スカーレットオーク

はぎわら歓

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第一部

35 アルバイト

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 緋紗が起きるともうベッドは空っぽで直樹は厨房に行ってしまった後だった。
 朝から気が滅入ってしまい重い気持ちを引きずって緋紗は厨房へ向かった。

  少しは慣れた朝の支度を一生懸命手伝っているうちに緋紗の気持ちも晴れてき、搾りたての牛乳を飲んだころには、もう、くよくよしてはいなかった。
 朝食の用意もでき、いつでもスタンバイオーケーだ。
 客が食堂に集まり始め、直樹が同級生のところへ運んでいく。
また何か話している。
 緋紗も食事を運びながら気になって横目で見てしまう。
 折角忘れていたのにまた気分が沈んできてしまい、客たちがひけるまで鍋を必要以上にピカピカに磨く。

  食堂も厨房もすっかり片付くと和夫と小夜子がやってきて緋紗にテーブルに着くように言った。
 小夜子がエプロンのポケットから緑の和紙の綺麗な封筒を取り出し、テーブルの上に置く。
 「これ少ないけどお給料です」
 「え」
  緋紗は少しびっくりして首を振った。
 「え、って緋紗ちゃんバイトに来たんでしょう?」
  笑いながら小夜子が言った。
 「は、はあ」
  ――そうだった。一応バイトだった。

  一瞬何をしに来たのか忘れていた。
 直樹と一緒に居たいだけで特に考えもせずにやってきてしまったからだ。
 「緋紗ちゃん、受け取ってくれよ?でないと次呼べないじゃないか」
  和夫も笑って言った。
 「ありがとうございます」
  緋紗はありがたく頂戴した。
 更に小夜子が、「これボーナス」と、言って紙袋から赤いベロアのキャミドレスを出してきた。
 「うわあ」
  とても上質でしかもセクシーなドレスだ。

 「緋紗ちゃんの名前にぴったりでしょう?これステージ衣装だったんだけどもうおなかも出てきたし入らないのよねえ。良かったら着て頂戴よ。さっそく今夜にでも」
  緋紗は綺麗なドレスに目を奪われたが、「私になんてもったいないです。似合わないと思いますし……」と、手を振った。
 「あらー。遠慮っぽいのねえ。着たら似合うわよ」
  そう言って小夜子はぽんと袋を緋紗に渡した。
 「そうだよ、緋紗ちゃん。服なんて着たら似合ってくるもんだよ」
 「嬉しいです。ありがとうございます」
  似合うかどうかはわからないがこんなドレスを着られる機会などそうそうない。

 「じゃああとは適当にしてゆっくり温泉にでも入るといいわよ」
 「はい。客室をお掃除したらそうします」
 「じゃあね」
 「緋紗ちゃんありがとう。後はぼつぼつでいいからな」
  ――ありがとうございます。
  厨房に戻っていく二人に心から感謝した。
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