汚れた水

13話

しおりは加賀美に再び会ったとき、彼の一言一言が妙に胸に響いていた。その日、しおりは少し気合を入れて外出し、普段よりも少しだけ化粧を丁寧に施していた。鏡の前で準備を整えながら、「少しは彼に変化を感じてもらえるかもしれない」と期待していた。
加賀美に会った瞬間、彼の目が自分の顔をちらりと見て、しおりは少しドキドキした。すると、加賀美は予想外の言葉を口にした。
「前に見た時よりも、肌が良くなっている気がするね。何かやったのか？」
その一瞬、しおりは心の中で小さくガッツポーズをした。彼の冷たい目線の中で、ほんの少しでも自分の努力を認めてもらえたような気がして、嬉しさがこみ上げてきた。
「ありがとう…ちょっと、肌に気を使っているんです。」
しおりは微笑んで答えたが、その笑顔の裏で、ほんの少しだけ心が温かくなっていた。加賀美に褒められるなんて、これまでにないことだ。何度も否定されたり無視されたりしてきた自分には、彼の一言が思った以上に響いた。
だが、次の言葉が彼の本性を見せる瞬間となった。
「でも、ちょっとぽっちゃりしたんじゃないか？」
加賀美は言った。まるで普段通りの冷静な口調で、でもその言葉はまるで無邪気な観察のようだった。
しおりはその一言で、急に自分の体が気になり始めた。加賀美が指摘したとおり、確かに最近、食べる量が増えていたし、運動不足で体重も少し増えていた。しかし、そんなことを彼に言われると、心の中で何とも言えない嫌悪感が湧き上がった。
「ぽっちゃり…」
その言葉が、しおりにとっては予想外の一撃となった。彼の言葉を冷静に受け止めることができず、思わず表情を硬くしてしまった。たしかに、加賀美が言う通り、少し太ってきたことを自分でも感じてはいた。だが、そんなことを指摘されたくはなかった。
「痩せればいいんじゃない？」と加賀美は軽く言った。その一言が、しおりの胸に重くのしかかった。
見た目と自己評価
しおりはその瞬間、自分の内面と外見に対する自信が揺らぐのを感じた。最初に化粧品を買って自分を美しく見せようとしたとき、彼に見返すためだった。しかし、今はその美しさすら彼の評価基準の一部に過ぎないことを思い知らされていた。
「前に見た時よりも、肌が良くなっている気がする。」
確かに、あの言葉は嬉しかった。自分が努力した成果を少しでも認めてもらえた気がした。けれど、次の「ぽっちゃり」という言葉が、その良い気分を一瞬で壊した。
しおりは鏡の中の自分を見つめた。確かに、最近は少し疲れているせいもあって、体形が変わったことを実感していた。でも、加賀美に言われると、なんだか全てが無力に感じてしまう。
「私は、ただ彼に認めてもらいたいだけなのか？」
そう思うと、なんだか自分の動機が薄っぺらく感じてきた。加賀美の言葉に振り回されることに疲れ、ふと立ち止まった。自分は本当に、彼の評価に縛られたくてこんなことをしているのだろうか？
内面的な変化
その日、しおりは帰宅後、改めて考えた。これまでの自分が、どれだけ加賀美や他人の評価に依存してきたのか。それが果たして自分の本当の姿だったのだろうか。鏡の中の自分が、加賀美にどう見られているかでしか評価できないような自分に、少し嫌気がさしてきた。
「ぽっちゃりしているから、痩せればいい」と加賀美が言ったその一言が、逆にしおりに新たな気づきをもたらした。彼のような人に振り回される必要はない。確かに外見を磨くことは大切かもしれないが、それが自分の価値を決めるものではないはずだ。
しおりは、今までの自分を振り返り、心の中で静かに決意を新たにした。外見だけでなく、内面をもっと強く、しっかりと鍛えよう。そして、加賀美のような男に自分の価値を測られることはもうしない。
自分を取り戻す
次に加賀美に会ったとき、しおりは以前とは違う自分でいることを決めた。見た目にこだわることも大切だが、それ以上に重要なのは自分の内面の強さを持つことだ。加賀美の言葉に左右されることなく、自分を大切にすることが、最も重要だと気づいたからだ。
「私は、私自身を大切にする。」
そう心の中で呟きながら、しおりは新たな一歩を踏み出す準備を整えた。加賀美にどう思われるかではなく、自分がどう生きるか。それが、彼女がこれから取り組むべき本当の課題であり、目指すべき未来だった。