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婚約披露パーティー編

手作り

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実家の僕の部屋の床には全面にカーペットが敷いてあって、完全土禁だ。その為、部屋に入る時は扉横に設置した靴箱に履いている靴を入れてもらう事になっている。
僕は面倒くさいから立ったまま靴を脱いじゃうんだけど、ファルクはお行儀良く靴箱の横に設置してあるスツールに座って靴を脱いでいた。
ちなみに兄様と母様は僕と同じく立ったまま脱ぐ派で、姉様と父様と使用人のおばあちゃんは座って脱ぐ派だ。父様はワイルドな見た目の割に意外と上品なのだ。
身内とファルク以外の人はこの部屋に入った事が無いから、どっちが多数派なのかは分からない。
ほら……そこまで親しい友達、居なかったからさ。ぐさり。

なんだか無駄に心にダメージを負いながら、僕は何ヶ月か振りに自室に入った。
扉のすぐ近くに置いてある照明用の魔石に魔力を込めて、部屋の真ん中へと放り投げる。
魔石は淡く発光しながらふよふよと浮かび上がり、ある一定の高さで止まると、暖かみのある光で室内を照らした。
久しぶりだというのに、部屋には埃一つ無く、空気も澱んだりしていなかった。
おばあちゃんがいつも掃除をして、換気をしてくれているのだろう。明日会ったらお礼を言わなきゃ。

当初の予定であったうちの家族への挨拶は早々に終わった。その代わり次に始まった婚約披露パーティーの作戦会議は長い時間続き、先程ようやく一区切りついて解散となったのだ。
窓の外ではもうすっかり月が夜空を照らしていた。

「レイルの部屋に入るのなんか久しぶりな気がするな」

ファルクは部屋を見回してから感慨深そうに目を細めると、中央に置いてあるテーブルの近くに腰を下ろした。僕も隣に腰を下ろしたが、すかさず引き寄せられてファルクの脚の間へと移動させられた。
後ろから抱き締められて、ファルクの鼻先が僕の後頭部に埋まる。そのまますーはーと深呼吸。

こいつ本当にこの体勢好きだな。
……やっぱり挨拶で多少疲れたのかな。

僕は苦笑しつつも、ごろにゃーんと身体をファルクに預けた。好きなだけ吸ってくれたまえよ、ご主人様。

「入学する前だから、一年以上前かな?」

そう思うとなんだか不思議な感じだ。たった一年ちょっとで、僕らの関係は大きく変化した。
ただの幼馴染から、婚約者に。
この部屋に居るとただの幼馴染だった頃の印象がより強くて、少し照れ臭くなってしまう。

「今は婚約者だから、前はしたくても出来なかった事が出来るのが良いね」

髪を吸うのに満足したらしいファルクに今度は唇を吸われた。
触れるだけの優しい口付け。
顔が離れて行く途中、こめかみにも口付けられた。
僕は黙って俯いた。

気持ちが通じ合ってからファルクと何度もキスをしたが、僕はどうにも慣れる事が出来ず、こう、良い感じの反応を返せないでいた。
というかキスという行為そのものより、する前やした後の甘ったるい空気に照れがある。
何がトリガーになっているのか分からないが、ファルクは急にそういう雰囲気を出してくるので、気持ちが追いつかなくて困る。
特に今は子供の頃から過ごした自室だし、余計に恥ずかしい。

別にキスが嫌な訳でも、甘ったるい雰囲気も嫌じゃないんだ。ただ僕みたいなのがそういう事をしているのが恥ずかしいだけで。

いつまで経ってもこんな調子ではそのうちファルクに呆れられてしまうかもしれない、と僕は密かに危惧していた。

とりあえず僕はこの甘ったるい雰囲気をどうにかする為に、話題を変える事にした。

「婚約披露パーティーって、大変なんだな。母様があんなに取り乱すと思わなかった」

ファルクは僕の露骨な話題転換に気分を害した様子もなく「うん、そうだね」と柔らかい声で同意してくれた。

「僕はてっきりいつもやってるファルクの誕生日パーティーくらいの規模なのかなって思ってた」
「いつもやってるパーティーって、レイルが毎年やってくれるやつ? ふふ、あれよりはまぁ大きくなるかな」
「ち、違うよ! 僕は参加してないけどちゃんとお客さんが沢山来る正式なパーティーやってるだろ」


僕が毎年やってるパーティーというのは、ファルクの誕生日付近に僕の部屋やファルクの部屋で、小さなケーキとプレゼントを用意して小ぢんまりと開催される二人きりのパーティーの事だ。
妖怪のように張り付いてファルクに恥をかかせてしまったあの誕生日パーティー以来、僕は公のパーティーには出席していない。
……う……思い出したらまた「ワァーーッ!!」と叫びながら床を転げ回りたくなってきた。

「俺としてはレイルが祝ってくれるやつの方が俺の誕生日パーティーって感じするんだけど。……今年もやってくれる?」
「……うん!」

豪華なパーティーも素敵だけれど、僕も二人きりの小ぢんまりとしたパーティーの方が好きだ。

「そうだ、プレゼントはどんな物が良い?」

ダンジョンで稼いだお金と国から頂いた報奨金のお陰で、今の僕はかなりお金持ちなのでなんでも買えると思う。
しかし、それはファルクも一緒だし、なんならどう考えてもファルクの方がお金持ちだ。欲しいものは自分でなんでも買えてしまうだろう。
ファルクは僕がプレゼントした物ならなんでも喜んでくれるとは思うけど、それでもやっぱり使える物をあげたくて悩んでいた。

ファルクは「うーん……」と少し考える素振りを見せた後、ぎゅっと僕を抱き締める腕に力を入れてきた。

「レイルが欲しいって言ったら、困る?」

予想していなかった返答に僕は目を丸くした。
僕が欲しい? 変なの。だって……

「僕はもうファルクのだよ」

婚約発表だって間近だし、卒業後結婚すれば僕はサンブール籍に入る。これからもずっと一緒だ。
僕はふふ、と笑ってファルクの首筋に頭を擦り寄せた。

「……うん。うん、ありがとう。そうだったね、嬉しいよ」

ファルクの手が僕の頭を優しくぽんぽんと撫でる。僕は目を細めた。

「じゃあそうだな……レイルの手作りクッキーが欲しい」
「クッキー???」

意外過ぎて思わず声が裏返ってしまった。
どっから出てきたんだ、クッキー。

「なんでクッキー?」

そんなに好きだったっけ。そもそもお菓子を好む印象があまり無いんだけど……。

「ダメ?」
「いや、良いけど……。知ってると思うけど、僕別にお菓子作るの上手かったりしないぞ。買ったやつの方が絶対美味しいよ?」
「レイルの手作りって所に意味があるんだよ」

うーん。確かに、ファルク相手ならお金で買えるモノより手作りの品の方が希少価値があるのかもしれない。
数ある手作りの中で何故クッキーなのかは謎だけど、折角リクエストしてくれたんだから頑張るか。
……それにしても最近クッキーに縁があるな。もう何年も作ってなかったのに、この短期間で二回も作る事になるとは。
明日おばあちゃんに美味しいクッキーの作り方を教わろうかな。

「分かった。頑張って美味しいクッキー作るよ」
「やった、楽しみだな」

ファルクの嬉しそうな声に、僕も嬉しくなって微笑む。

──お金で買えるモノより手作りのモノ。毎年悩んでいたプレゼント問題の解決の糸口が見つかった気がした。
来年は皿とか、ツボとか作ろうかな。お金持ちってそういうの飾るの好きだし。サンブール邸にもいっぱい飾ってあるし。

「ファルク、僕陶芸習いに行こうかな!」
「……うん? と、陶芸? ……良いと思うよ」

よし、婚約披露パーティーも、誕生日パーティーも準備期間は短いけれど精一杯頑張るぞ。
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