短編集

谷町ミネ

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歯医者と笑顔

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 玲子は久しぶりに歯医者にやってきた。鏡で気づいた虫歯らしき黒い点と、少し痛みを感じるたびに「そのうち行こう」と思ってはいたが、忙しさにかまけて半年も放置していたのだ。

 待合室に座っていると、隣に座る小さな女の子が、母親の手を握りしめて「こわい」と泣きそうな顔をしていた。玲子は微笑んで、「大丈夫よ、怖くないわよ」と声をかけたが、内心では自分も同じように感じているのだった。大人になっても歯医者はどこか怖い場所だ。

 しばらくして名前が呼ばれ、診察室に入ると、若くて優しそうな女性歯科医が待っていた。「こんにちは、玲子さん。今日はどうされましたか?」

 「ええっと…ここに黒い点があって、ちょっと痛むんです」

 歯科医は丁寧に診察を始めた。ライトが眩しい中で、玲子は少し緊張しながら口を開けた。やがて歯科医が柔らかい声で言った。

 「なるほど、少し虫歯が進んでますね。でもご安心ください。今しっかり治療すれば、問題ありませんから」

 玲子はほっとした。治療が進む中、歯科医の温かい励ましや、痛くないようにと配慮する細かな気遣いが心に染みた。どこか冷たいイメージを持っていた歯科という場所が、思っていたよりも優しく感じられた。

 治療が終わると、歯科医は言った。「これで大丈夫ですよ、きれいに治りました。次は半年後に来て、定期検診をしましょうね」

 玲子は、思わず笑顔で「ありがとうございました」と言った。診察室を出るとき、鏡の前で口元を見てみる。治療された歯が白く輝いていて、久しぶりに心からの笑顔がこぼれた。

 その時、先ほどの女の子が母親に連れられて、玲子の隣に来ていた。玲子は軽く手を振り、「怖くないから大丈夫だよ」と声をかけた。その笑顔が伝わったのか、女の子も小さく頷き、治療室に向かって歩き出した。

 家に帰る道すがら、玲子はふと思った。歯医者に行くのは怖かったけれど、治療を受けたことで安心と自信が生まれたように感じる。そして、何よりも、あの女の子のように、自分もまた前に進む勇気を少しもらったような気がした。
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