夏の行方。

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3章 消滅と発生

11話 外道が呼んだ混沌

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恐怖のあまり一睡も出来ずにいた舞と麻里は朝から気分が優れずに抜け殻のようになっていた。
夜間も電気を付けたまま過ごしていたため目の不快感があった。2人はあまり会話も無くどんよりした空気が流れていたが、舞は麻里を励まそうと立ち上がった。

舞の「何か食べる?」に救われた麻里は小さく頷いた。食欲がないままに僅かな朝食を食べるとお茶を飲みながら2人向き合った。

舞「夕べのことなんだけどあれって夢かな...?」
麻里「幽霊ってことにしませんか...?」

2人はこれ以上に納得のいく解釈方法が分からずに再び無言の時間が流れた。

「なんかニュースになってたりして...」舞はリモコンを手に取り恐る恐るテレビを付けチャンネルを一通り確認するが昨日のことは一つも報じられていなかった。

(神社に何かあるのかも)
2人は同じことを考えていたがあまりにも現実とはかけ離れた体験はやはり飲み込むことなどできずにいる。

今日も変わらずに日は昇り蝉達の夏も本番を迎え短い夏を歌う。アスファルトを覆う陽炎もより一層夏を演出するそんないつもと変わらない日が繰り返されるはずだが2人の見る景色はガラリと形を変えたように感じていた。

(この夏はきっともういつも見てきた夏ではないんだ)

そう感じると妙に寂しくなり、当たり前に繰り返していた日々が愛しく感じるようなそんな感覚を覚えている。それと同時にマントの女ともう一度会いたいとすら感じていた。

午前中は舞のアパートでゆっくり過ごした2人は午後は少し出かけようとしている。外出の準備をしていると突然外が暗くなった。

「雨降るのかな?」
舞はカーテンを開けてベランダに出ようとした時に空の異変を感じ麻里を呼んだ。雲がどんどん黒ずんでいきあちこちで稲妻が走る。青かった空はまるでバケツの中に塗料を垂らしたかのようにじわじわと紫色に変わっていき、この世の光景とはかけ離れていく様を目の当たりにした2人は心が恐怖に支配され、なす術なく空を絶望視した。

広報が鳴り響き、危険に見えるこの光景を伝えるが伝える側も何が起きているか分からないため足の浮いた言い回しする他なく、緊急車両もあちこち走るが同じく何が起きているか理解できず最適解の対応がまるで分からないでいる。市内全体に雷鳴が轟き、ありとあらゆる照明がチカッチカッと付いたり消えたりを繰り返す。

必死で堪えていた灯りは力尽き、市内全体という大規模停電が発生した。色を示す信号機も力尽き、一瞬にして交通が麻痺していった。


深森山山頂には禍々しいほどに濃い黒煙が上がり始めた。

舞は外に出るのは危険と判断し、すべての窓の施錠を確認しカーテンを閉じた。そしてクローゼットから水や缶詰などの非常食を取り出し、テーブルの上に置くと麻里の頭に手のひらを優しく置いた。



山頂にはマントの2人組の姿があった。


マントの男「とうとう外道が開いた...誤算だったか。あの日ここで自害したアイツ...封印を解いてやがったか。抑え切れるか...」
マントの女「抑えるしかないの」

黒煙からボヤッと現れたのは獄邪。舞と麻里に襲いかかったのと同じ者が数体現れた。
マントの女はすかさずそれを斬り捨てる。一瞬で数体の獄邪を斬り捨てたマントの女は短刀を鞘に収めた。辺りは真っ黒な飛沫と焼け焦げた臭い。

マントの女は目の色も変えずに腕を組んで黒煙立ちこめる外道を見つめる。

マントの男「1人じゃキツそうか?俺もやるか...」
ゆっくりとマントの女と並んだマントの男はマントの内側から両腕を出すと指を鳴らした。両手の拳は青白くぼんやりと発光している。

外道から現れた獄邪は錆び刀を振り上げたがマントの男は仁王立ちで余裕のある佇まいである。獄邪は力強く錆び刀を振り下ろしたタイミングに合わせて刀を拳で殴る。

パーーン!という破裂音と共に獄邪の持つ錆び刀は粉々に砕け散った。そして腹部にめり込むほどの拳は獄邪を吹き飛ばした。山道を転げ落ちた獄邪は数十メートル先で黒煙と共に消えていった。そしてチラッとマントの女の方に視線を流した。

マントの女「見せびらかしてないで早く処理して...間に合わなくなるから」
冷めた目つきでマントの男にそう言い放つと目の前の獄邪の錆び刀をするりするりと避けながら斬り捨てていく。

何体の獄邪を始末しただろうか。外道は徐々に力を失い黒煙も勢いを失うとゆっくりと消えていく。マントの女は真っ黒に染まった刀身をスッと振り下ろすと鞘に収めた。

マントの男「これで全てだ...一回帰るか」

2人は落ち着きを取り戻した山頂を後にしようとした時だった。

ダッダッダッタッ!

北ノ陣高校の制服を着た小柄な生徒が2人の前に現れるとスカートに携えた太刀を鞘から抜き、一目散にマントの女に斬りかかる。

振られた太刀が空を切ると同時にマントの女は女子生徒の懐に入り込んだ。そして一瞬にしてマントから取り出した短刀を女子生徒の首元に当てた。

マントの女「動きは良いけど...真剣を振ることに恐れと迷いがある。それじゃ私は斬れない。」

女子生徒は負けじと再び間合いを取ると間髪入れずに斬りかかる。しかしマントの女はそれを弾くと短刀の頭(持ち手の端部)を女子生徒のみぞおちに打ち付けた。

呼吸が出来ない女子生徒は太刀を落として激しく咳き込んで膝を付いた。マントの女は短刀を鞘に収め女子生徒を見下ろしながら女子生徒に言葉をかける。
「あなたが私に斬りかかって来た時点であなたは死んでいた。だけど私にとってあなたは斬るべき相手じゃないから生きている...」

そう言うとマントの女は女子生徒に背を向けた。女子生徒は場合によっては一瞬で殺されていたのだと技量の差を痛感した。

女子生徒の応援と見られるいくつかの足音を察知したマントの男は女子生徒に声を掛けた。
「強く生きろ。必ずまた会うことになる。」
そして次はマントの女に視線を流す。




「人が来る。帰るぞ...夏美」
こうしてマントの2人組はスッと消えていった。
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