8 / 11
8 相談
しおりを挟む
目標金額が貯まり、評判の良い病院も見つけてある。いつでも手術できる状況になった真琴は毎日、通帳とカレンダーを眺める。それでもまだ実行することにためらいがあった。身体を変え、戸籍を変えるまで順調にいけば一年くらいだろうか。
会社はどうしようか。真琴の勤める会社はそこそこ名前の知られた大手の会社なので、性別の変更によって退社を余儀なくされるということは案外ないかもしれない。むしろLGBTQに理解がある企業として容認するかもしれない。
「でも、きっと社員からは変な顔されるんだろうな」
大人しくて真面目な男性社員の真琴が、いきなり女性社員の制服で現れる。どんな地味でぱっとしない男性社員にも優しく声を掛ける事務の内田美彩は、新人の女性社員に対してマウントをとっていることを真琴は知っていた。
そして母親にどう知らせるか、ずっと保留にしてきた。今夜、店に行ってみんなに相談してまた考えようと会社に向かった。
雨が降っているためか客入りが悪く暇を持て余す。真琴は雑談しているしかないスタッフに慎重に話しかける。
「あの」
「なあに? おなかでもすいた?」
気さくなアキがあくびをしながら顔を向ける。
「アキさんって手術してけっこう経ちますよね」
「ん? うん、もう十年よ。あら? まさかマコちゃん、とうとう決心がついたのー?」
退屈そうにしていたアキは目を輝かせて近づいてきた。もう一人のスタッフのジュンとママのリカも何々と真琴に注目する。みんなから注目を集めるのは初めてこの店に勤務するとき以来で、真琴は緊張した。悪いことをしていないのに注目されると居心地が悪い。
「いえ、まだどうしようかって。戸籍とか会社とか……」
「そうねえ。その辺りがねえ。アタシは手術した後転職したからね。戸籍はそのまま」
アキはずいぶん昔のことのように懐かしんだ。
「手術の前に、マコは男も女もどっちかでも知ってるの?」
ジュンが不思議そうな顔で尋ねる。
「え……」
「マコってちょっと変わってるわよね。男好きには見えないし、でも女を好きってわけでもないだろうし。なんで手術しようと思ってるの?」
そう言われて真琴も困った。
「なんでって……」
「えー? もしかってマコちゃんってば、チェリーちゃんなのぉ? アタシ、頂いちゃおうかしら。アハッ」
アキの発言に真琴は焦ってどもる。
「あ、え、あの、それ、は」
アキとジュンは二人でキャッキャと盛り上がり、飲み物を作りに立ち上がった。ママのリカがそっと真琴の隣に座り、手を握る。
「マコちゃん。よく考えて。あなた本当はここには縁のない人だと思うわ。アタシたちみんな小さいころから心はオンナなの。男が好きで好きで、だけど自分の身体は好きになれなかった。母親も大っ嫌いで、女の同級生も大っ嫌いだった。裏表があって、陰険で、簡単に謝って、すぐにウソをついて」
リカは言いながら自分の周囲の女性に対しての嫌悪感をますます募らせるようだった。
「だけど、オンナになりたかったの」
「ママ……」
リカはそろそろ還暦を迎える。彼女の若い時代は真琴の想像以上に生き辛かっただろう。
「手術を決心するのが遅かったけど、決心してよかったと今は思うの。でもね。マコちゃんはちょっと違うと思う。だから急がないほうがいいわ」
相談しても決心がつかなかった真琴は客が来ないので早々に帰ることにした。明後日の休日に、葵と会う約束をしているので彼にも聞いてもらうことにした。
会社はどうしようか。真琴の勤める会社はそこそこ名前の知られた大手の会社なので、性別の変更によって退社を余儀なくされるということは案外ないかもしれない。むしろLGBTQに理解がある企業として容認するかもしれない。
「でも、きっと社員からは変な顔されるんだろうな」
大人しくて真面目な男性社員の真琴が、いきなり女性社員の制服で現れる。どんな地味でぱっとしない男性社員にも優しく声を掛ける事務の内田美彩は、新人の女性社員に対してマウントをとっていることを真琴は知っていた。
そして母親にどう知らせるか、ずっと保留にしてきた。今夜、店に行ってみんなに相談してまた考えようと会社に向かった。
雨が降っているためか客入りが悪く暇を持て余す。真琴は雑談しているしかないスタッフに慎重に話しかける。
「あの」
「なあに? おなかでもすいた?」
気さくなアキがあくびをしながら顔を向ける。
「アキさんって手術してけっこう経ちますよね」
「ん? うん、もう十年よ。あら? まさかマコちゃん、とうとう決心がついたのー?」
退屈そうにしていたアキは目を輝かせて近づいてきた。もう一人のスタッフのジュンとママのリカも何々と真琴に注目する。みんなから注目を集めるのは初めてこの店に勤務するとき以来で、真琴は緊張した。悪いことをしていないのに注目されると居心地が悪い。
「いえ、まだどうしようかって。戸籍とか会社とか……」
「そうねえ。その辺りがねえ。アタシは手術した後転職したからね。戸籍はそのまま」
アキはずいぶん昔のことのように懐かしんだ。
「手術の前に、マコは男も女もどっちかでも知ってるの?」
ジュンが不思議そうな顔で尋ねる。
「え……」
「マコってちょっと変わってるわよね。男好きには見えないし、でも女を好きってわけでもないだろうし。なんで手術しようと思ってるの?」
そう言われて真琴も困った。
「なんでって……」
「えー? もしかってマコちゃんってば、チェリーちゃんなのぉ? アタシ、頂いちゃおうかしら。アハッ」
アキの発言に真琴は焦ってどもる。
「あ、え、あの、それ、は」
アキとジュンは二人でキャッキャと盛り上がり、飲み物を作りに立ち上がった。ママのリカがそっと真琴の隣に座り、手を握る。
「マコちゃん。よく考えて。あなた本当はここには縁のない人だと思うわ。アタシたちみんな小さいころから心はオンナなの。男が好きで好きで、だけど自分の身体は好きになれなかった。母親も大っ嫌いで、女の同級生も大っ嫌いだった。裏表があって、陰険で、簡単に謝って、すぐにウソをついて」
リカは言いながら自分の周囲の女性に対しての嫌悪感をますます募らせるようだった。
「だけど、オンナになりたかったの」
「ママ……」
リカはそろそろ還暦を迎える。彼女の若い時代は真琴の想像以上に生き辛かっただろう。
「手術を決心するのが遅かったけど、決心してよかったと今は思うの。でもね。マコちゃんはちょっと違うと思う。だから急がないほうがいいわ」
相談しても決心がつかなかった真琴は客が来ないので早々に帰ることにした。明後日の休日に、葵と会う約束をしているので彼にも聞いてもらうことにした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
7ガツ5カのアナタ
海棠エマ(水無月出版)
現代文学
『2025年7月5日、日本は大災難に見舞われる』
茗がその都市伝説を聞いたのは、高校の同級生からだった。
2020年から2024年の間、成長とともに都市伝説であったはずの話が身近に感じられ始めた彼女の話。
※災害描写はありません。重い内容でもありません。
【全8話】8日間毎日18:00更新
※完結済みのお話です。
コメントお待ちしております。
【新作】読切超短編集 1分で読める!!!
Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。
1分で読める!読切超短編小説
新作短編小説は全てこちらに投稿。
⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。
季節の織り糸
春秋花壇
現代文学
季節の織り糸
季節の織り糸
さわさわ、風が草原を撫で
ぽつぽつ、雨が地を染める
ひらひら、木の葉が舞い落ちて
ざわざわ、森が秋を囁く
ぱちぱち、焚火が燃える音
とくとく、湯が温かさを誘う
さらさら、川が冬の息吹を運び
きらきら、星が夜空に瞬く
ふわふわ、春の息吹が包み込み
ぴちぴち、草の芽が顔を出す
ぽかぽか、陽が心を溶かし
ゆらゆら、花が夢を揺らす
はらはら、夏の夜の蝉の声
ちりちり、砂浜が光を浴び
さらさら、波が優しく寄せて
とんとん、足音が新たな一歩を刻む
季節の織り糸は、ささやかに、
そして確かに、わたしを包み込む
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる