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12 乱
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それからは大きな間があくことがなく、ニシキギは屋敷に立ち寄りミズキを安堵させる。しかしその平穏な日々は乱世への序章であったのかもしれない。
「乱がおこった。そなたは実家に戻るがよい」
いきなり告げられミズキは何がどうなっているのか全く理解ができなかった。ミズキの世界は今やこの屋敷だけである。不確かなうわさが屋敷に迷い込むが、それは自分とニシキギの関係に変化をもたらすものではない故、すでに聞き振り回されることはなかった。
「もうおそばには居られないということですか?」
「……。わからぬ」
大王の弟、つまりニシキギの叔父がニシキギを追いやり自らが大王の位につこうとしているのだ。
「叔父上はとても進んだ人故、狂人扱いで北へ流されたのだよ」
「進んだ方……」
「うむ。政を行うのは血筋ではなく、有能で正しい在り方へと導けるものがするのだと。私もその意見には賛同している。しかし……叔父はもはやその理想を旨とする御仁ではない。自分の息子を帝位につけたいと躍起になっているだけなのだ」
初めて政に対する考えを聞く。
「殿は――お立場を捨て、自由になりたいとおっしゃっていませんでしたか?」
ミズキの問いかけにふっと遠くを見つめる様子をニシキギは見せる。そこへミズキは一抹の不安を覚えた。
「――以前はそうであった。しかし今はこの国を良き方向に導かねばならない――次期、大王として」
力強く宣言するニシキギは以前の彼と違っている。ミズキに対しては何ら変わりはないが、彼はもう大王としての自覚があるのだ。
「叔父上はもっと思慮深い方であったのだが……。老いのせいだろうか。北の豪族を従え力づくで中央を奪おうとしているのだよ。明日にでも身支度を始めるがよい」
もはや戦うしかないという覚悟のニシキギにミズキは必死の思いで訴える。
「殿。私は殿と二人で終生、静かに安全に暮らしていけるところを知っております。どうでしょう」
「ふふふふっ。そうできたら良いのであろうな」
「なぜ、戦いを選ぶのです? いっそ叔父上殿にお渡しすればよいでしょう?」
「そなたがそのように意見を述べるとは……。叔父上に帝位が渡ることはすなわち、今の大臣たちの政よりも独裁的になってしまうということなのだ。つまり、地方のものへの課税が数倍になるだろう。苦しむ民が今より増えるのだよ」
曇った表情を見せるニシキギにもはや進言することはかなわぬとミズキは口をつぐんだ。
「都はもしかすると焼け野原になるかもしれぬ。そちはここから離れるのだ」
唐突な最後の夜にミズキは血がにじむほど唇を噛み涙を頬に伝わせた。
「すまない。私のわがままでそなたを呼び寄せ、帰すことを……。――恨んでくれても構わない」
「いいえ、いいえ」
ミズキは涙を頬から振り払うように顔を左右に振り、今までの思いのたけを告げる。
「幸せでございました。たとえもうお目にかかることが出来ずとも、私にとっての生涯で最も幸せな時でありました」
父と母の逢瀬を想う。死が二人を分かつとも、出会ったことを、結ばれたことを決して悔いることはなく、むしろ幸せであったとミズキは心から思っていた。
「私もだ」
心から身体ごと結ばれる二人はこの上ない番であると実感したのであった。
ニシキギに見送られ揺れる牛車に乗り、ミズキはもと来た道を帰る。揺れる御簾の隙間からニシキギの姿を目にやきつけておこうと思い、しかと睨みつけるように見つめたが視界は滲み、彼の持つ扇の鮮やかな緋色だけが目に焼き付いた。
「乱がおこった。そなたは実家に戻るがよい」
いきなり告げられミズキは何がどうなっているのか全く理解ができなかった。ミズキの世界は今やこの屋敷だけである。不確かなうわさが屋敷に迷い込むが、それは自分とニシキギの関係に変化をもたらすものではない故、すでに聞き振り回されることはなかった。
「もうおそばには居られないということですか?」
「……。わからぬ」
大王の弟、つまりニシキギの叔父がニシキギを追いやり自らが大王の位につこうとしているのだ。
「叔父上はとても進んだ人故、狂人扱いで北へ流されたのだよ」
「進んだ方……」
「うむ。政を行うのは血筋ではなく、有能で正しい在り方へと導けるものがするのだと。私もその意見には賛同している。しかし……叔父はもはやその理想を旨とする御仁ではない。自分の息子を帝位につけたいと躍起になっているだけなのだ」
初めて政に対する考えを聞く。
「殿は――お立場を捨て、自由になりたいとおっしゃっていませんでしたか?」
ミズキの問いかけにふっと遠くを見つめる様子をニシキギは見せる。そこへミズキは一抹の不安を覚えた。
「――以前はそうであった。しかし今はこの国を良き方向に導かねばならない――次期、大王として」
力強く宣言するニシキギは以前の彼と違っている。ミズキに対しては何ら変わりはないが、彼はもう大王としての自覚があるのだ。
「叔父上はもっと思慮深い方であったのだが……。老いのせいだろうか。北の豪族を従え力づくで中央を奪おうとしているのだよ。明日にでも身支度を始めるがよい」
もはや戦うしかないという覚悟のニシキギにミズキは必死の思いで訴える。
「殿。私は殿と二人で終生、静かに安全に暮らしていけるところを知っております。どうでしょう」
「ふふふふっ。そうできたら良いのであろうな」
「なぜ、戦いを選ぶのです? いっそ叔父上殿にお渡しすればよいでしょう?」
「そなたがそのように意見を述べるとは……。叔父上に帝位が渡ることはすなわち、今の大臣たちの政よりも独裁的になってしまうということなのだ。つまり、地方のものへの課税が数倍になるだろう。苦しむ民が今より増えるのだよ」
曇った表情を見せるニシキギにもはや進言することはかなわぬとミズキは口をつぐんだ。
「都はもしかすると焼け野原になるかもしれぬ。そちはここから離れるのだ」
唐突な最後の夜にミズキは血がにじむほど唇を噛み涙を頬に伝わせた。
「すまない。私のわがままでそなたを呼び寄せ、帰すことを……。――恨んでくれても構わない」
「いいえ、いいえ」
ミズキは涙を頬から振り払うように顔を左右に振り、今までの思いのたけを告げる。
「幸せでございました。たとえもうお目にかかることが出来ずとも、私にとっての生涯で最も幸せな時でありました」
父と母の逢瀬を想う。死が二人を分かつとも、出会ったことを、結ばれたことを決して悔いることはなく、むしろ幸せであったとミズキは心から思っていた。
「私もだ」
心から身体ごと結ばれる二人はこの上ない番であると実感したのであった。
ニシキギに見送られ揺れる牛車に乗り、ミズキはもと来た道を帰る。揺れる御簾の隙間からニシキギの姿を目にやきつけておこうと思い、しかと睨みつけるように見つめたが視界は滲み、彼の持つ扇の鮮やかな緋色だけが目に焼き付いた。
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