無垢で透明

はぎわら歓

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 目標金額が貯まり、評判の良い病院も見つけてある。いつでも手術できる状況になった真琴は毎日、通帳とカレンダーを眺める。それでもまだ実行することにためらいがあった。身体を変え、戸籍を変えるまで順調にいけば一年くらいだろうか。
会社はどうしようか。真琴の勤める会社はそこそこ名前の知られた大手の会社なので、性別の変更によって退社を余儀なくされるということは案外ないかもしれない。むしろLGBTQに理解がある企業として容認するかもしれない。

「でも、きっと社員からは変な顔されるんだろうな」

 大人しくて真面目な男性社員の真琴が、いきなり女性社員の制服で現れる。どんな地味でぱっとしない男性社員にも優しく声を掛ける事務の内田美彩は、新人の女性社員に対してマウントをとっていることを真琴は知っていた。
そして母親にどう知らせるか、ずっと保留にしてきた。今夜、店に行ってみんなに相談してまた考えようと会社に向かった。

 雨が降っているためか客入りが悪く暇を持て余す。真琴は雑談しているしかないスタッフに慎重に話しかける。

「あの」
「なあに? おなかでもすいた?」

 気さくなアキがあくびをしながら顔を向ける。

「アキさんって手術してけっこう経ちますよね」
「ん? うん、もう十年よ。あら? まさかマコちゃん、とうとう決心がついたのー?」

 退屈そうにしていたアキは目を輝かせて近づいてきた。もう一人のスタッフのジュンとママのリカも何々と真琴に注目する。みんなから注目を集めるのは初めてこの店に勤務するとき以来で、真琴は緊張した。悪いことをしていないのに注目されると居心地が悪い。

「いえ、まだどうしようかって。戸籍とか会社とか……」
「そうねえ。その辺りがねえ。アタシは手術した後転職したからね。戸籍はそのまま」

 アキはずいぶん昔のことのように懐かしんだ。

「手術の前に、マコは男も女もどっちかでも知ってるの?」

 ジュンが不思議そうな顔で尋ねる。

「え……」
「マコってちょっと変わってるわよね。男好きには見えないし、でも女を好きってわけでもないだろうし。なんで手術しようと思ってるの?」

 そう言われて真琴も困った。

「なんでって……」
「えー? もしかってマコちゃんってば、チェリーちゃんなのぉ? アタシ、頂いちゃおうかしら。アハッ」

 アキの発言に真琴は焦ってどもる。

「あ、え、あの、それ、は」

 アキとジュンは二人でキャッキャと盛り上がり、飲み物を作りに立ち上がった。ママのリカがそっと真琴の隣に座り、手を握る。

「マコちゃん。よく考えて。あなた本当はここには縁のない人だと思うわ。アタシたちみんな小さいころから心はオンナなの。男が好きで好きで、だけど自分の身体は好きになれなかった。母親も大っ嫌いで、女の同級生も大っ嫌いだった。裏表があって、陰険で、簡単に謝って、すぐにウソをついて」

 リカは言いながら自分の周囲の女性に対しての嫌悪感をますます募らせるようだった。

「だけど、オンナになりたかったの」
「ママ……」

 リカはそろそろ還暦を迎える。彼女の若い時代は真琴の想像以上に生き辛かっただろう。

「手術を決心するのが遅かったけど、決心してよかったと今は思うの。でもね。マコちゃんはちょっと違うと思う。だから急がないほうがいいわ」

 相談しても決心がつかなかった真琴は客が来ないので早々に帰ることにした。明後日の休日に、葵と会う約束をしているので彼にも聞いてもらうことにした。
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