで複雑だけど、俺はそう感じた。

でも政宗さんは俺なんかとかまってる暇なんてなくて、今みたいに楓さんみたいな大人な女性と話すべきだし、付き合うべきだと思う。

俺は世に言う欠陥品なのだ。自分でも自覚している。

叔父さんにもよくいわれた。

俺は……



「ねぇねぇお兄ちゃん!」

不意に高い声が聞こえて、顔を上げた。
そこには、まだ4、5歳くらいの男の子が少し高いカウンターテーブルに腕を置いてこちらを見ている。
その視線は俺の手元だった。

「…どうかした?お母さんとはぐれちゃった?」

「ううん、ママはトイレ」

「そっか」

「お兄ちゃん今花作ってるの?」

少年のいう花とは人参で作る花のことだろう。確かに手元の包丁で作っている。

「そうだよ。」

「ぼくね、普通の人参嫌いだから食べれないけど花なら食べれるよ」

「どうして花の時はたべれるの?」

「だってお兄ちゃんみたいにつくってるひとが、いっしょーけんめいに切ってるんでしょ?」

単純で素直な言葉に俺は少し戸惑った。子供はそんな風に思ってるんだなと、思わされた。

「だから食べるの」

「りゅうくんー。行くわよー」

「あ、ママ!…じゃあねお兄ちゃん!!」

「……うん、じゃあね」

母親に手を引かれ店を出ていった少年の後ろ姿を見た。

俺はあんな風に生きたことなんて一度もなかったのかな、って考えたら、一度くらいはあった。

"「冰澄、帰ろうか」"

俺は誰かの一番になることはない。政宗さんの一番にもなれない。

"「今日は、冰澄、ご機嫌だね。」"

手を引く彼と政宗さんは少し似てる。俺の手を引く彼もよく楓さんみたいな大人な女性と話しては笑っていた。
俺に見せたことないような楽しそうな笑みを浮かべていた。愛おしい笑みを俺に向けることはあっても、すべての笑みを浮かべることはなかった。

"「冰澄、ごめんな。」"

シンクに片手をついてもう片手で口を押さえた。

寂しい気持ちは拭えない。
一人になる恐怖を知っている。
誰も助けてくれない事実も知っている。

視界が黒く揺れだした。
しゃがみ込めば、楽しそうな政宗さんが見えなくなって少し気持ち"は"、楽だった。
それでも体は重くなる一方だった。

"「冰澄、ごめん……ごめんな」"

何かをもらうことも、優しい言葉も欲しくなかった。俺と政宗さんの差を思い知らされる日が来ることを知っていたから。

片手をシンクにかけたまま、厨房の地面を見つめた。

「冰澄……?冰澄!大丈夫か?」

誓先輩が俺に気づいて駆け寄ってきてくれた。

「奥行こう、顔真っ青だ。」

「……」

無言で頷いて、先輩に支えられながら立ち上がった。

辛い。自分が誰にもなれないことが。

「大丈夫か?」

従業員用の休憩室で椅子に座ってゆっくり深呼吸をした。

「すみません……」

「いいって。梅ちゃんには言っとくから。ちょっと休め。な?」

「すみません」

「気分悪かったら横になっとけよ」

先輩に小さく笑みを浮かべてから頷いた。

扉の閉まる音と同時に息を吐き出した。
休憩室のテーブルの上には灰皿、その上に数本のタバコ、その横に見知った銘柄のタバコ。

「同じ銘柄だ」

梅さんのものか誓先輩のものかわからないけど、この銘柄はよく知ってる。

"「俺と冰澄の差は大きい。全く違うんだよ。」"

タバコを吸いながらつぶやいた、"近所のお兄さん"の顔はその時よく見えなかった。俺を幼稚園まで迎えに来てくれたのも、護身術教えてくれたのも、怪我の手当てをしてくれたのも全部"お兄さん"だった。

高校生なのにタバコを吸ってる人。タバコの臭いが染み付いてた。

「どこ行っちゃったんだろ」

ゆっくりと深呼吸してからソファに寝転がった。

「冰澄ー、大丈夫か?」

「梅さん、すみません、休んで」

「いいって、顔色少し悪いな。お前もしかして無理してきたのか?」

俺は梅さんの言葉に首を振った。

「……昔のこと思い出したんだな。」

梅さんにはいろいろあって俺の家庭環境などは話していた。梅さんは小さく笑い頭を撫でてくれた。

「あー!!梅ちゃんずっる!俺も冰澄撫でる!」

「お前厨房だろ、なんでいんだよ」

「なんか冰澄に客」

誓先輩はくいくいっと親指で自分の後ろを示しながら俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き撫でた。

「すみません、その方にあまり触らないでいただけますか」

「き、北谷さん」

「冰澄の知り合いか?」

梅さんは俺に聞きながらも北谷さんを見ていた。その目はなんとなくするどい。

「冰澄さんの身の回りの世話をしてるものの部下です。」

「……身の回りの世話?」

「え、冰澄あのヤクザっぽい恋人仮と一緒に暮らしてんの?」

「……はぁ?」

誓先輩の言葉に梅さんが顔をしかめて北谷さんをにらんだ。北谷さんは賢そうで、梅さんは若干男らしくていかつい。正反対の二人がにらみ合った。

「見た所、恋人仮っていうのは女じゃないな」

「……それが何か」

「お前らもあれか、あの糞男の借金チラつかして冰澄のこと脅してんのか?」

「う、梅さん!」

俺はつい梅さんの名前を叫んだ。

「脅してようが脅してまいがてめぇに関係ねぇだろ、首突っ込んでくんな」

いつも冷静な北谷さんから発せられた言葉とは思えない言葉に俺は固まった、すごく低い声で眉間にシワが深く刻まれていた。

「悪いがそれは無理だ。お前らみたいなやつもうこりごりなんだよ。冰澄に関わらんでくれ」

「あ゛?まるで保護者だな。この件に関しては双方同意の上だ。てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇよ」

「双方同意の上だぁ?冰澄は優しいだろ?冰澄の誠意は綺麗だろ?てめぇらそれに入り込んでるだけじゃねぇか!!!」

ガンっと大きな音が響いた。梅さんが蹴り倒したパイプの椅子は足の部分が折れている。

梅さんの怒鳴り声と北谷さんの怒声が耳を襲った。梅さんが北谷さんの胸ぐらをつかんだ。

"「クソガキが!」"

…あぁ…。

地面から足が浮く感覚がした。叔父さんの腕が俺の胸ぐらを掴んでる。幾分体が軽いのは何故なのか。

"「きたねぇんだよ。死ねクズが!」"

あ…。

体が軽いのは俺が小さいからか。少年だから。子供だからか。

でもそれは今ではないので、あまり、"心"は何も思ってないみたいだった。

心と体は時々反比例する。

「ぁ……」

「おい、梅ちゃ…!!冰澄!!」

後ろ倒れかけた体を先輩が腕を掴んで止めてくれた。それでも心臓は激しく動いている。
俺に気づいたのか、梅さんと北谷さんの怒声が止んだ。

「冰澄、こっち見ろ」

「…ぁ…せんぱ、」

「おう、俺だ。よし大丈夫だな」

先輩の声とともに耳鳴りが耳をかすめた。



「ちょっとちょっとなにこの状況っ!?」

ひときわ甲高い声が響いた。
戸を開けて、部屋の中をの惨状に驚いた楓さんの声だった。

「ああ…楓…、なんでもねぇよ。ちょっと色々な。」

「なんでもなくないじゃん。冰澄くん大丈夫?かなり顔色悪いけど……政宗が冰澄冰澄ずっと言っててうるさいから連れてきたんだけど…」

"政宗"、って言った。やっぱり二人は知り合いで、それも結構深い仲なのだろう。
楓さんの顔を見る勇気がなくて俺は俯いた。

「ちょっと外の空気吸う?北谷と店長が喧嘩でもしたんでしょ」

「楓……お前知り合いか?」

「ちょっとね。店長はまた過保護してたんですか?」

「過保護、間違ってはねぇけど。」

「待って待って……まずそいつらマジでなんなの?」

俺は誓先輩が北谷さんと…たぶん政宗さんを指差すのを横目で見た。

「……説明は後だ。片桐、冰澄を車まで連れてけ。」

「はい。」

「そのまま車で待機しとけ」

「はい。…冰澄さん動けます?」

片桐さんが目の前まで来て俺の顔を覗き込んだ、"心"は大丈夫なのに、体は言うことを聞かなかった。
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