短編集

谷町ミネ

文字の大きさ
3 / 4

歯医者と笑顔

しおりを挟む
 玲子は久しぶりに歯医者にやってきた。鏡で気づいた虫歯らしき黒い点と、少し痛みを感じるたびに「そのうち行こう」と思ってはいたが、忙しさにかまけて半年も放置していたのだ。

 待合室に座っていると、隣に座る小さな女の子が、母親の手を握りしめて「こわい」と泣きそうな顔をしていた。玲子は微笑んで、「大丈夫よ、怖くないわよ」と声をかけたが、内心では自分も同じように感じているのだった。大人になっても歯医者はどこか怖い場所だ。

 しばらくして名前が呼ばれ、診察室に入ると、若くて優しそうな女性歯科医が待っていた。「こんにちは、玲子さん。今日はどうされましたか?」

 「ええっと…ここに黒い点があって、ちょっと痛むんです」

 歯科医は丁寧に診察を始めた。ライトが眩しい中で、玲子は少し緊張しながら口を開けた。やがて歯科医が柔らかい声で言った。

 「なるほど、少し虫歯が進んでますね。でもご安心ください。今しっかり治療すれば、問題ありませんから」

 玲子はほっとした。治療が進む中、歯科医の温かい励ましや、痛くないようにと配慮する細かな気遣いが心に染みた。どこか冷たいイメージを持っていた歯科という場所が、思っていたよりも優しく感じられた。

 治療が終わると、歯科医は言った。「これで大丈夫ですよ、きれいに治りました。次は半年後に来て、定期検診をしましょうね」

 玲子は、思わず笑顔で「ありがとうございました」と言った。診察室を出るとき、鏡の前で口元を見てみる。治療された歯が白く輝いていて、久しぶりに心からの笑顔がこぼれた。

 その時、先ほどの女の子が母親に連れられて、玲子の隣に来ていた。玲子は軽く手を振り、「怖くないから大丈夫だよ」と声をかけた。その笑顔が伝わったのか、女の子も小さく頷き、治療室に向かって歩き出した。

 家に帰る道すがら、玲子はふと思った。歯医者に行くのは怖かったけれど、治療を受けたことで安心と自信が生まれたように感じる。そして、何よりも、あの女の子のように、自分もまた前に進む勇気を少しもらったような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。

桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。 それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。 でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。 そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です* 最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

稀代の悪女は死してなお

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「めでたく、また首をはねられてしまったわ」 稀代の悪女は処刑されました。 しかし、彼女には思惑があるようで……? 悪女聖女物語、第2弾♪ タイトルには2通りの意味を込めましたが、他にもあるかも……? ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

処理中です...