上 下
12 / 15

12 乱

しおりを挟む
 それからは大きな間があくことがなく、ニシキギは屋敷に立ち寄りミズキを安堵させる。しかしその平穏な日々は乱世への序章であったのかもしれない。

「乱がおこった。そなたは実家に戻るがよい」

 いきなり告げられミズキは何がどうなっているのか全く理解ができなかった。ミズキの世界は今やこの屋敷だけである。不確かなうわさが屋敷に迷い込むが、それは自分とニシキギの関係に変化をもたらすものではない故、すでに聞き振り回されることはなかった。

「もうおそばには居られないということですか?」
「……。わからぬ」

 大王の弟、つまりニシキギの叔父がニシキギを追いやり自らが大王の位につこうとしているのだ。

「叔父上はとても進んだ人故、狂人扱いで北へ流されたのだよ」
「進んだ方……」
「うむ。政を行うのは血筋ではなく、有能で正しい在り方へと導けるものがするのだと。私もその意見には賛同している。しかし……叔父はもはやその理想を旨とする御仁ではない。自分の息子を帝位につけたいと躍起になっているだけなのだ」

 初めて政に対する考えを聞く。

「殿は――お立場を捨て、自由になりたいとおっしゃっていませんでしたか?」

 ミズキの問いかけにふっと遠くを見つめる様子をニシキギは見せる。そこへミズキは一抹の不安を覚えた。

「――以前はそうであった。しかし今はこの国を良き方向に導かねばならない――次期、大王として」

 力強く宣言するニシキギは以前の彼と違っている。ミズキに対しては何ら変わりはないが、彼はもう大王としての自覚があるのだ。

「叔父上はもっと思慮深い方であったのだが……。老いのせいだろうか。北の豪族を従え力づくで中央を奪おうとしているのだよ。明日にでも身支度を始めるがよい」

 もはや戦うしかないという覚悟のニシキギにミズキは必死の思いで訴える。

「殿。私は殿と二人で終生、静かに安全に暮らしていけるところを知っております。どうでしょう」
「ふふふふっ。そうできたら良いのであろうな」
「なぜ、戦いを選ぶのです? いっそ叔父上殿にお渡しすればよいでしょう?」
「そなたがそのように意見を述べるとは……。叔父上に帝位が渡ることはすなわち、今の大臣たちの政よりも独裁的になってしまうということなのだ。つまり、地方のものへの課税が数倍になるだろう。苦しむ民が今より増えるのだよ」

 曇った表情を見せるニシキギにもはや進言することはかなわぬとミズキは口をつぐんだ。

「都はもしかすると焼け野原になるかもしれぬ。そちはここから離れるのだ」

 唐突な最後の夜にミズキは血がにじむほど唇を噛み涙を頬に伝わせた。

「すまない。私のわがままでそなたを呼び寄せ、帰すことを……。――恨んでくれても構わない」
「いいえ、いいえ」

 ミズキは涙を頬から振り払うように顔を左右に振り、今までの思いのたけを告げる。

「幸せでございました。たとえもうお目にかかることが出来ずとも、私にとっての生涯で最も幸せな時でありました」

 父と母の逢瀬を想う。死が二人を分かつとも、出会ったことを、結ばれたことを決して悔いることはなく、むしろ幸せであったとミズキは心から思っていた。

「私もだ」

 心から身体ごと結ばれる二人はこの上ない番であると実感したのであった。



 ニシキギに見送られ揺れる牛車に乗り、ミズキはもと来た道を帰る。揺れる御簾の隙間からニシキギの姿を目にやきつけておこうと思い、しかと睨みつけるように見つめたが視界は滲み、彼の持つ扇の鮮やかな緋色だけが目に焼き付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

貴方から逃げます

まる
恋愛
沙羅が10才の時、母親が雨宮家の当主と再婚した。 相手には息子がいるから、跡継ぎは義兄だと決めたうえでの再婚。 それでも周りからは、財産目当てだと言われていたけれど、義父は優しく、両親の仲もよく、私は凄く幸せだった。義兄には嫌われていたけどね。 結婚5年目のお祝いとして、演劇のチケットを贈ったことで、私の人生は狂ってしまった__。

処理中です...