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7 兄弟・1
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小さいが屋敷はこざっぱりと手入れされ、庭の木々もほどよく季節を感じられる様子にニシキギは満足した。
「しかし、池がないのがうらめしい」
滝に打たれていた娘の姿を瞼の裏に思い起こす。濡れた身体は青白磁のように硬質の美を蓄えていた。
いずれ娘を連れて避暑に水辺にでも参ろうかと親王にあるまじきことを思案しほくそ笑んでいると、ニシキギの静かな空間を打ち破る様に「兄君!」とヤマブキが姿を現せる。
「ヤマブキ、こんなところに……。どうやってきたのだ。誰かに見られでもしたら大変であろう……」
「はははっ、見つかったら私は兄君の振りをするまでですよ」
いたずらっぽい丸い目を見せるヤマブキはニシキギの腹違いの弟である。ニシキギは左大臣の娘、キリを母親に持つが彼女はすでに亡くなっており、やや後ろ盾が弱いが左大臣が健在であるため、長男である彼が皇太子の第一候補となる。一方ヤマブキは右大臣の娘、フヨウを母に持つ。つまりヤマブキは対抗勢力の親王であり、ニシキギに何かあれば彼が皇太子の第一候補に取って代わるのだ。ただ左大臣家と右大臣家の思惑は他所に、この二人は幼少のころから気が合い仲が良かった。競争意識のないニシキギは皇太子の立場をヤマブキに譲ってもよいと思うほどである。
「やっと、兄君も女人に目を向けられたのですか。北の方と西の姫にはあまり関心がないようなのに」
「あの二人は童ではないか。私の後ろ盾を強くするためだとは言え、年端も行かぬ稚児をあてがわれてもな……」
「それにしても、初めてですな。それだけふらふらなさっておいでなのに。今まで誰にも靡かれなかったのに」
「ん……、まあ、そうであるな」
「どんな姫なのか、興味あるなあ」
「ちょっかいは出さないでくれよ」
「はははっ、まさかあ。それはありませんよ」
「なら良いが」
ニシキギと違い陽気なヤマブキには関わる姫君は多く浮名を良く流している。ニシキギの立場よりも少し気楽なためであろうか、右大臣家ではヤマブキの浮ついた態度を良しとしておらず、早々に正妻をきめようと画策しているが、なかなか見合う姫が見当たらず今のような宙づりのような状況になっている。
「そろそろ戻りますよ。兄君は?」
「ああ、もう少ししたら屋敷に戻る」
「では」
ヤマブキも従者を巻いてきているのであろう、あたりを伺うようにそっと姿を消した。ニシキギは苦笑いをして彼の立ち去るさまを見る。
やはり腹違いとはいえ兄弟であるのだなあと実感する。親王としての立場を重々承知していながらも、彼らは権力よりも自由を欲している。大王の立場が国の第一の立場とは言え彼ら兄弟にはむなしく映っていた。
大臣から下々の者までの畏怖の念や尊重を集めているからといってどうなのだろうと、ニシキギは思う。ヤマブキも同様に、父君は奉られた人形なようなものだと辛口なことを言う。確かに実際に国を動かしているのは、大王ではなく大臣たちのようにも見える。その都度、左大臣が有利なのか右大臣が有利なのか変わるだけだ。噂でしか耳にしていないことだが、今の大王が生まれる前に反乱がおこり、政府転覆を狙うものがいたらしい。計画が早々に発覚したようで、中央に被害は少なく、反乱者たちはほぼ処罰され一掃されたようだ。
大王という立場よりも、反乱者たちの意志の方に興味が注がれる。政府が転覆したとて、また新しい政府が興り同じことになっていくだけだと言うのに、なぜ無益な戦いを行うのか。
「私は戦うことがあるのだろうか」
最初から戦いを放棄した精神には、戦おうという意志が沸かないのかもしれないと、ふっと父の大王の瞳を思い出した。
「しかし、池がないのがうらめしい」
滝に打たれていた娘の姿を瞼の裏に思い起こす。濡れた身体は青白磁のように硬質の美を蓄えていた。
いずれ娘を連れて避暑に水辺にでも参ろうかと親王にあるまじきことを思案しほくそ笑んでいると、ニシキギの静かな空間を打ち破る様に「兄君!」とヤマブキが姿を現せる。
「ヤマブキ、こんなところに……。どうやってきたのだ。誰かに見られでもしたら大変であろう……」
「はははっ、見つかったら私は兄君の振りをするまでですよ」
いたずらっぽい丸い目を見せるヤマブキはニシキギの腹違いの弟である。ニシキギは左大臣の娘、キリを母親に持つが彼女はすでに亡くなっており、やや後ろ盾が弱いが左大臣が健在であるため、長男である彼が皇太子の第一候補となる。一方ヤマブキは右大臣の娘、フヨウを母に持つ。つまりヤマブキは対抗勢力の親王であり、ニシキギに何かあれば彼が皇太子の第一候補に取って代わるのだ。ただ左大臣家と右大臣家の思惑は他所に、この二人は幼少のころから気が合い仲が良かった。競争意識のないニシキギは皇太子の立場をヤマブキに譲ってもよいと思うほどである。
「やっと、兄君も女人に目を向けられたのですか。北の方と西の姫にはあまり関心がないようなのに」
「あの二人は童ではないか。私の後ろ盾を強くするためだとは言え、年端も行かぬ稚児をあてがわれてもな……」
「それにしても、初めてですな。それだけふらふらなさっておいでなのに。今まで誰にも靡かれなかったのに」
「ん……、まあ、そうであるな」
「どんな姫なのか、興味あるなあ」
「ちょっかいは出さないでくれよ」
「はははっ、まさかあ。それはありませんよ」
「なら良いが」
ニシキギと違い陽気なヤマブキには関わる姫君は多く浮名を良く流している。ニシキギの立場よりも少し気楽なためであろうか、右大臣家ではヤマブキの浮ついた態度を良しとしておらず、早々に正妻をきめようと画策しているが、なかなか見合う姫が見当たらず今のような宙づりのような状況になっている。
「そろそろ戻りますよ。兄君は?」
「ああ、もう少ししたら屋敷に戻る」
「では」
ヤマブキも従者を巻いてきているのであろう、あたりを伺うようにそっと姿を消した。ニシキギは苦笑いをして彼の立ち去るさまを見る。
やはり腹違いとはいえ兄弟であるのだなあと実感する。親王としての立場を重々承知していながらも、彼らは権力よりも自由を欲している。大王の立場が国の第一の立場とは言え彼ら兄弟にはむなしく映っていた。
大臣から下々の者までの畏怖の念や尊重を集めているからといってどうなのだろうと、ニシキギは思う。ヤマブキも同様に、父君は奉られた人形なようなものだと辛口なことを言う。確かに実際に国を動かしているのは、大王ではなく大臣たちのようにも見える。その都度、左大臣が有利なのか右大臣が有利なのか変わるだけだ。噂でしか耳にしていないことだが、今の大王が生まれる前に反乱がおこり、政府転覆を狙うものがいたらしい。計画が早々に発覚したようで、中央に被害は少なく、反乱者たちはほぼ処罰され一掃されたようだ。
大王という立場よりも、反乱者たちの意志の方に興味が注がれる。政府が転覆したとて、また新しい政府が興り同じことになっていくだけだと言うのに、なぜ無益な戦いを行うのか。
「私は戦うことがあるのだろうか」
最初から戦いを放棄した精神には、戦おうという意志が沸かないのかもしれないと、ふっと父の大王の瞳を思い出した。
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