汚れた水

谷町ミネ

文字の大きさ
上 下
9 / 26

9話

しおりを挟む
しおりは工場計画を進める中で、思わぬ方向に事が進んでいくことを感じていた。彼女が立ち上げようとしている工場は、確かに水問題を解決する大きな手段になるはずだった。しかし、村から少しずつ人々が出て行くという事態が、思いがけず彼女の前に立ちはだかっていた。
最初は、村を離れるのは一部の家族だけだろうと思っていた。だが、次第にそれは広まり、多くの村人たちが「新しい生活を求めて」村を去っていった。家族単位で都市へ向かう者、遠くの土地に仕事を見つけに行く者。理由は様々だが、どの村人も、未来に対する希望が薄れ、村に残ることへの不安が募っていた。
「しおりちゃん、もう我が家は限界だよ。水がきれいでも、仕事がないとどうしようもない。工場ができても、どうせ私たちの生活が変わるわけじゃないんだ。」
ある日、しおりは村の老夫婦にそう言われた。彼らは、少しでも希望を感じて残ろうとしたが、ついに限界を感じて都市へ向かう決断を下した。
そして、次々に村の他の家庭がその後に続いた。工場建設が本格化する前に、もはや村を去る者が増えていくばかりだった。
村の空気が変わる
しおりはその事態に驚き、そして焦りを覚えた。村から人々がいなくなることは、単なる人口減少の問題にとどまらない。これまで一緒に過ごしてきた村人たちが、彼女の計画を待っている間に去っていくことで、彼女の目指していた未来が、どんどん遠のいていくような気がした。
工場が村に導入されれば、それが仕事や雇用を生み出し、村が活気づくはずだった。しかし、人々はその「未来」を信じてくれず、少しでも自分の生活を改善するために、今すぐにでも村を出ようとしている。工場ができる前に、村に残る意味を見いだせないのだ。
しおりはついに、村の広場に集まる少数の村人たちに向かって口を開いた。
「みんな、どうしてこんなに急いで去っていくんだろう。私が工場を作って、みんなのために水をきれいにして…それが、村の未来を変えるって思っているんだ。」
しかし、村人たちの反応は冷ややかだった。
「しおりちゃん、君の考えは素晴らしい。でも、今のままじゃ何も変わらないんだ。水道ができても、それだけじゃ家族を養っていけない。新しい生活を始められる場所に行けば、きっともっと良い未来が待ってる。」
「工場ができても、結局はお金持ちしか恩恵を受けないんじゃないか? だって、あんたも今、あんなに警備員を置いてるじゃないか。」
村人たちの声は、しおりの理想に対する疑念と不安を露わにしていた。彼らにとって、しおりが描いている未来のビジョンが現実味を欠いていることを、彼女は痛感した。
移住の波と新たな決断
その晩、しおりはひとり、村の空っぽになりつつある広場を見つめていた。空が暗くなり、薄明かりが遠くの家々を照らしている。風が静かに吹き抜ける中、しおりは自分が今、村の中で何をしているのか、どうしてこれほどまでに人々が去っていくのか、深く考え込んだ。
「私は間違っていたのか…?」
工場の建設が、確かに水の問題を解決する手段には違いない。しかし、村の人々が求めているものは、必ずしも物質的な豊かさや未来の「希望」ではなかったのかもしれない。彼らは今すぐにでも生活が安定し、毎日を安心して過ごせる場所を求めているだけなのだ。
しおりは、一度冷静になり、自分の計画を再考する必要があると感じた。工場の建設が、村の未来を本当に変えるのか、それとも単に一部の人々に利益をもたらすだけのものになるのか。そのことを、もう一度考え直さなければならない。
そして、しおりは次の朝、再び村人たちに会いに行った。今度は、工場建設の話をする前に、まず彼らの声を聞こうと決めた。
「みんなが何を必要としているのか、どんな未来を望んでいるのかを、私も理解したい。」
しおりは、工場や水道の話ではなく、村人たち一人ひとりの声を聞くことから始めようと決めた。少なくとも、彼らが本当に求めているものが何かを知ることが、次のステップに繋がると感じたからだ。
村の未来を決める時
しおりが目指すべき道は、ただ水をきれいにすることではない。村人たちが安心して暮らせる環境を作ること、そして彼らの心に希望を取り戻すこと。それが、彼女にとって本当の「未来を変える」方法であると、しおりはようやく気づき始めていた。
村を去る者たちを止めることはできなかったが、今ここに残っている人々とともに、別の形で新しい未来を築いていく決意を固めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...