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僕たちは青春を余らせる

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 勝手に切られたリボンの端は、小指に巻き付けるには丈が足らなかった。

 高校一年の時のクラスは最悪だった。学級崩壊、それ以外の何の言いようもなかった。いや、単純な学級崩壊とはまた違ったかもしれない。不良がいるわけでもない。授業ができないわけでもない。教師だってまともだった。ただ、最悪だった。僕はもう、二度とあんな青春とかいう饐えた匂いのする瞬間に戻りたくなんかない。嫌になる。

 でも、そんな世界は急に終わった。高校一年生、最後の期末テスト前日。とあるウイルスを以て、学校は閉鎖された。僕たちは急に、あんなに嫌いだった学校に行かなくて良くなった。

 正直、嬉しかった。なんて自分は浅ましいんだろう。世界にはそのウイルスのせいで亡くなった人や、大切な人を亡くした人がいるのに。苦しんだ人たちが、大勢いるのに。そんな事を思う自分が嫌いだった。

 でも、どうしようもなく嬉しかったんだ。だってもう、ベッドの上で、夜寝る時に泣かないですむのだ。明日が来なければいいのにって、思う事がなくなったのだ。僕を馬鹿にして笑う学級委員の顔にも、僕をいびる事で鬱憤を晴らしている体育教師の顔にも、怯えなくてすむのだ。今だって、泣いている。教室ではあんな澄ました顔をして、夜になってからこんな事を思う自分が、ずっとずっと、惨めなのだ。

 だから、嬉しい。急に空から怪獣がやってきて、僕を救ってくれたのと同じ事。そうだ、そうだって、思ってる。それなのに、何故だろう。どうしてこんなに、息がしづらいんだろう?

 多分、本当は違うのだ。苦しいのだ。狭い部屋に閉じ込められて。だから、自分で納得できる理由を適当に作って、その理由で、また自分を貶めている。

 今日もぼくは、自分がくつろぐためのベッドの上でさえ小さくなって、つま先を擦り合わせ、両の手のひらで自分をゆっくり抱きしめた。そうすると、息が詰まって、目の奥が熱くなった。がたがたと、震える。

 なんで僕は、こんなになってまで生きているんだろう?自分の感情の中でまで、他人を気にしている。そんな自分が嫌いだった。

 自分を縛っていた螺旋のリボンが急に切られて、宙ぶらりん。

 ふと、切れ端が落ちてきた。自分を縛っていた、大嫌いな『それ』だ。捨てればいい。なのに、捨てられない。でも、その切れ端を大事に大事に握っていたのは、僕だけじゃなかった。

 ゴールテープ、赤い糸、センターリボン。そういうものの、端切れの雨の中。

———ただ、君が立っていた。

「なんで、私たちが青春を嫌いにならなくちゃいけないんだろう」

 ゆらゆら、揺らめいた。その瞳の奥を拭えずにいる。

「なんで私たちが捻ねて、卑屈にならなきゃいけないんだろう」

 振り向いた。多分、燃えていた。

「なんで、あんな奴らのために、私たちが嫌な奴らにならなくちゃいけないんだろう」

 壊すなら。本当の意味で、全部壊してほしかった。僕の腕を引っ掛けているリボンなんかじゃなくて、この、立っている地盤ごと。

「———そう、思わない?」

 『彼女』——青景一誠は、そう言った。マスクを外した彼女の顔を、初めて見たような気がした。きっと、そんな訳ないのに。彼女は間違いなく、その一撃ちだけで僕の世界を台無しにしていった。台無しに、してくれた。

 体育館の、舞台袖。埃が陽光に照らされて、ちらちらと瞬いて。

 また、遠くの方から饐えた香りが漂いはじめた。
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